『香水の匂いはしませんか?』

匂いがしないという名前さんの言葉に困惑した
キャバクラでついた不愉快な匂いを事務所のシャワーで洗い落としたはいいが、あいにく服の替えがなかったので、しょうがなくかき消すように愛用の香水を常より多めに吹きかけた
だから今日は常より匂いがきつく香っているはずだ
その証拠に動かなくても香りが鼻に届く
それなのに彼女は匂いがしないという
この匂いがしないなんて、名前さんの鼻がおかしくなったと思う他ない

「香水の匂いはしますよ」
『ならどういった意味でしょうか?』
「違う匂いがしませんねって意味です」

違う匂い…
確かにいつもは香水と一緒に嗜好品の香りがするかもしれない
そしてシャワーを浴びてからここに来る間に吸った覚えもない

『煙草を吸う暇もなくここに来たので』

匂わないかもしれませんねと言えば

「あぁ、そうなんですか」

顔は笑っているのにどこか冷たい感じのする声で彼女は言った
それはまるでそういう意味ではないと言うような感じ
本当に何なんだと思っていると扉をノックする音がした
失礼しますと現れたのはティーセットを持った男で、男はそのティーセットを目の前の机に置いてすぐさま部屋を後にした
タイミングがいいのか悪いのかそれはわからないが、手慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ彼女を見つめているとクスッと笑う

「そんなに見つめられたら緊張します」

慌てて目線を外し謝る俺の目の前に出された紅茶の入ったカップ

「良い茶葉が手に入ったんです」

紅茶の事などは分からないが確かにいい香りがした
どうぞとすすめられたからカップを口もとへ近づける

「キャバクラは楽しいところですか?」

でもそれが口へ到着する前に動かなくなる体
動揺で揺れてこぼしてしまう前にカップを皿の上に戻す

「今日、行ってらしたんでしょ?」
『どうしてそれを?』
「片瀬さんから聞きました」

優雅に紅茶を口にする彼女とは対照的に、膝の上に置いた手に自然に力が入り握ってしう
さっきの香水ではない違う匂いがしないっていう言葉の意味が今やっと分かった
嗜好品の匂いどうこうって事じゃなく、女の匂いがしないという意味だ

「で、楽しいところですか?」

それを聞いてどうするのだろうか

『楽しいですよ』

でもどうしてかは分からないが嘘をつく自分が居た

「そうですか」

明らかに自分はそういうものを好まないと名前さんは思っているだろう
だから嘘を言えば少しでも違う彼女の表情が見られるかもと期待したのかもしれない
でもその期待は裏切られ

「それならこうやって用も無くお呼び立てしない方が良かったですね」
『…』
「峯さんはそういうのは好まない方だと勝手に思っていたので抜けられる口実でもと思ったのですが、楽しいひと時を邪魔してごめんなさい」

表情1つ変えずに笑顔で謝罪をする
さらには

「今日ここにいらして貰った理由はそういうことなので、もう帰っていただいてもいいですよ」

帰れと言う
その瞬間、ぶつけるにぶつけられない行き場のないどうも言えない気持ちが自分を支配した
失礼しますとも言わずに席を立つ
そして乱暴に扉を開けて部屋を後にした
彼女は何がしたいのか
俺をどうしたいのか
考えても答えがでないまま車に乗り込がエンジンはかけない
静寂の流れる車は実に居心地が良かった
自分を追い込める者も居ないのだ

あの日、彼女が言った言葉
俺に無償の愛を与えれたらいいのにと漏らしたときから、彼女も同じ気持ちなのならばとどこかで分かって居た癖に気づかぬふりをしていた物を認めようかと思った自分が居た
それなのに彼女にさして変化は見られず、
その途端に行き場をなくすこの思い
とんだ思い違いをしてしまった自分に嫌気がさした



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