ハンドルを少し強く握るとぎゅっと音を立てる
信号の光で赤く染まる車内は甘い甘い不愉快な匂いが充満していたので窓を開けてその匂いを外へ押しやると、自分に染みついた甘い匂いが鼻を擽ってなお不愉快になった
女特有の甘い香水が嫌いだ
ほのかに香る程度ならまだいいが、こうやって他人に移ってしまうほど漂わせる女は俺のバックにしか興味がない
今日の女もそうだった
車は何を乗ってるだとか、休日は何をしているのだとか、遠回しに使う金からこいつはどれ程の資金源を持っているのか探っている
仕事の付き合いでこういう所は嫌でも足を運ばなければならないのだが、やっぱり不愉快の何物でもない
そう思った時に都合よく入った大吾さんからの呼び出し
席を抜けるのには打ってつけの口実だった
赤から青に変わった信号
アクセルを踏めば流れゆく景色
約束の時間までにはまだ余裕がある
この染みついた匂いを洗い流そうと事務所へ向かった






[はいれ]

ノックをすると、聞きなれた落ち着いた声が自分の侵入を許す
扉を開け頭を下げると、よく来てくれたなと笑い近づいて来た大吾さんの手が肩に置かれる
あの窮屈で不愉快でしかない空間から助け出してくれた大吾さんに心の中で感謝した

『俺に何か話が…「私が呼んだの」

扉が静かに空き、屈託のない笑顔で現れた名前さんを見ると、あの日の出来事が蘇り眩暈がしたような気がした
例の一件から1週間が経とうとしているのに、姿を目にしただけで揺さぶられてしまうとはどうしたものか
平然を装い名前さんを見つめるが、彼女の目は俺ではなくその後ろに立っていた大吾さんに向いていて

「行かなくていいの?」

部屋にあった時計を指さして言う彼女の言葉で掛けてあったスーツに袖を通し何やら準備をし始めた
その光景を黙って見つめていると

[後は頼むな]

大吾さんは名前さんに一言と、ゆっくりしてけと俺に一言残して部屋を出て行った
もう何がなんやら分からぬ自分は1歩も動けず部屋に取り残され、彼女と2人きりという状況

「峯さん座って」

かけられた声に揺れる体が情けない
言われたとおりに彼女の目の前に失礼しますと腰を下ろすと笑顔で見つめられた

「お変わりはありませんか?」

彼女の質問にどう答えようかと狼狽えてしまう
何を聞いている
これはあの日の事を指しているのか
それともまた違うことを言っているのか...

『変わりありません』
「そう」

頭をフル回転させて導き出したあたりさわりのない答え

「匂いしないんですね」
『え…』
「匂い、消したんですね」

どうしてですか?
変わらぬ笑顔の彼女が何を言っているのか俺には理解できなかった



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