少し風が冷たくて、気温も低い夜だった。夜風にあたりながらあたしは一人ぼぅっと海を眺めながら呑んでいて。
完全に気を抜いてた時に、野太い声と大勢の足音がいきなり船を支配した。
展望台にいたゾロが大声で、敵襲だと張り上げて。そこでハッとした、久しぶりに敵襲がきたなあって。
と言っても、この麦わらの一味からすれば雑魚も雑魚、ラジオ体操からやり直せ第二までやり通せというレベルだったのだけど。
ここ最近の航海は順調すぎて平和で。平和をこよなく愛するあたしにとってはそれでよかったんだけどね、ほら、うちの男性陣は血の気が多い人が何名かいらっしゃるから…。
「中途半端に動いたからなんか腹へってきたなー。」
血の気の多い三人が(船長を筆頭に剣士さんとコックさん)あっという間に敵船をやっつけちゃって。
「おいコックなんか作れよおれも腹へってきた。」
運動不足とストレスを解消するには物足りなかったらしい。ルフィとゾロにそう言われて、特に文句を言うことなくサンジはキッチンへと向かって行った。……サンジも物足りなかったんだね。
「ゆずちゃんも、つまみいるだろ?」
「あ、うん欲しい。」
あたしはキッチン近くで戦闘を観戦していたから(ビール片手にタバコを吸いながら。)声をかけてくれた。考えることなく素直にそれをもらうことにして。
「っと、今晩は寒ぃだろ、これ羽織っときなよ。」
「わ、ありがと。」
「大事なプリンセスに風邪ひかれちゃ困るからな。」
そう言って自分のジャケットを肩に掛けてくれた。…乙女なことを言うと、サンジの匂いがするっていうね。
サンジとはタバコを共有してるから同じ匂いなんだけどね。
風があるから羽織ってるだけだと飛ばされそう。彼の体温が残るジャケットに腕を通せばやっぱり腕の裾が長くって。幽霊みたいな感じになっちゃった。
「…なんつーか、おれのジャケットを着てるゆずちゃんの破壊力クソ凄まじい。かわぇぇえ!!」
「あー男の人って好きだよね、こうゆうダボダボ感。」
サンジはタイトめな服が多いからジャケットだしそこまでダボついてはいないけど。やっぱり腕の長さがね。
あたしがそう言えば、少し考えたような顔をしてサンジが言った。
「好き、ってかまぁそうなんだけどさ。いいかいゆずちゃん、おれが言いたいのは、お れ の 服 を着てる ゆず ちゃん がクソ可愛いってこと。」
「うん、だからこれがいいんでしょ?」
これ、幽霊みたいな手首のこと。余っている裾をヒラヒラと差し出せば、サンジはちげぇ…と項垂れた。
…何が違うの?…だからね、って無限ループのやり取りをしていれば、不機嫌な顔をしたゾロがこっちにやって来た。
「何やってんだよ、ルフィが飯飯うるせぇから早く作れ、」
「…………うるせーまりもおれに指図すんな。…すぐ持ってくから待ってろ!」
サンジはまだ何か言いたそうだったけど、ご飯を待ってるルフィたちのためにキッチンへと入っていった。後ろ姿に、もう一度ありがとうとお礼を投げると軽く振り向いて笑ってくれた。
あぁ、結局話は堂々巡りだったな。まあいっか。サンジはダボダボ好き…と頭のメモ帳に記入しておこう。
「ゾロお疲れー。」
「おー、疲れてねぇけどな。…つーかおまえ何着てんだよ、」
何ってサンジのジャケットですけど。
優しい紳士なサンジが貸してくれたのと言えばおもしろくなさそうに顔をしかめて。
「ゾロはこれ嫌い?」
そう聞いても心ここにあらず、という感じで返答はなし。幽霊みたいな手を出してヒラヒラしてもその顔は直らなくって。……ゾロはダボダボ嫌い…とメモ。
「ま…今日は冷えるからな。酒持ってきたから甲板行こうぜ。」
ゾロはよくわかんないけど自分の中で納得したみたいに頷いて、結局返答はないままに甲板へと連れられた。
甲板にある小さめのテーブルと椅子。そこであたしとゾロはよく小さな宴をしている。
今日はそこにルフィもいて。あ、ルフィと呑むのは久しぶりだなと思った。
「お、ゆずも腹へってんのか?」
「んー、特には。でもせっかくだからおつまみ作ってもらうことにした。」
「ししし、相変わらずよく呑むなー。」
樽ジョッキを持ちながらニカリと笑うルフィ。なんだ、肉がなくてもお酒は呑むんだ。ちょっと意外。
それを見ながらあたしの定位置、つまりはゾロの隣に腰掛けようとすれば。伸びた手によってそれは阻止されて。あれ?と思うと同時に、自分がルフィの隣に座らされていることに気が付いた。
「ゆずはおれのとなり、な。」
びっくりしてルフィを見れば、いつもみたいな少年の笑顔じゃなくて。少し黒を含んだ男の笑み。正直、ドキりと胸が鳴るのを見逃せない。
たまに出すんだから、ずるい。
(……てめぇ、ルフィ、)
(なんだよゾロ。いーじゃねぇか。)
(………チッ、)
何か言い合ってる二人を無視して、テーブルに置かれたお酒を注ぐ。よし、今日は芋焼酎。ゾロに合わせてストレートで。……いややっぱり寒いからお湯割りで。
「あれ?ほーいやおまえ何でサンジの服着てんだ?」
「んー?寒いからって貸してくれた。」
グラスにお湯を注いでステアする。透明だから混ざってるかわからないよね、いや渦巻いてるから混ざってるんだけど。視覚的にね。
それにしてもゾロといいルフィといい、そんなにサンジの服が気になるのだろうか。あ、ルフィはダボダボ好き派なのかな。
「………ふーん、脱げば?」
……嫌い派なんだね。肘をついて、手のひらに顔をのせて。唇を尖らせた不機嫌な顔で彼は言う。
脱げば?って。おい。
「え?ルフィ?」
「てめぇ!いきなり変なこと言うな!」
「いや、だってよー、なんかいやだもんよー。だから脱げ!」
くい、と袖を引っ張られる。可愛い行動に対して言ってることが卑猥です。
「えぇー…。」
「わがまま言うな!」
「え、どっちがわがまま。」
はて困った。
選択肢1・脱ぐ。
脱いだら寒い。何よりせっかく貸してくれたサンジに申し訳ない。
選択肢2・脱がない。
脱がないとルフィがうるさい。ダボダボ嫌い派ゾロも脱げとは言わないけどルフィを止める気もなさそうだし。
いやー困ったなー。(棒)
「わかったわかった、脱ぐよ、はいどうぞ。」
「え、おれは着ねぇよ。いらねぇ、」
「え、ジャケット貸してほしいから脱げって言ったんじゃなくて?」
結局うるさいから脱ぐことにした。ルフィは相変わらずノースリーブの寒い格好だし。だから貸してほしいんだって思って掛けてあげたんだけど。
着ねぇよって。何だよ何考えてんのかわかんないよ!あたし寒いよ!
「ゆずちゅわーん、お待たせー!!………っててめぇ何でおれの服着てやがる!!」
「知らねぇよ、ゆずが貸してくれた。」
「ちょっ、ルフィが脱げって言ったんじゃん。」
「クソゴムてめぇぇえ!セクハラかぁあああ!!」
「サンジもゆずに服着せるんじゃねぇ!なんかいやだ!」
「うるせー!夜だぞ静かにしろよ!」
なんというカオス。なぜこうなる。
もういいや寒いしあっちで一人で呑もうかな。あー焼酎美味しい。
収まりそうにもない言い争い。ちなみにどうにかするつもりもない。言い争いを肴にすればお酒は意外と進むのだ。
いつの間にか一瓶開けたところでポテポテと可愛らしい足音が聞こえてきた。
「あれ?みんなまだ起きてたのか?」
「チョッパー!」
目を擦りながら甲板にやって来たのは可愛い船医さん。
言い合ってる三人を特に気に止めることなく話してきた。
寝癖だろうか、毛並みがいつもよりボサッとしている。
「そうだ!…チョッパーおいでー!お菓子あるよー。」
「食う!腹ぺこだったんだ。」
お腹がすいて起きたらしい。サンジが作ってくれたスイーツをエサにチョッパーを誘う。
明日あたりに知らない人がお菓子をあげるって言ってもついて行ってはいけませんって教えようと心に誓った。
「美味そうだなー。」
「チョッパー、椅子ないからここにおいでー。」
「おう。」
両手を広げれば素直にやって来たよ、可愛い可愛い。
ひょい、と彼を膝に乗せて、ぎゅう、と抱き付く。はぁ、あったかーい。
「ゆず寒ぃのか?」
「うん、チョッパー抱っこしたら温いからこのままでいい?」
「いいぞー。なぁ、こいつら何言い争ってんだ?」
「知らないー。チョッパーモフモフー。」
無垢の勝利。
暫くして、ゆずがチョッパーを抱っこしているのに気が付いた三人。
(…あ?……おい、あれ。)
(は!チョッパーずりぃ!)
(おれも抱っこされてぇ!)
(おぅ、みんなおはよ!今日は寒いから中で飲んだ方が良かったな。ゆずも寒ぃって言ってるし。風邪ひいたら困るからしっかりしてくれよ!)
(((…すいませんでした。)))
(わー、チョッパー先生だー!)
(せ、先生とか言われたって嬉しくねぇぞ、このやろがぁっ!)
(かわいいー。モフモフー。)
(((…あれには勝てねぇ。)))
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