「……おい、どうしたっつーんだよ…、」
おれがおもむろにテーブルに置いていた酒の前に、何やらどんよりした暗い空気を纏ったゆずが座っていた。大好物な酒を目の前にして、ゆずは涙を浮かべている。それにギョッとしておれは困惑を隠せず声を掛けた。
「……ゾロぉ、」
やけに甘ったるく発された自分の名前。涙と相まって、それが何だか特別なものになったような気分になる。今までにも酔っ払ったら甘えたになるゆずを何度も見てるからこんな風に呼ばれるのは今回が初めてというわけじゃねぇのに。それでもひどく心臓が鳴ったのは、こいつがまだ、所謂酔っ払いになってねぇからだ。
シラフでなぜ、甘えてくる。
「……なっ、おま、」
甘ったるいそれに一瞬たじろぐ。そんなおれの様子を見ても意地悪くニヤリと笑うわけでもねぇから、いつもみてぇにからかわれていると言うわけではなさそうだ。だから尚更なぜ。いや、悪ぃ気はしねぇんだが。
そう、悪ぃ気はしねぇ。
ただ、妙な気が起こる。
…仕方ねぇだろ、仮にも自分の気になってる女がこんな風に自分を呼んでやがんだ。
何とも思わねぇって方がおかしいだろう。
何だ、あれか、その、誘ってんのか?
「……おさけ、のめない、」
「まてゆず、昼間から大胆すぎんだろ、いやおれはいんだけ………………………………あ?」
据え膳食わぬは男の恥。
そんな考えが頭を過ったのだが。
「口内炎、できてしみるから、おさけ、のめないの…、」
そう舌足らずの口調で言われれば、羞恥心が全力でおれを襲った。頼むからさっきの発言はなかったことにしてほしい。
「………あぁ、…そーかよ…、」
「そーかよ、ってひどひ、酒呑めない、たばこもだめ!つらい!」
喋るのも辛そうな位置にできたらしい口内炎。ベロりと下唇をめくって見せてきた白い出来物に思わず顔を歪めた。痛ぇ。
「あー…クク、片言だな、」
「………しょーじき、喋るのもつらい、」
案の定な台詞を吐いたゆずは恨めしそうにテーブルに置かれた酒とおれを見た。
それから、酒呑めねぇからずりぃとジと目で言われて。……だがずりぃっつったっておれぁ呑みてぇから呑むぞと言えば無言で殴られた。
「フラストレーひョン、たまるわあ…、」
「痛ぇ…。つーか、そんくれぇすぐ治せよ。晩酌相手がいねぇと張り合いねぇだろ、」
「………ん、」
そう言えば少しだけ嬉しそうに頷いたゆず。
………まぁなんだ、その子どもみてぇな舌足らずなしゃべり方も妙にそそるから暫くそんままでもいいんだがな。
舌足らずの誘惑。
(しかし酒呑めねぇとかマジで悲惨だな、)
(うるひゃい、チョパにくすりもらふ、)
(おーそれがいい、)
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