夜に差し掛かる前の少しの幻想的な時間。最近の夕日は、いつもより少し時間を早めて空を染める。赤々と燃える大きい夕日が地平線に沈んでいくのを初めて船の上で目の当たりにした時は、あまりの美しさに感動したものだ。
それは今日も同じで。
微睡んだ自身の頬を風が掠めて。
段々と涼しくなってきたこの時期、過ごしやすい秋の気候に入ったんだなと肌で感じる。
(……今日も変わらず、立派な夕焼けですこと。)
肌触りの良い風とゆるい日差しの中でいつの間にか寝てしまっていたみたいだ。一瞬途切れた記憶に少しだけ頭が混乱する。
多分、寝てたと言っても数十分くらいなんだろうけど。
それでも、そんな短い時間でも変化が著しい空模様に目を奪われて呆っとする。
目線を落とせば少しだけ温くなって水滴がついたグラスを見つけて心の中で苦笑った。
「おー、起きたか?」
頭を覚醒させようと、乾いた口内にメンソールのよく効いたタバコをくわえた。その前に、少しだけ温くなったビールを口に含んでみた。だけど、やっぱり呑むんじゃなかったと後悔したりして。
深く吸って吐いた煙が重く揺らめき立つそこに、ゾロが顔をひょっこり出した。
「んー?…なに、寝てたの知ってるの?今起きたよ、」
「あぁ、間抜け面してたぜ。」
別に、寝顔を見られて恥ずかしいとか、そんな乙女心は持ち合わせていないし。見られたことに関してはどうでもいいと言えばいいんだけどね。
ただ、この小バカにした感じで言われちゃうと腹が立つ不思議。
「うわ、うるさー、」
「んなとこで寝てるてめぇがわりぃ。」
ごもっともです。
薄ら笑いを浮かべて腕を組んでいるゾロ。十分に大人っぽいけど、こんなやり取りは年相応の少年っぽさを感じる。(ふっ、19歳なんて、まだまだケツの青いガキなのよ!!なんて口には出さない大人なあたし。)
彼の夕日に照らされた体は、陽の色を差し引いても健康的な小麦色をしているのがわかる。夏であろうと冬であろうと、日差しのいい甲板で昼寝をしていた賜物なのだろう。
「ゾロ、いい色に焼けてるよねー、」
「んぁ?あぁ、……そーいやぁ変にピリピリすると思ってたぜ。日焼けしたか。」
「え、気付いてなかったの?」
「お前な…、おれを鈍感みてぇに言うんじゃねぇよ。」
「ふふ、そんなつもりはないんだけどなぁ。」
ゆるゆると笑い合って、和やかな空気を共有して。お互い同じタイミングで海に目を向けた。もう、夕日がだいぶ海に沈んでいる。
「で?どーしたの、何か用事?」
タバコを揉み消して、ゾロが持ってた酒瓶を受け取る。口が開いてないのを確認して、あたしの為に持ってきてくれたんだと思えばついつい口元が緩む。うん、いい男だよゾロくん。
「…あぁ、ナミとロビンが買い物から帰ってきたから、ゆずと出掛けてきたらって。」
ほら、赤ワインがどーのこーの言ってただろ、と続けた。
この時期になると流通するワインがある。それは元の世界と同じイベントで。此方の世界にも同じようなものがあるのだと最近の新聞で知った時にはついミーハー心が浮きだった。
「ああ、ボジョレーね、うん買いに行こー!」
「は?ボジョレー?」
「んや、此方の話、何でもない。」
変わること変わらないこと。
たぶんナミかロビンに持たされたあたしの上着をゾロから受け取って。夕飯までの少しの時間。少し急ぎめに、買い物に足を動かす。
口元は自然に緩んで、夕飯時にはワインに舌鼓を打つのだ。
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