三章 下


〜三章・第一の手記〜豪炎寺修也の告白 下〜


翌日は土曜日で学校は休みだった。
週明けの月曜日。いつものように俺の教室に虎丸がやって来た。
「剣城先輩、手紙書いていただきましたか?」
「すまない。手紙は書けなかった。豪炎寺さんのことをもっと知らないと、これ以上は書けない」
虎丸の笑みが消え、ショックを受けたような顔になる。
「豪炎寺さんのこと、教えてくれないか。虎丸の知ってることを全部。そしたら手紙を書く」
「・・・・・・」
虎丸はうつむき、つぶやいた。
「放課後・・・図書室に来てくれませんか。地下の書庫で、待ってます」

螺旋状の古い階段を、音を立てて降りてゆくと、灰色のドアがあり、ノックをした。
「どうぞ」
と声が返ってきたので、ドアをそっと開いた。
古い本の匂いがし、中はまるで本の墓場のようだった。
この部屋はネズミやゴキブリが出るため、図書委員の奴らも滅多に寄りつかず、虎丸の秘密の部屋にしているらしい。
しばらくその話を聞いたあと、俺は虎丸から預かった豪炎寺さんの手紙を返した。
それをサッカーボールと虎の描かれたあのノートに挟み、そのまま胸にぎゅっと抱えた。
「違ってたら悪いが、その手紙、虎丸宛の手紙じゃないだろ。封筒には受取人の名前が書いてないし、手紙の内容も虎丸に向かって書いてる感じではない」
「・・・そうです」
虎丸はぽつりとつぶやいた。
「手紙は、俺が豪炎寺さんから受け取ったものではなく、本に挟まっていたのを偶然見つけたんです」
「本って、図書室のか?」
「はい、太宰治の『人間失格』の間に入ってました。気になって読んでみて、びっくりしました。それで、気になって、いてもたってもいられなくて、豪炎寺さんに会いに行ってんです」
「弓道部にか?」
ちょっとためらって虎丸ははっきりとうなずいた。
「・・・・・・はい」
「でも、弓道部に豪炎寺修也って人物は・・・」
「いえ、豪炎寺さんはいます。本当です。豪炎寺さんはちゃんと存在しています」
顔をあげ、激しい口調で虎丸は言った。
わからない。
虎丸はなぜ豪炎寺修也の存在を主張するんだ。
虎丸が豪炎寺修也と呼ぶ人間は、一体誰なんだ。
もし俺達には見えない豪炎寺修也が虎丸に見えているというのなら、完全にホラーだ。
虎丸は完全にうつむいてしまい、重たい沈黙が流れた。
このままではマズイと思い、俺は話を手紙の冒頭が『人間失格』であるか知ってるか尋ねてみた。
すると虎丸ははっきりと答えた。彼は知っていたようだ。手紙を読んだあとに借りて、読んだらしい。
そして、そのとき読んだ感想を話してくれた。
今にも思い出して泣きそうになりながらも、涙を飲み込むように喉を鳴らし、最後に今の自分の気持ちを素直に口にした。
「俺、本当にバカで凡人だけど、豪炎寺さんが苦しんでるなら力になりたいんです。俺にできることがあれば、全部してあげたいんです」
その口調は切実で、強い決意がこもっていた。
少なくとも虎丸の中に豪炎寺さんは存在していて、虎丸は豪炎寺さんのことを真剣に想っている。
そんな虎丸に、俺は反論できなかった。
それから再び静かな時間が流れ、虎丸がつぶやいた。
「剣城先輩・・・・・・俺、剣城先輩の顔、好きです」
「な、なんだ急に」
「剣城先輩の顔・・・一見きつそうに見えるけど、優しい顔が奥に見えてくるから」
そんなことを言われたことが滅多にないため、俺は焦ってしまった。
「虎丸、お前、ヘンだぞ」
「そうですか?あ、剣城先輩にお願いがあるんです。明日の放課後、弓道部に付き合ってもらいませんか」
驚く俺に、虎丸はきっぱり言った。
「俺と一緒に弓道部へ行って、豪炎寺さんに会ってください」



【Hは危険だ。
Hは全てを見抜いている。
Hは俺を破滅させるだろう。
俺は、いつかHに殺されるだろう。
それはなんという至福であることだろう。】



その夜、俺は自室で『人間失格』を読みながら明日、虎丸は誰に会いに行くのかと考えた。
すると、拓人先輩から電話があり、何かあったら電話しろと電話番号を教えてもらった。
教えてもらわなくても文芸部の名簿(といっても二人しかいないが)を見ればわかるのだが・・・。
それから明日弓道部に行くときは、豪炎寺さんの幽霊が出たときのために塩を持っていけと言ったり、『人間失格』について語り合った。
しかし、あの文学少年でも理解できないことがあるようだ。
『"空腹という感覚がどんなものだかさっぱりわからないのです"ってとこだ。そこだけはうんと頑張って想像しても、これっぽっちもわからないんだ・・・・・・あ、なんだか剣城と話してたらおなかがすいてきたな。くしゅんっ!』
風邪を引いても、落ち込んでも、拓人先輩は拓人先輩であるようだ。
風邪にはビタミンCがいいらしいと伝え、俺は電話を切ったが、ふとビタミンCを大量に含んだ本とはどんなものかと考えてしまった。


翌日、拓人先輩は大事をとって学校を休んだ。
放課後は虎丸が俺を向かえてやってき、引きずられるように弓道部へ向かった。
狩屋が冷ややかな目で俺を睨んでおり、つきあってないって言ってただろ、この嘘つき野郎、とか思っただろうな。
「本当に豪炎寺さんは弓道部にいるんだろうな」
「ここまで来て何言ってるんですか、もうばっちりですよ」
ばっちりって、なにがばっちりなんだ。
不安を覚えながら、弓道部に辿り着いた。
「すいませーん、見学させてくださーい」
と虎丸が明るく声を張り上げると、弓道部員が集まってき、虎丸が豪炎寺さんに会いによく来てたことは理解できた。
部員の人が椅子を持ってきてくれ、俺達はそれに座ったのだが、やはりカップルで見学に来たと思われているらしく、恥ずかしい。
「おい、豪炎寺さんってどいつだ?」
俺が不機嫌になりながらこっそりささやくと、虎丸はきょろきょろしながら答えた。
「今、探してます。あーっ、あの人!」
虎丸が指した方向を見ると、そこには弓を構えるシュウの姿があり、俺は驚いた。
「はあ!?シュウが豪炎寺さんなのか?」
「ええええええええええぇぇぇぇぇっ、シュウ先輩のお知り合いだったんですか!」
「クラスメイトだ。シュウが豪炎寺さんってどういうことだ?シュウは二年生だし、話に聞いている豪炎寺さんとは全然違うぞ」
「何言ってるんですか?違いますよ。あの人が弓道部で一番上手なんだって、剣城先輩に教えてあげようとしただけです」
と虎丸が言ったと同時にシュウの放った矢が、的のど真ん中を射抜き、虎丸が歓声をあげた。
俺はイラつき、今日の目的の再確認と豪炎寺さんがどこかをきいた。
「やあ、みんな!しっかりやってるかい?」
そんな声がした方を見ると、大人の人が何人か固まって入ってきたのだ。
入ってきたのは弓道部のOBのようだ。
「月に一度、OBの方が来て、指導をしてくれるんです。あの黒ぶち眼鏡をかけたイケメンな人が基山ヒロトさんといって、十年前に全国大会で準優勝をしたときのキャプテンだったんです。今でも当時のメンバーが集まって、面倒を見てくださるんです」
と虎丸が説明してくれた。
そのときだ。
「豪炎寺・・・・・・!」
恐怖に引きつった声が、耳に飛びこみ、OBの人達が怯えている声で叫んだ。
俺は豪炎寺さんが現れたと思い、とっさに周りを見渡したがどこにいるのかわからない。
すると、ヒロトさんが俺に近づき、俺の顔を穴が開くかと思うほど凝視し、
「豪炎寺くん・・・・・・」
としっかりとその口で発したのだ。
豪炎寺って――俺が!?
この俺が、豪炎寺修也だというのか?
するとヒロトさんが視線を俺から外した。
「別人・・・だね。そうだよ・・・豪炎寺くんはもう――・・・・・・。ごめんね。知りあいに似てたからさ。きみは新入部員かな?」
「いえ、二年生です。今日は見学に来ました」
いつの間にか、OBの人達が俺を取り囲み、幽霊でも見るような目を向けられ、俺はポーカーフェイスを保ちながらも内心困惑し、ぞっとしていた。
なんなんだ・・・、この目は。それに、俺が豪炎寺修也に似てるって、一体どういうことなんだ。
雪のように白い髪の先輩が、険しい口調でつぶやいた。
「本当に豪炎寺によく似ているね。目つきがそっくりだ。豪炎寺の兄弟みたいだよ。きみの名前は?」
「・・・剣城京介です」
「剣城、だね・・・。剣城、きみの親戚に豪炎寺という姓の人はいるか?」
「おい、よせよ。涼野」
頭のてっぺんにチューリップ・・・失礼、炎のような髪型をした、赤い髪をもついかにも活発そうなOBがもう一人のOB―涼野さんを止めた。
「だってこんなに似ているんだ。剣城と豪炎寺は何か関係があるかもしれないじゃないか」
「それほど似てねえだろ。もう長い間豪炎寺に会ってねえから、記憶が薄れて、ちょっと似てる奴がそっくりに見えただけだろ」
「そうだね・・・南雲の言うとおりかもね」
「ヒロト・・・」
涼野さんが沈んだ顔をする。
「あの、豪炎寺修也って、どんな人ですか」
俺が思いきって尋ねると、OBの人達は一斉に俺を見、互いに気まずそうに顔を見合わせた。
「豪炎寺は、迷惑な奴だった。無口かと思えばすぐ表情や行動に表れて、でも、何を考えているかわからない」
「よしなよ、涼野」
ヒロトさんが涼野さんを止める。そして、俺を見て苦笑いした。
「豪炎寺くんは、弓道部で俺達の同期だよ」
つまり、豪炎寺さんは、ヒロトさんたちと同じ弓道部のOBだったのか。
豪炎寺修也という人間は存在した。
ただし、現在の弓道部にではなく、過去の弓道部に――!
さりげなく虎丸の様子をうかがうと、虎丸は知らなかったかのように目を丸くしていた。
虎丸は豪炎寺さんが卒業生と知らずに好きになったのか?そんなことは有り得るのか。
俺が続いて豪炎寺さんは今どうしているか尋ねると、ヒロトさんは、ますます暗い顔つきになった。
「豪炎寺くんにはもう会えないんだ。悪いけど、あまり気持ちのいい話じゃないから、これで勘弁してくれないかな。驚かせちゃって本当にごめんね、剣城くん」
そしてOBの人達は後輩の指導の為に散ってゆき、豪炎寺さんの話をする人はいなくなった。
「虎丸」
声をかけると、何ともいえない顔で虎丸は俺を見た。
「・・・・・・すいません。今日は豪炎寺さん、来ないみたいです」



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