僕が僕を愛せない理由

僕と。様に提出





「うぅ……ふぇ……ヒクッ……っく………」

今は月も夜空に隠れてしまった深夜過ぎの時間。僕は暗闇に響く小さな嗚咽を頼りに、その声が聞こえる場所へとただ淡々と足を進めた。
時計の短針が12を過ぎて日付が変わった今日は、フェイを一年の中で最も苦しめる日だ。

今日は、僕の愛しのフェイ・ルーンが生まれた日でもあり、
同時に母親が亡くなった日でもある。

本人から直接聞いたわけではないけど、フェイが涙を流す理由はそれしか理由が見当たらない。昔、フェイの思考を読み取ったこともあるからけれど、嗚咽の中で聞こえる「生まれてきて、ごめんなさい」の弱々しい言葉で大体の察しがついた。
それがフェイの父親が息子を捨てた原因の一つであるという推測もあり、この日が最もフェイの心を傷つける。
だからといって何かをするわけでもない。ただ、今のフェイを放っておくと何が起こるかわからないから会いに行くだけだ。

最も嗚咽が外から大きく聞こえるところで足を止めた。暗闇にだいぶ慣れた瞳でドアノブに触れ、それをぐっと握る。闇にぼんやりと浮かぶ白いグローブをしたままのため、ドアノブのひんやりした冷たさは感じられないが、きっとその冷たさはフェイの今の心そのものの冷たさを感じられると思われる。
できるかぎり音を立てないようにしながら部屋の中へ侵入してみた。
部屋の中も廊下とは変わらず夜の暗闇に飲み込まれていて、それに目が慣れたからといってすべてがはっきりと見えるわけではない。でも、その暗闇の中に浮かぶ綺麗な薄いエメラルドグリーンの髪をしっかりと瞳にとらえることはできた。
ベッドの上でうずくまり膝に顔を埋め、声を出すまいとしているようで全く止めることのできない嗚咽を零しながら震えているその姿は、いつものフェイよりもだいぶ小さく見えた。

「……フェイ」
「っ!?」

小さく名前を呼んでみると、フェイの体がビクリと跳ねて顔をこちらにあげる。翡翠の瞳にはいつもの光はなく、その代わりに今だに溢れ出る涙が光って見える気がした。

「…いつからいたんだよ、サル」
「そんな怖い顔しないでくれよ、フェイ。ついさっき来たばかりだから」

暗闇の中でも鋭く睨みつけるように放たれる視線と刃物のような冷たい言葉は的確に僕の心を貫かんとしていた。
だけど僕だってそれだけで怯んだり逃げたりするような奴じゃない。いつもの余裕ぶった笑みを貼り付けて悠々と答えてみせる。

「…で、一体なんのためにここに来たんだよ」
「さあ、なんでだろうね」
「…何もないんだったら、今すぐ出てってよ!今僕は独りになりたいんだっ」

そんな叫び声と同時にフェイの右手から投げられた枕を軽々と避ける。そしてそのまま肩を上下させ息を切れ切れにさせているフェイに確実に一歩一歩近づいていく。
そんなに広くない部屋のため、ほんの数歩でベッドの前へ辿り着き足を止めた。

「…フェイ」
「だから何だよサル!…っ!?」

そして再びフェイ名前を呼ぶと、その震える体を腕の中に捕まえ、ぎゅっと抱きしめた。

「なっ、きゅ、急になにするのサル!?は、離してよっ!!」

最初は僕から逃れようとジタバタ暴れるものの、こちらも負けじと一切力を抜かず抱きしめ続けた。
するとようやく観念したのかフェイは暴れるのを止め、僕の胸の上で再び嗚咽を零しはじめた。
幼子をあやすように慣れていないためにたどたどしいながらも、ぽんぽんとフェイの背中を優しく叩いてみる。
半刻ほど経った頃、ようやくフェイも落ち着きを取り戻したらしく、僕の体からはなれ、向かい合うように座っていた。視線が合わないように顔を俯かせて。

「…その、ゴメン。迷惑かけたみたいで」
「迷惑だなんて、いつ誰が言ったんだい?」
「だって、明日…というか今日の戦闘に支障が出ないように僕のところに来たんでしょ?」

そう言ってちらりと僕を見た翡翠の瞳は、もう涙は流れていないものの自嘲を含んだ悲しみが見えた。
…今日という日は、やたらとフェイの自己評価を低くさせる日でもあるようだ。
今まで溜め込んでいた溜め息をわざとらしく壮大に吐いてみせる。しかしフェイは何か勘違いしたらしくビクリと体をはねさせた。

「大丈夫だよ、フェイ。僕は君を怒ったり捨てたりなんてしないから」
「………」

笑顔をつくって言ってみたが、フェイは信用できないのか身を固めてじっとしている。
しょうがないな、とわざとらしく今度は肩をすくませてみた。
そしてフェイの一瞬の隙をみて、また僕の腕の中に閉じ込めた。フェイが反抗しないようにさっきよりも力強く抱きしめ、ゆっくり優しい手つきでエメラルドグリーンの髪を撫でる。

「…フェイ、何故僕がここにきたのか、教えてあげようか?」
「………」

できる限り刺激しないよう、優しい口調で問い掛ける。と、胸の上で小さく頷いたのを感じた。

「…それは、僕がフェイを愛しているからだよ」
「…………え」

驚愕のあまりか、フェイは目を真ん丸に開き、こちらを見上げた。
闇の中で、アメジストの瞳と翡翠の瞳が交錯する。
少しばかり静寂が僕らを包むが、口角をほんの少しあげて言葉を続けた。

「フェイが苦しんでいるのが嫌で、僕は来たんだよ。それでも君は、僕を拒む?」
「…え、えと……」

フェイは口ごもりそのまま一度瞳をそらされてしまう。
しかし、

「…うん、ありがとう。サル」

優しい声音と共にぎゅっと抱きしめられ、フェイの温度が熱伝導でもするかのように僕の体中を伝わった。
けれど時間も時間だ。
僕はその小さな体を離し、何事もなかったように立ち上がった。

「うん、じゃあもう大丈夫みたいだね。それじゃあおやすみ、フェイ」
「うん、おやすみ、サル」

そうして部屋のドアノブを回し、入ったときと同じように物音をたてず立ち去った。

だが、しばらく歩いたところで足をとめ壁に向かって拳を振り上げた。

「…くそっ!」

さっきまでのフェイを思い出し、腹の中から沸き上がる怒りを抑えられなかった。自分自身に対してなのか、フェイに対してなのかはわからないけど…。
あの言葉を伝えたあと、フェイは一度も僕を見ようとしなかった。それで僕を欺いたつもりかい?
結局、僕の言葉が一つもフェイの心へ届いていなかったという証拠でしかないじゃないか。
思い出しただけで沸き上がる怒りを鎮められず、僕は再び壁を殴った。



僕が僕を愛せない理由
(サルにあんなこと言わせてしまう僕なんて)
(フェイに本心からの言葉一つ届けられず、笑顔を与えられない僕なんて)



 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -