政宗が部屋に入った時、幸村は床に座り、窓越しに外の闇をぼんやりと眺めていた。
「……幸村」
 呼び掛けると、幸村は夢から醒めたような眼差しで政宗を見た。
「政宗殿か。こちらへ参られよ」
 どこか縋るような心許ない声音に、政宗は伸ばされた手を取った。
「なんか、あったのか?」
「……いや、何もござらぬ」
 見上げてくる双眸に促されるように、政宗は胡坐をかいた幸村の足の上に腰を落とし、口づけを許した。
 軽く唇を触れ合わせ、離れようとしたところを項を押さえられ、今度は深く口づけられる。
 思わず身じろいだ政宗は、組んだ足の上という不安定さに体勢を崩しそうになり、咄嗟に幸村の肩に置いた両手に力を入れた。
 僅かに開いた唇の隙間から舌が滑り込み、絡み取られる。
 熱を孕んだ幸村の口づけはいつも政宗の芯に火を点ける。たまらず政宗は貪ってくる唇に夢中で応えた。
「サカるには、まだちっと早ェんじゃねェか」
 漸く離れた後も顎や首筋に唇を這わせる幸村を、政宗は自制の意味も込めてたしなめる。
「どっか行ったきり戻ってこねェから呼びに来たんだぜ、俺は」
 武田屋敷の一室である。此度、伊達軍と武田軍の間に同盟が為り、それを祝しての酒宴が催されるはこびとなった。その最中、ふらりと席を外したまま一向に戻らない幸村を捜しに、政宗も宴席を離れたのだった。
「政宗殿が優しいと、某は至って嬉しゅうござる」
「いつも優しくしてるだろうが」
「……どうも認識に差があるようでござるな」
「……そうだな」
 微かに苦笑して、政宗は幸村の頭を抱き寄せた。
 お祭り騒ぎの大好きなこの男が、酒宴が始まってすぐ中座し、ずっと戻って来ない。心配になり探しに出てみると、誰もいない部屋に独りでいた幸村はひどく淋しげに見え、少し困惑したのだった。
「武田の連中、アンタを待ってるぜ」
「……うむ……」
 政宗の腰を抱いたままの幸村からは、曖昧な返事が返ってくる。
「酒も料理もなくなっちまうぜ」
「それは、困り申すなあ……」
 そう言いながらも幸村は動かない。
「おい」
「政宗殿。今日は、父の命日なのでござる」
「…………」
 幸村の後ろ髪を弄んでいた政宗の手が止まった。幸村の父が既に他界していることは聞き及んでいたが、その命日が今日だとは知らなかったのである。
「どんちゃん騒ぎをするには、些か……気が引け申して」
「アンタ……それならそうと言ってくれりゃ、違う日にしたのに」
「某の個人的な都合で日取りを変える訳には参らぬ故……実際、つい先刻までは気になどしておらなんだのでござる。それが……」
 一旦口を噤んだ幸村の言葉の続きを、政宗は黙って待った。
「卓上に並んだ料理の一品に、鯵の刺身が」
「親父さんの好物だったのか」
 幸村は無言で頷いた。
 思い入れのある物を不意に目にし、亡くした人を思い出し、そこから思いが膨らむことはある。政宗にも身近な者を亡くした経験があるだけに、幸村の気持ちはよく理解できた。
「良き父でござった。近習としてお館様に仕えておった父は、戦のない時分にはよく某や兄の面倒を見てくださってな。某に槍の手解きをしてくださったのも父でござる。某が腕を上げると我事のように喜ばれ、あの大きな手で頭を撫でられるのがただ嬉しくて、鍛錬に励み申した」
「……」
「成長した某と共にお館様に仕える日を夢見ておられた。だが呆気なく戦で討死され……結局、その夢が叶う日は来なかったのでござる」
 その語り口は、いつもの幸村とは違い淡々としている。その抑揚のない口調が逆に物悲しさを誘うのだった。
「父を亡くした時はそれはもう悲しゅうござってな、そのやり場のない悲しみをお館様にぶつけてしまい申した。某は初対面のお館様に向かい、武田信玄くそくらえだ、と暴言を吐き」
「Really!? アンタが、オッサンに……マジかよ」
「驚かれるのも無理はござらぬな」
 幸村は小さく笑った。
「それでお館様に叱咤され殴り飛ばされ、そうしてお館様の器の大きさに感服した某は、のちに武田の家臣としてお館様に仕えることとなったのでござる」
「そうだったのか……」
「その際、お館様はこう申された。父、昌幸に見せてやれなかった天下をお前に見せてやる、と……しかし、お館様も亡くなられ、それもまた叶わなんだ」
 政宗は無意識のうちに幸村の背を何度も撫でていた。幸村の悲しみを少しでも溶かしたかった。
「この世には神も仏もおらぬと、そう思い申した。しかし」
 幸村は政宗を抱く腕に力を込めた。
「やはり、おるのでござる。神仏の類とは違うのやもしれぬが、目に見えざる力とというのは確かに存在致す。そうしたものが、貴殿に会わせてくれ申した」
「幸村……」
「某が政宗殿とこうしていられるのは、某や貴殿がそうしたいと思う故にござるが、貴殿というこの世にたった一人のかけがえのない存在に出会えたのは、そうした人智を超えたものの導きによるものにござろう」
「ああ、そうだな」
 出会ったことが偶然だとは政宗も思わない。それがどういう形であれ、幸村とはきっと出会っていた。自分がこの時代に生まれてきたのは幸村と出会う為だったと、政宗はそう思っている。そしてそれは幸村も同じである。
「政宗殿、お慕いしており申す」
「ああ」
「……斯様な時くらい、俺も愛してると言ってくださっても良かろうものを。やはり貴殿は某にもっと優しくするべきでござる」
「そうじゃねェよ。あんまり言うと、減るだろ?」
「減りは致さぬ。どちらかと言えば増えるかと」
「そうかい」
 政宗は両手で幸村の頬を包んだ。愛おしく大切なものに触れるようなその仕草に胸の辺りが温まるのを感じ、幸村は顔を上げた。
「そろそろ行こうぜ。両軍の大将が揃って不在じゃ盛り上がらねェだろうからな」
 幸村の口端に掠めるような口づけをして、政宗は幸村の膝から下りた。
「政宗殿っ……」
 幸村は慌てて立ち上がり、襖に手をかけようとした政宗の手を後ろから掴み、抱き締める。
 政宗は振り解かなかった。そうして抱き締められることを心地良いと感じ、そして、幸村の全てをこの胸の中に包み込みたいと思った。

 何かを得て、何かを失う。人生とはその繰り返しである。出会いが必然であったなら、別れもまた必然的にやって来るだろう。しかし今は、この唯一無二の存在に出会えたことにただ感謝したい、そんな気分だった。




2012.04.26

【後書】
いつまでもイチャコラしてないで早く戻んなさいよ!って誰かツッ込んであげてくださいυ
いっそやることやってサッパリしてから戻ればいいんだ。
らめぇ見つかっちゃうぅぅ!みたいな。ああそれいいかも(・∀・)







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