伊達軍に入るのは、ずっと俺の憧れだったんだ。
 奇抜な髪型でいかつい軍馬に跨り颯爽と進軍する様に心が躍り、いつか自分もその軍団に混じって共に駆けたいと思ったのがきっかけだった。
 そして伝手を頼り伊達軍の足軽として取り立てられた。俺は戦で少しでも功績を挙げられるよう、日々鍛錬に勤しんだ。

 そんなある日、筆頭が新兵の訓練の様子を見に来るという知らせが入り、俺達新兵はいつも以上に訓練に熱が入った。
 そして筆頭がやって来た。曲者もとい強者揃いの伊達軍の面々を束ねる方だ。俺は緊張した。戦では六振りもの刀を自在に繰り、敵兵を震え上がらせるという。そんな噂から俺は筋骨隆々の大男を想像していたのだったが、実際の筆頭は俺の想像とはかけ離れた、一言でいえば美丈夫だった。
 背は俺と然程変わらない。袴を履いた腰は細く、幼い頃に失明したという右目は眼帯に覆われていたが、残った左目は涼やかに切れ上がり澄んでいる。少し茶色がかった艶のある髪がさらさらと風になびき、形の良い白い指がそれをかき上げる。俺の目は筆頭に釘付けになった。
 竜の爪と呼ばれるその刀に雷を纏うと聞くが、この時俺もまた雷に打たれていたのだった。そう、恋という名の雷に。

 それからというもの、俺はそれまで以上に鍛錬に励んだ。少しでも筆頭に近づきたかった。
 その甲斐あってか騎馬隊に昇格した俺は、一揆勢の鎮圧や、近隣の小勢力との小規模な戦に筆頭の近くで同行できるようになり、筆頭に名前を覚えてもらえた。はじめて名前を呼ばれた時は嬉しさのあまり気絶しそうだったのを今でもよく覚えている。
 平時にも俺はなにかと口実をつけて伊達屋敷に出入りした。幸か不幸かそういった者は俺の他にも少なくなかった為、俺が目立つことはなかった。
 筆頭は俺と然程変わらぬ歳でありながら足軽や領民達のこともよく気にかけてくれる。そんな人柄に俺はますます惚れ込んでいった。だからといって筆頭とどうこうなりたかった訳ではない。ただの伊達兵の一人、その立場は弁えているつもりだ。近くで筆頭の笑顔が見られれば俺はただそれで満足であり、幸せだった。

 しかし、そんな俺のささやかな幸せを脅かす者が現れた。
 甲斐から来たという、赤づくめの男。まだ入隊して間もない俺は初めて見る男だったが、軍の先輩によるとその男は他国の武将でありながら暇を見つけては奥州にやって来るらしい。筆頭の好敵手だというが、俺は大いに気に入らなかった。俺の筆頭に、ああ、心の中でだけこう呼んでいるんだ、まあとにかく筆頭に対し、なんというか、馴れ馴れしいんだ。
 あの片倉様でさえ筆頭には一歩下がるというのに、そいつは気安く筆頭の隣に並び立つ。酒宴の席でも当たり前のような顔をして筆頭の隣に座っている。伊達殿ではなく政宗殿などと親しげに呼び、そしてあろうことか筆頭の部屋にまで出入りしているんだ。俺の心中は穏やかではなかった。
 甲斐の間諜ではないか、と先輩に言ってみた。真田の兄さんはそんな人じゃねえよ、と笑われただけだった。どうやら皆、気心が知れているらしい。俺はそれも気に入らなかった。
 そしてある日、筆頭はそいつと二人でどこかへ出掛けていった。気になった俺は、こっそり後をつけた。
 ひと気のないところまで来た二人は突然なにやら言い争いを始めた。俺のいるところは距離がある為、二人が何を言い争っているのかは聞き取れない。
 しめた、と思った。そのまま仲違いして筆頭に嫌われて疎遠になればいいんだ。そう思いながら目を凝らして見ていると、筆頭があいつを突き飛ばしたのを皮切りに、二人はど突き合いを始めた。今にも殴り合いに発展しそうな勢いだ。筆頭が負けるとは思えないが、もし筆頭の端麗な顔に傷でもついたら――――焦燥に駆られた俺が割って入ろうと決意し足を踏み出そうとした、その時だった。
 あの時見た光景を思い出すだけで、今でも頭が爆発しそうになる。突然あいつが筆頭を抱きすくめたかと思うと、なんということだろう、あいつの顔が筆頭の顔に重なったんだ。遠目にもはっきりとわかった。接吻したんだ、と。
 筆頭はというと、はじめは抗っているようだったが、本気の抵抗ではなかったようで、あいつを押し退けようとしていた腕はやがてあいつの背に回された。
 俺は咄嗟に自分の口を押さえた。そうしないと今にも叫び出してしまいそうだった。俺は再び雷に打たれたのだった。そう、失恋という名の雷に。

 俺は自分が見たことを誰にも言えず、悶々と過ごした。あいつは奥州にいる間、筆頭と一つ屋根の下で寝泊りしている。ということは、夜はきっと――――筆頭の白磁の肌にあいつの指が這うところを想像しただけで気が狂いそうだった。
 そして、あいつが甲斐へ帰る日がやって来た。
 俺は国境の近くで待ち伏せた。どうしても許せなかったんだ。あいつは甲斐で一目置かれる武将らしいが、俺だって腕には自信がある。伊達軍に入って日が浅いにも関わらず同期を差し置いて騎馬隊に昇格したし、訓練を見た筆頭に筋がいいと褒められたことだってある。その時の俺ときたらそれはもう天にも昇る心持ちで、俺はこの人の為になら喜んで死ねると、そう思ったもんだ。あの時俺に笑いかけてくれた筆頭の笑顔は、今でも俺の宝物だ。
 話が逸れたな、どこまで話したっけ。ああそうか、待ち伏せをしたところだったな。
 俺は賊のふりをしてあいつを叩きのめして、金輪際奥州に近づくなと、そう言ってやるつもりだった。そして近づいてきたあいつの前に、刀を構えて立ちはだかった。するとあいつは俺を見て、こう言った。
「貴殿は……あの時某と政宗殿を尾けておった伊達の兵にござるな。某に何か?」
 俺は仰天した。まさか尾行がばれていたなどと、思いもよらなかった。しかし、身元がばれたからといってここで退く訳にはいかない。俺は刀の切っ先をあいつに向け、俺と勝負しろと言い放った。
「貴殿、政宗殿に懸想しておるのか」
 あいつの言葉に、顔が熱くなるのを感じた。きっとその時の俺の顔は、あいつの言葉が図星だと雄弁に語っていただろう。
「ならば、男として、その勝負受けぬ訳には参らぬな」
 あいつは槍を構えた。斬りかかった俺は即座に地面に叩き伏せらる結果となった。そして、去り際のあいつの言葉でまた俺に衝撃が走った。
「やれやれ、政宗殿に懸想する兵の相手をさせられるのもこれで幾度目でござろうか……まったく、政宗殿も罪な御仁よ」
 どうやら、筆頭に恋焦がれていたのは俺だけではなかったらしい。

 それから何日か経って、厩で馬の手入れをしていたら、筆頭が一人で厩にやって来た。馬でどこかへ出掛けるらしい。
 思いがけず筆頭と二人きりになった俺は、あの日の尾行のことを思い切って筆頭に告げた。あいつにばれてたなら、きっと筆頭にも気づかれていただろう、そう思ったんだ。
 俺の告白を聞いた筆頭はずんずん俺に近づいてきた。俺は殴られるかと身を固くしていたが、俺の前まで来た筆頭は俺に息がかかりそうなほど近くまで顔を近づけた。筆頭の整った顔が目の前にある。俺の鼓動は早鐘のように高鳴り、しかし蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなかった。
 筆頭は右手の人差し指を立て、その指先を俺の唇にそっと押し当てた。
「This is strictly confidential. このことは俺とお前だけの、二人きりの秘密だぜ。You see?」
 俺の目を見据えてそう言った筆頭は、笑った。その笑顔といったら、妖しくて、艶かしくて、なんというかぞっとするほど綺麗で、俺の目は魅入られたように筆頭の隻眼に吸い寄せられ、ただ頷くことしか出来なかった。

 それからあいつのことはもうどうでも良くなった。元々俺は筆頭とそいういう仲になりたい訳ではなかったし、また、なれる筈もないことは重々承知の上だった。
 筆頭と俺、二人だけの秘密を共有している。それがただ嬉しくて、筆頭とあいつの仲を知って奈落の底まで沈んでいた俺を浮上させるには十分な動機となった。そして俺はまた鍛錬に精を出すようになったんだ。
 とはいっても、やはり、あいつが奥州に来ている間は面白くはないんだが。
 なんでその二人だけの秘密を話す気になったかって?そりゃお前、今じゃあいつと筆頭は公認の仲だろう、それならもう秘密でもなんでもないじゃないか。
え?実はお前もあいつに勝負を挑んだことがあるだって?……なんだよ、お前も同じ穴の狢だったって訳か。
 あいつは今でも気に入らないが、仕方ないよな。俺達じゃ、いやあいつでなけりゃ、筆頭をあんな嬉しそうな顔に出来ないもんな。
 ああ、そうだな。筆頭が幸せなら、それでいいよな。




2012.04.18

【後書】
主人公は名もないモブでした。
筆頭みたいなセックスシンボルが身近にいたら、そりゃ惚れるよね、っていう。
つか幸村、目撃されてるのわかっててわざとちゅーしたんだとしたら……怖ろしい子!(白目)
幸村からしたら、いつも筆頭の近くにいられる伊達兵がちょっと羨ましかったりするのかも。





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