汗に濡れた背筋を指でなぞると、その体がぴくりと跳ねる。幸村はその引き締まった背中にそっと唇を寄せた。
「No more……もう、駄目だからな」
 疲れ切った体を弛緩させて言う政宗に幸村は拗ねたように口を尖らせ、政宗は冗談じゃねェぞと内心毒づいた。
 俯せた姿勢を取っているのは、一応、防御のつもりである。既に幾度も絶頂に追い立てられた政宗の疲労はもう限界だった。それは幸村も同じ筈だ。しかし幸村はこれでやめるつもりはないらしい。
 滑らかな感触を堪能するように幸村は政宗の背中の彼方此方に唇を落としていく。
「よせって……」
 掠れた声で制止を促すも、幸村の手はやがて下へと伝っていく。尻の間に指が滑り込もうとしたところで政宗は身を捩ってその手を掴んだ。
「今晩だけでもう何回やったと思ってる。今日はもう終わりにしようぜ」
「まだ足り申さぬ。もっと、もっと政宗殿を味わい尽くしとうござる」
「Hell no, end up!」
 顔を寄せ口づけようとする幸村の肩を押し返すと、幸村は今にも泣き出しそうな表情で政宗を見る。そんな幸村に政宗は小さく溜息を落とし、困ったような笑みを浮かべて幸村の頭をくしゃりと撫でた。
「どうしたんだよ、今日のアンタはいつも以上に余裕がねェな」
「……一糸纏わぬ政宗殿を前にして、余裕などあろう筈もなく」
「Bullshit. 誤魔化すなよ、アンタがいつものアンタじゃねェって事くらい俺にはわかってんだ」
 政宗がじっと真顔で見つめると、幸村は沈痛な面持ちで目を伏せた。

 この日幸村が奥州にやって来たのはとうに日が暮れてからで、二人きりになるや否や幸村は性急に政宗を求めた。いつもと違う、どこか切迫した幸村の様子から何かあったのだろうと察せられ、事が済んだら問うてみるつもりでいたのだった。
 そして少しの沈黙を挟んで幸村が語った内容は、政宗の想像の域を超えていた。
 武田信玄が病に倒れたのだという。信玄は甲斐の虎の異名を持つ豪傑である、俄かには信じ難い話ではあったが、幸村の話からするとその病状もかんばしくないようだ。そして政宗を驚かせたのはそれだけではなかった。床に伏した信玄に代わり、幸村が武田の総大将となったというのだ。
「……故に、某がこちらへ参るのも、此度が……最後かと」
 絞り出すような声で幸村が告げた言葉の意味を理解するのに、数瞬の時を必要とした。政宗はその一つきりの目を二三度ゆっくりと瞬かせてから、止めていた息を吐いた。
 幸村とこういう間柄となったのはいつからだっただろうか。政宗は過去に思いを馳せた。互いの想いを確かめ合い、初めて肌を合わせた夜――――遠い昔のようで、ごく最近のような気もする。契りを交わしていた訳ではない。相手の全てを欲するあまり互いに首を欲しているという矛盾を孕んだ関係である以上、始まった時からそう遠くない未来に終わりが来ることも覚悟していた。それが今やって来た。唐突ではあるが、仕方ないと政宗は自分に言い聞かせた。ただそれが戦場でないことが意外だった。
 奥州筆頭である政宗が背負っているものは自分の命より重い。そして幸村もそれを背負うこととなった。豊臣勢の台頭により日の本が大きく動こうとしている今、信玄が倒れ混乱を来たす武田の総大将となった幸村の重責は相当なものだろう。これまでのように腰軽く政宗に会いに来られる立場ではない。そして、律儀な幸村は政宗に待っていてほしいなどとは到底言えないだろうことも察しがついた。
 痛みを必死で堪えているような表情で俯いている幸村の頬を両手で挟み自分の方を向かせ、政宗は頷いてみせる。
「アンタが決めた道だ、しっかり前向いて迷わず進め。せいぜいアンタの武運を祈っててやるよ、俺に倒される時までのな。Hang in there, 真田幸村」
 政宗が見せた笑顔が無理に作ったものだと幸村が気づいたかどうかはわからない。政宗を見つめる幸村の双眸にみるみるうちに涙が溜まっていく。それが溢れ出ると同時に幸村は政宗に縋るように抱きつき、その肩に顔を埋めた。声を押し殺し肩を震わせる幸村の頭を優しく撫でると、堪え切れなくなったのかとうとう嗚咽が漏れ始める。泣きたいのはこっちの方だ、と政宗は思った。しかし政宗はそれが出来ない。こんな時でさえ下手な自尊心が邪魔をする。幸村もきっとそれがわかっているから政宗の分まで泣いてくれているのだろう、そう思うことにした。
 宥めるように幸村の頭を撫でながら、鼻の奥につんとした痛みを感じるものの、その隻眼から涙が零れることはなかった。

 漸く泣き止んだ幸村は再び政宗を求めた。政宗ももう拒むことはしなかった。
 口づけて舌を絡ませた後、幸村は政宗の首筋から肩、腕、胸、下肢へと、その全身に唇を落としていった。それはさながら儀式のようだった。これが最後だというのに、この体が余す所なく幸村のものだと証明するかのような――――。
 政宗の片膝を持ち上げ爪先に口づけた後、幸村はそのまま政宗の膝を肩に乗せ、政宗の股間に顔を寄せ政宗自身をそっと口に含んだ。
「んっ……」
 幸村の愛撫で硬度を増したそれに舌先を這わせながら、幸村の指は政宗の後孔を弄り、探るように中に滑り込んだ。
「ゆ、幸村……」
 抜き差しされる指の動きが早くなるに連れ、快感が強まっていく。せがむような視線を向ける政宗の潤んだ瞳に急かされるように幸村は指を抜き自身をあてがうと、一気に政宗を貫いた。
「あぁぁあああ!」
 背がしなり、政宗の指が幸村の肩に食い込む。幸村は一旦動きを止めると心配げに政宗の顔を覗き込んだ。
「政宗殿……」
 政宗の体を気遣っているのだろう。政宗は少し無理をして笑ってみせた。
「Never mind……これで最後だ、存分にやれ。全部受け止めてやるさ」
「……承知致した」
 幾度となく繰り返してきたこの行為もこれが最後である。互いに相手の熱をその身に刻み込むように貪り合い、いつしか政宗の意識は波濤のように押し寄せる快楽に流されていった。


 翌日政宗が目を覚ましたのはとうに日が高く昇ってからで、部屋には幸村の姿はなく政宗一人だった。幸村は既に発った後らしく、政宗は少し安堵した。見送りなど、どんな顔ですれば良いのかわからない。
 鈍く痛む腰を庇いながら俯せになり、起き抜けの一服の為に灰盆を引き寄せようと手を伸ばす。が、その手は途中で静止する。傍らに置かれたある物に目が留まったのだ。昨夜まではなかった物だ。小さく折り畳まれた、赤い――――鉢巻。
「幸村っ……」
 がばりと起き上がった政宗はそれを手に取り、暫く眺めた後、胸の前で両手で握り締めた。常に肌身離さず身につけていた鉢巻を幸村は残して行った。それは、心は政宗のもとに置いて行くという無言の表明なのだろう。幸村の眼差しが脳裡に蘇り、見つめる先で鉢巻がみるみる滲んでいった。



 それからの日々は慌しく過ぎていった。
 急激に勢力を増す豊臣に危惧を抱いた政宗は、豊臣軍を打ち倒すべく進軍するも、小田原で伊達軍を迎え撃った石田三成に敗北を喫し、奥州の弱体化を余儀なくされた。
 幸村もまた、信玄という指針を失った痛手はあまりにも大きく、他勢力の侵攻から甲斐を守るのに手一杯で、転落の一途を辿る武田の命運を前に己の采配の拙さを痛感し藻掻き苦しんでいた。
 互いに目の前の現実に立ち向かうのが精一杯で、過去に思いを馳せる暇などなかった。



 そして更に月日は流れた。




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