大伽藍の暗い入り口に、刀を構えた政宗が立っている。皆既日食により陽光が完全に遮られたことで出し抜けに人の姿を取り戻し、その奇跡に喜び戸惑いながら幸村のもとへ駆けつけたのである。
 政宗は呆けたように立ち尽くす幸村に向かい静かに歩き始めた。そのゆっくりとした足取りはまだこれが現実だと信じられぬ覚束なさによるものだが、政宗の顔に浮かぶ喜びの笑みは、一歩一歩、幸村に近づくにつれ広がっていった。幸村は政宗の全てを網膜に焼きつけようとするかのようにじっとその姿に見入っていた。その後ろに立つ小十郎や佐助の姿は、いや最早政宗以外の何も幸村の目には入っていなかった。
 政宗は祭壇に向かって静かに歩き続ける。そして堂内の中心を横切ろうとした時、政宗の前の床に、割れた天窓から一筋の光が柱のように射し込んできた。月に遮られていた太陽が再びその姿を現し始めたのである。政宗は躊躇した。しかし意を決したように再び歩を進める。幸村は息を飲み、伽藍の入り口の二人も固唾を飲んでその様子を見守った。
 広がっていく光の柱の中に、政宗は静かに足を踏み入れる。政宗の体がその光を浴びたその一瞬、まるで時間が静止したかのように感じられたが、その体が変化することはなかった。驚きの表情を浮かべながら光の中心で立ち止まり、天窓を仰いだ政宗の隻眼に、欠けた太陽から陽光が降り注ぐ。その眩い光に目を細めた政宗は再び幸村に目を向け、そのまま光の中を通り過ぎた。祈るような思いでそれを見守っていた幸村も、遂にその願いが叶ったことを知り、いつの間にかその双眸に涙が溢れていた。幸村は祭壇の前から政宗に駆け寄りその両手を握り締め、政宗もこれが現実であると確かめるように固くその手を握り返す。
「政宗殿……政宗殿……!」
「幸村……!」
 今にも泣き崩れそうな幸村に頷いて見せる政宗の隻眼もまた涙に濡れていた。そしてゆっくりと二人で祭壇へ向き直る。するとどうしたことか、そこに光秀の姿はなく、信長の兜と共に光秀が纏っていた僧衣だけが床に波打っており、その僧衣の下からもぞもぞと這い出てきたのは一匹の痩せた蛇だった。怯えたようなひどく戸惑った様子で辺りを窺っていた蛇は、呆気に取られる二人をよそにするするとその体をくねらせながら僧の死体の間を蛇行していき、伽藍の扉を通過し外に出ようとした。が、佐助が放った苦無によってその体を地面に縫い付けられる。
「蛇を殺すなんて縁起が悪いんだけど、どんなに小さい芽でも摘んでおくのが俺様の流儀でね」
「人を呪わば穴二つ、か……」
 佐助に頭を踏みにじられ、のたうつ蛇がやがて動かなくなるのを見ていた小十郎は顔を曇らせ呟いた。
 呪いによって政宗と幸村を苦しませ続けた男は今、自分がかけた呪いを破られたことにより跳ね返ってきた呪いに自身が蝕まれ、哀れな末路を遂げたのだった。
 蛇が完全に事切れたのを確認し、佐助と小十郎が堂内に目を向けると、そこでは幸村と政宗が固く抱き合っていた。天窓から射し込む太陽の光は、二人を中心に、高まっていく二人の喜びそのもののように大きく広がっていく。やがて月は完全に太陽の前を通り過ぎ、黄金色の光の中で二人は深い深い口づけを交わした。今二人の魂までもが一つと化したかのように思われた。
 遂にこうして二人が同時に人として触れ合うのを目の当たりにした小十郎は涙ぐみ、佐助もまた喜びと安堵に溢れた表情で二人を見守った。
政宗と幸村は永遠とも思える長い口づけを終え、漸くその体を離したが、その手はまだしっかりと繋がれていた。そして伽藍の入り口に目を向けた二人はそこで初めて佐助と小十郎がいるのに気づき、ありったけの感謝をその眼差しに込め、佐助と小十郎はそれに頷いて見せた。
 政宗と幸村は手を繋いだまま歩き出す。そして大伽藍を出た四人はそのまま慈眼院を後にし、伽藍には夥しい僧の死体と蛇の死骸が残された。


「それでは、奥州にはお戻りになられないと?」
「ああ、今俺がいきなり戻ったところで皆を混乱させるだけだろう。成実がうまく治めてくれてるんならそれでいい」
 二人で旅に出る、政宗と幸村はそう決めたのだった。庵を引き払い奥州へ戻る小十郎は少し残念そうに頷いた。奥州では小十郎をはじめ未だに政宗の帰りを待ち侘びている者も少なくないが、政宗がそうしたいと言うのならそれを尊重すべきだと思ったのである。
「佐助、お前はこれからどうするのだ」
「んー、取り敢えず里に戻って、それからのことはその時考えるさ」
「なんなら奥州に来たっていいんだぜ。諜報に長けた人材は幾らでも欲しいんでな」
「ま、考えとくよ」
 それから思い思いの会話を交わし、別れを惜しんだ後、小十郎と佐助はそれぞれ別の方角へと歩き出した。政宗と幸村はその背が見えなくなるまで見送った。

 日がまた沈もうとしている。彼方の尾根の向こうに沈んでいく太陽を見守っていた幸村の表情がふっと翳った。政宗は痛いほど幸村の手を握り締めている。その意図を察した幸村もその手を強く握り返した。確かに政宗は日食により忌まわしい呪いから解き放たれた。しかし幸村の方はまだ呪いが解けたと確かめられてはいないのである。
太陽が山の稜線の向こうに消え、その残照が雲を真紅に染める中、政宗はたまらず幸村に抱きついた。幸村をどこへも行かせまいとするかのように強く抱き締め、その隻眼を固く瞑った。
 どれくらいそうしていただろうか、ふと政宗が目を開けると辺りはすっかり宵闇に包まれている。幸村もまた、最早その体が獣に変貌することはなかった。恐る恐る顔を離した政宗の目の前に幸村の笑顔があった。もう昼も夜も二人が隔たれることはない。二人は長い間自分達を苦しめてきた呪いから完全に解放されたことを知り、再び固く抱き合った。
「政宗殿」
「幸村」
 何度も互いの名を呼び合った。いくら聞きたいと願えど聞けなかった声、何度呼んでも届かなかった声――――それが今、互いの耳に響き合っている。
 幸村は優しく政宗の頬に触れ、その指をそっと耳の後ろに滑らせる。くすぐったそうに微笑み目を閉じた政宗に幸村は唇を重ねた。五年間という長い歳月の空隙を埋めようとするかのような、深く長い口づけだった。
「Unbelievable……夢を見てるみてェだ……生身のアンタが目の前にいるなんてな」
 幸村の肩口に顔を埋め、政宗は口づけの余韻に浸りながら呟いた。
「某とて同じでござる。よもやまたこうして貴殿をこの腕に抱くことが出来ようとは……。あの時、貴殿からの言伝がなければ、叶うこともなかった」
「言伝?」
 顔を上げた政宗の顔を幸村は覗き込む。
「然様。佐助が伝えてくれた貴殿の言葉がなければ、某は機を待たずして慈眼院に乗り込み討死していた筈にござる故」
「Hey wait. 言伝ってなんだ。覚えがねェんだが」
 不審げに問う政宗に幸村も怪訝な顔を返す。
「貴殿は希望を捨ててはおらぬ故、某にも諦めるなと、佐助が」
「おい、俺はそんなこと言ってねェぞ」
「…………」
 暫く無言で顔を見合わせた後、幸村は長い溜息をつき、その様子を見て政宗は苦笑する。
「佐助の奴め、某はまんまと乗せられたようでござる……」
「It's sometimes necessary to lie. そのお陰でこうして呪いが解けたんだ、いいじゃねェか。五年経っても変わってねェな、アイツ。アンタのことよくわかってやがる」
 政宗は一頻り声を出して笑った。こんなに晴れ晴れとした気持ちで笑える日が来ようとは思ってもいなかった。笑いながらもその隻眼に涙が滲む。
「五年……か。長うござったな。政宗殿、聞かせてはいただけぬか。この五年間、貴殿が何を見、そして何を思ったのかを」
「ああ、アンタもな」
 あの苦渋に満ちた日々も今となっては過ぎ去りし過去の出来事でしかない。二人で身を寄せ合い、夜通し語り合った。

 そしてまた日は昇る。新しい一日の始まりを告げる朝の光は、多くの者には単に同じ毎日の繰り返しでしかない。しかし政宗と幸村にとってその光はこれから新しい人生が始まることを知らせるものであり、その眩さはそれが輝きに満ちたものであることを予感させる。
 二人は朝日に背を向けると手に手を取り合いその一歩を踏み出した。また当て処のない旅である。しかしこれまでの辛く苦しい孤独な旅とは打って変わり、二人の顔は希望に輝いていた。




   -end-

2011.12.18

【後書】
『レディホーク』という映画のパロディでした。
中世ヨーロッパの映画を関ヶ原後の日本に舞台を変えて、登場人物にばさらキャラを当てはめるという無理矢理な話でしたが、いかがだったでしょうか。
最終話まで筆頭と幸村の絡みが一切ないってサナダテ的にどうなんでしょうねυ
天海さま、悪者にしちゃってごめんなさい!









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