闇夜に舞う、無数の淡い光。その光景はあまりに幻想的で美しかった。
 いいモン見せてやる、と政宗に言われ連れられやってきた川原では、数え切れない程の蛍が飛び交っていた。
「なんと……美しい……」
「綺麗だろ?アンタに見せたかったんだ」
眼前の光景にうっとりとその隻眼を細めたまま政宗が言うと、幸村は政宗の肩を抱き寄せた。

 暫しの間そうして寄り添ったまま蛍の群れに見惚れていると、ぽつりと政宗が呟いた。
「蛍は成虫になってから一週間から二週間くらいで死んじまうんだと。儚いよなァ」
「命を燃やしその身を輝かせ、短期間で散っていくのでござるな……」
そう言って幸村は、まるで自分達のようだと思った。
この戦乱の世において、戦に散っていく者のなんと多い事か。
自分や政宗とて、戦でいつ命を落としてもおかしくないのである。
「俺は、夢を叶えるまでは死ぬつもりはねェぜ」
幸村の思いを感じ取ったのか政宗がそう呟くと、幸村は政宗の肩を抱く手に力を込める。
「某とて同じでござる」
 二人の間に沈黙が流れる。生温い風が政宗の髪を揺らし、幸村の頬をくすぐった。

「……平行線だな」
沈黙を破ったのは政宗だった。
「俺とアンタは平行線だ。どこまで進んでも……交わる事はねェ」
「しかし政宗殿、」
そう言ってから幸村は口ごもる。政宗の言葉があまりに悲しく反論を試みたものの、その術を持たない事に気づいた。
 それは今まで目を背けてきた事実だった。目指す未来の違う自分達は、その夢を叶えた時、そこに相手は存在しない。そこへ至る過程で必ず相手が敵となるのである。
「俺の未来にアンタはいねェ。逆もまた然りだ」
「…………」
幸村は政宗から手を離し、政宗に背を向けた。
「何が言いたいのだ、政宗殿は!」
「……幸村?」
感情のままに声を荒げるなど子供じみていると自分でも思ったが、一度堰を切った言葉は止められなかった。
「某と貴殿の関係が不毛なものだと言いたいなら言えば良かろう!終わりになさると言うなら某は、」
「Stop!」
政宗は幸村の肩を掴んでこちらを向かせると、幸村の言葉を遮った。
「……悪かった。そんなつもりで言ったんじゃねェんだ。なんか、感傷的になっちまって、つい」
俯いて政宗が謝ると、幸村は途端に自分が恥ずかしくなり、誤魔化すように政宗を抱き締めた。
二人の周囲を淡い光が飛び交う。
「政宗殿の言うとおり、某と政宗殿の進む道は違う未来でござる。このまま進めば互いに敵として立ちはだかる事になろう。しかし、それでも某は、どうしても――――政宗殿と出会わぬ方が良かったなどとは思えぬのでござる」
その存在を確かめるように、更にきつく抱き締める。
 限られた期間だけの関係と割り切る事ができればどれ程ほど楽になれるだろう。しかしそうするには互いに相手への思いが深過ぎた。
「政宗殿は……違うのでござろうか。某との事をなかった事にしたいと?」
「なっ…!んな訳ねェだろ!」
幸村の言葉に驚いた政宗は、ぱっと顔を上げて否定する。
「俺は……俺だって……」
口ごもる政宗の顔を、幸村は正面から見据える。
「政宗殿。貴殿はいつも某を受け入れてくださるが、貴殿の口から某への思いを聞いた事がないのは淋しゅうござる。 聞かせては……いただけぬだろうか。某をどう思っているのか」
「幸村……」
普段の政宗なら誤魔化してはぐらかすところだったが、幸村の真摯な双眸と辺りの幽玄な雰囲気が相まって、誤魔化す事ができなかった。
「俺の渇きを癒せるのはアンタだけだ。これで……わかるだろ」
「…………」
「おい、なんか言えよ。恥ずかしいだろうが」
「…………」
「おい!」
政宗の言葉を聞いてから石になったかのように固まっていた幸村だったが、政宗に拳で胸を突かれ、びくりと体を震わせ我に返る。
「政宗殿……!某、感無量でござるっ……!」
そう言って力一杯政宗を抱きすくめた。
 幸村から政宗へはいつも思いを伝えていたが、政宗の口から幸村への思いが紡がれたのはこれが初めての事だった。政宗の態度から彼が自分を思ってくれているのはわかってはいたものの、やはり言葉で伝えられると嬉しいものである。
「なにやら、もういつ果てても良いような心持ちでござる」
「ばーか。アンタが死んだら武田の連中が困るだろ」
「政宗殿も、某が死んだら少しは悲しんでくださるのでござろうか」
幸村が窺うように政宗の隻眼を覗き込む。
「あ、当たり前だろ……」
至近距離で見つめられ、政宗は恥ずかしくなって目を逸らし、そっと体を離した。そんな政宗の様子に、幸村は苦笑する。
「前々から思っており申したが、政宗殿は意外に恥ずかしがりでござるな」
「悪ィかよ」
「普段は捻くれ者で、捻くれておらぬ時は恥ずかしがりにござる」
「勝手に人を分析すんじゃねェ!そりゃ自分でも面倒臭ェ性格だとは思うが……なんでアンタはこんな俺がいいんだろうな。わかんねェ」
「なぜと問われれば、そういう所も全てひっくるめて政宗殿の全てが愛しいとしか答えようがござらぬ」
その言葉を聞いた瞬間政宗は顔に血が上るのを感じ、幸村の肩に顎を乗せた。夜の闇の中、顔が赤くなっても見えないだろうとは思ったが、なんとも気恥ずかしかったのである。
「よくそういう台詞を臆面もなく言えるよな、アンタって」
「いつ果てるとも知れぬ身なれば、伝えたい事は伝えたい時に伝えておかねば悔いが残る故」
そこで政宗は普段の幸村の様子に合点が行った。暇を見つけては奥州に訪れる事も、会うといつも鬱陶しいくらいに政宗にくっついて来るのも、全ては――――いつ死んでも悔いを残さないようにする為なのだろう。
「アンタ、いつもしてんのか。その、死ぬ覚悟を」
幸村の首に提がる六文銭を弄びながら政宗が問う。
「無論にござる。戦場に生き、戦場に散るが武人の定め。もっとも――――」
そこで幸村は言葉に詰まる。
 信玄が上洛を果たすまで死ぬつもりはない、と続けようとしたのだが、それを言うとまた険悪になるのが予想され、無理矢理飲み込んだのである。
「もっとも、なんだ?」
「ああ、いや、憚りながら某も腕に覚えがあり申す故、そう易々と死ぬつもりはござらぬ」
一旦言葉を途切れさせた事を不審がられたようだったが、上手く誤魔化せて安堵する。
「そういや、昼間アンタと手合わせした時に思ったんだが、アンタ……腕上げたよな」
「然様でござるか。日々鍛錬は積んでおるものの、自分ではなかなか上達しておるのか否かわからぬのでござる」
「士は別れて三日なれば即ち当に刮目して相待つべし、だな。俺もうかうかしてらんねェな」
昼間幸村と手合わせした際に政宗は幸村の槍に刀を弾き飛ばされた。前回より幸村の槍捌きは格段に鋭く、政宗は内心焦りを覚えたのだった。

 と、その時。政宗が顔を傾けたと同時に風を切る音が二人の耳朶を震わせ、少し離れた繁みに何かが突き刺さる。ちりちりとした痛みが政宗の頬に走り、手で触ると血が滲んでいた。
 それまで水を打ったように静かだった周囲に草を踏みつける足音が響き、あっという間に数人に囲まれていた。
 政宗と幸村は背中合わせになり、様子を窺う。覆面頭巾を纏い、手にした刀は艶消しの直刀である事から、その集団が忍であると察せられた。先程政宗に向かって投げられたのは苦無だろう。
「四、五、六人か。丸腰相手に六人たァ用心深ェこった」
「某の政宗殿の端麗なる顔に傷をつけるなど……!断じて許せん!」
「なんかズレてるが、反論は後だ――――来るぞッ!」
忍集団の頭らしき一人の無言の合図とともに、六人の忍が一斉に襲い掛かってくる。
 政宗は上段から斬りつけてくる刀を身を翻して躱すと、空を切って振り下ろされた刀を持つ手首に手刀を叩き込み、離された刀を手にする。
「幸村ッ!」
政宗から投げられた刀の柄を掴んだ幸村は、すぐさま右横の忍を袈裟懸けに斬り、返す刀でもう一人の胸元を真横に斬り裂いた。政宗は新たに奪った忍刀で二人を斬り殺していた。
 残る二人のうち一人が政宗目掛け斬り込んでくる。政宗は手にした忍刀の刀身で払うように受け流すとそのまま背中に刀を振り下ろし、斬り捨てた。それを見届けた最後の一人は踵を返し逃げようとするも、幸村が投げた刀が胸を貫通し、その場に頽れ再び動く事はなかった。



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