城下の町外れまでやって来ると、佐助は幸村と小十郎に向き直る。ここからは佐助は地下道から潜入する為、二人とは別行動になる。佐助はその前に二人に言っておかねばならぬことがあった。
「実を言うと俺様、独眼竜から頼まれてることがあるんだよね」
 二人は今になって何を言い出すのかと問いたげな表情で佐助を見た。佐助はそれを意に介さず、幸村を真っ直ぐ見据え言葉を続けた。
「もし今日真田の旦那が命を落とすようなことがあれば……鷹を殺せ、と」
「なっ……!」
「いいか真田の旦那、何があっても自棄を起こすなよ。俺様にあんたの想い人を手にかけさせるような真似をさせないでくれ」
 呪いが解けなかった場合、幸村が天海と刺し違えて死ぬ気でいるのに佐助は勘付いていた。そうさせない為にも、言っておく必要があると判断したのだった。
「片倉の旦那、悪いけどそういうワケだから。あの気位の高い独眼竜が俺様に頭を下げて頼んだんだ、わかってくれるよね」
 小十郎は神妙な面持ちで頷いた。反対しなかったのは意外だったが、彼なりに覚悟を持って臨んでいるのだろう。天下が平定されて以降はその人生を政宗の呪いを解く方法を見つけることだけに費やしてきたのである、もしかすると政宗の命が絶たれるような事態になれば自身もその後を追うつもりでいるのかもしれない、と佐助は思った。

 そして佐助は二人と別れ、地下道に入った。意外にも警護の兵はそこには全く配置されていない。訝しみながら先へ進むと、道が二股に分かれている。僅かな空気の流れから本道を見極め進むとまた分かれ道に行き当たる。逃げ出す際はほぼ一本道に思えたその地下道は、反対から通ると幾つもの分岐があり、脱出には易く侵入には難い造りとなっているようだ。こいつはちょっと厄介だぜ――――分岐の度に立ち止まることを余儀なくされた佐助の顔に焦りの色が浮かんだ。

 街道から城下町へ、慈眼院の法会に参ずる近在の僧や檀信徒らが列をなして歩んでいる。幸村と小十郎は、頭巾を目深に被り、その群れに紛れ進んでいた。随所に配置されている警護兵の脇を通る度に緊張が走ったが、幸い気づかれることなく慈眼院の手前までやって来た。
 しかし小十郎は胸中に大いなる不安を抱えていた。というのも、少し前までは晴れ渡っていた空がいつの間にか厚い雲に覆われ、太陽はすっかりその後ろに隠れていまっているのである。
「おそらくはここ一刻かそこらのうちだとは思うんだがな」
 小十郎は空に向かって答えでも求めるかのように呟いた。幸村もその視線を追うように空を見上げた。
「この空模様じゃ、いつだとはっきり判断出来ねえな……」
 二人は警護の隙を突いて物陰に身を潜め、慈眼院の大伽藍へと向かう僧の列をやり過ごした。

 幾度も分岐路を超え、漸く佐助は大伽藍の真下に辿り着いた。当初は一旦地下を出てから忍び込むつもりでいたが、ここまで来るのに思いのほか時間が掛かってしまった。もうこのまま上に上がるしかない。
 上に通じる縦穴をじりじりと登り、伽藍の床に嵌め込まれている格子を固定している錆びた金具の隙間に苦無の先端を捩じ込んだ。
 最後の金具を外し終え、格子を浮かせようとしたところで重苦しい響きが堂内を揺るがした。巨大な正面扉が左右に開かれたのである。佐助は慌てて格子を元に戻した。
上からは伽藍に入ってきた僧らの足音や着込んだ袈裟が床に摺れる音が間断なく続いている。間もなく法会が始まる。ということは天海もじきに姿を現すだろう。

 人気のない路地裏で、幸村と小十郎は、行列の賑わいが高まりやがて大伽藍の方へ遠ざかるのをじっと耳を澄ませていた。僧の列は途絶えた。じきに法会が始まるだろう。
小十郎は空を見上げた。
「もうじきの筈なんだがな。あの雲が途切れさえすれば確かめられるってのに……」
 民家の萱葺き屋根の向こうから鷹が姿を現し、幸村の腕に舞い降りる。幸村は鷹を撫でてから小十郎に向き直った。
「片倉殿。申し訳のうござるが、やはり某には昼夜の境のない現象などというものが本当に起こり得るとは思えぬ。今日は昨日と何の変わりもなく、そして明日もまた同じでござろう。某に明日がやって来るのかはわかり申さぬが」
 その言葉に目を伏せた小十郎は出し抜けに顔を上げた。こちらへ向かってくる馬の蹄の硬い音が聞こえたのである。幸村に目を遣ると、幸村は無言で手首の鷹を差し出した。小十郎は頷き、鷹を慎重に自分の手に受け取った。幸村は素早く近くにあった荷車の後ろに身を潜めた。
 馬で駆けてきた見回りの兵は小十郎の姿を認め馬の足を止める。その不審げな目は小十郎の手の鷹に留まった。そして口を開きかけたその時、背後から幸村が手刀でその首を打ち、兵は何が起こったのかもわからぬまま絶命し、ゆっくりと馬からずり落ちた。
 幸村は兵の死体から刀を奪い、指先で切れ味を試し、そして二三度振ってみた。
 空には相変わらず陰鬱な鉛色の雲が立ち込めている。幸村は首を振った。小十郎の言葉を信じ待ってはみた。しかし、もう良い。もう待ち過ぎた。
 幸村は刀を手にしたまま馬に跨った。
「真田、馬鹿な真似はよせ!今日を逃したらこの機会は二度と訪れねえんだ!」
 幸村は小十郎を冷たく見下ろした。
「貴殿の言うとおりにござる。明智をこの手で討てるのはこの機にしかござらぬ」
 幸村が手を上げると鷹は小十郎のところから飛んできた。幸村は被っていた頭巾を脱いで鷹に被せる。不意に視界を閉ざされた鷹は甲高い声を上げながら爪を深く幸村の腕に食い込ませる。幸村は懐から取り出した足緒をその足に結び付けた。
「暫しの辛抱でござる故、耐えてくだされ……」
 そして幸村は小十郎に向き直り、再び鷹を引き渡した。
「じきに佐助が合流する筈。法会が何事もなく終わり、伽藍の鐘が鳴り始めたら、その時は某がしくじったと思ってくだされ」
「急を告げる半鐘が鳴り出したら?」
「同じこと。その時は某は――――死んでいる」
「それで、それからどうなるってんだ」
「手早く、そして苦しみのないように、と佐助にお伝えくだされ」
「真田……てめえはそれでいいのか」
 幸村は沈痛な面持ちで頷いた。
「それが政宗殿の望みなのでござろう。半身の人間として永遠の苦痛と惨めさに浸って生き永らえるよりは死を選ぶ、その気持ちは誰よりも理解でき申す故」
 そして幸村は馬首を翻し、小十郎に背を向けた。
「片倉殿。……彼岸でなら、互いに元の姿で政宗殿とまみえることは……可能であろうか」
 小十郎がその問いに答える間もなく、幸村は馬の歩を進め始めた。その背後で鷹が別れの気配を察したのか悲痛な鳴き声を上げ、途端幸村は心臓が引き裂かれるような思いに顔を歪ませた。視界がみるみる滲んでいく。しかし振り返ることはせず、路地の端から通りに出ると、一気に慈眼院の門を潜り大伽藍へ向かったのだった。



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2011.11.30









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