翌朝、佐助は小十郎に断ってから幸村を捜しに出た。
 庵から三里ほど離れた林の中に幸村はいた。前日受けた矢傷の手当をしているところだった。
 無事な姿に胸を撫で下ろし、佐助は幸村に近づいた。
「やったげるから、貸してみな」
「佐助!無事であったか!して、鷹は」
「俺様を誰だと思ってんの。ちゃーんと日没前に片倉の旦那に預けたよ。手当てを受けて、今は休んでる」
「そうか……良かった」
 心底安堵したように溜息を漏らす幸村の脚に包帯を巻きながら、佐助はその傷の治りが異様に早いのが気になった。昨日受けた傷が、五日ほど経ったような具合にまで塞がってきている。
「傷が癒えるのが早いのも、その――――呪いのせいなのかい」
 幸村はびくりと体を強張らせ、そしてゆっくりと佐助に顔を向ける。
「お前……聞いたのか。片倉殿に」
「ていうか、見ちゃったんだよね最初は。鷹がいたところに、独眼竜がいるのを」
「そうか……。お前に鷹を託した以上、知られることは覚悟していた。では、俺が昼の間しかこの姿でいられぬことも……知っているのだな」
「ああ、聞いたよ全部。……なんで、話してくれなかったんだ。黙っていなくなるなんて水臭いじゃないか」
 その言葉を受け、沈痛な面持ちで目を伏せた幸村は、ただ一言、済まなかった、とだけ呟いた。
 佐助には訊かずともわかっていた。ただ、言わずにはいられなかったのである。生真面目な幸村は、自分の個人的な問題に武田を巻き込むことを好しとしなかったのだろう。
「まあいいさ、今更言っても仕方のないことだし。ところで、旦那はなんで天海の命を狙ってるんだい。あの坊さんが旦那達の呪いとなんか関係が?」
 佐助の問いに幸村はふっと暗い笑みを浮かべる。
「関係も何も――――彼奴こそが俺と政宗殿を斯様な身にした張本人だ」
 佐助は驚きの声をあげた。張本人ということは、天海の正体は――――。
「天海が、明智光秀……それは間違いないのかい」
「ああ。俺はこの目で確かに見たのだ。仮面で顔の下半分を覆ってはいたが、奴は間違いなく明智だ」
 幸村と政宗は、忌まわしい呪いをその身に受けてからというもの、それを解く方法を求めて国中を旅した。しかしその手掛かりすら得られぬまま時間だけが過ぎていった。焦りは倦怠に変わり、疲労は溜まっていくばかりである。共にいながらも孤独なその旅の終わりは一向に見えず、かといって一日の半分を獣の姿で過ごす二人は元の生活はおろか人里で普通に暮らす訳にもいかず、いっそ鷹を殺して自分も――――などと暗い考えが幸村の脳裡をよぎり始めた矢先のことだった。その時備州にいた幸村は、ある噂を耳にしたのである。
 大僧正・南光坊天海。彼についてはその出自が謎に包まれていることから様々な噂が飛び交っているが、そこで幸村が耳にしたのは到底聞き捨てならないものだった。その正体が、かつて織田軍に属していた明智光秀だというのである。
天海は以前その土地を治めていた小早川という人物の側近として傍に仕えていたこともあるらしく、その噂は信憑性の高いものと思われた。
それを確かめるべく武州に入った。そして遠目にではあるが天海の姿を見た途端、幸村の内に憎悪の焔が沸き起こった。幸村は確信したのだった、それが光秀であると。
 どうせ死ぬなら自分と政宗の人生を滅茶苦茶にしたあの男を殺してからだ、幸村がそう思うのも無理もなかった。
 そして慈眼院を張っているところに、佐助と出くわしたという訳である。
「とりあえずさ、旦那も怪我してることだし、一緒に片倉の旦那のところに戻ろう。独眼竜が心配だろ?」
 しかし幸村は佐助の誘いにかぶりを振った。
「いや、俺は遠慮しておこう。夜が来て虎の姿になれば、俺は……確とした意識を持っておらぬのだ。お前や片倉殿に危害を加えぬとも限らぬ故な。お前は庵に戻って政宗殿についていてくれ」
 政宗殿と口にした時、ほんの一瞬幸村の表情が崩れそうになったのを佐助は見逃さなかった。幸村が政宗の名を声に出すのは随分と久方ぶりのことだったのである。
「旦那はどうするのさ。まさか一人で慈眼院に乗り込もうってんじゃ」
「政宗殿を放っておいて一人で決行する訳にはいかぬ、心配無用。それより、政宗殿に……言伝を頼みたい」
 そこで一旦言葉を切った幸村は、意を決したように再び口を開いた。
「たとえ離れていようと、この幸村の心は貴殿の傍に――――と」
 一言一言に政宗への想いを織り込むように口にした幸村に、佐助は頷くより他なかった。これまでずっと二人きりだったといっても相手は鷹である。想いの丈をいくら言葉で紡ごうと、政宗には届かなかっただろう。
「わかった。必ず伝えておくよ」
 佐助の返答に幸村は少しはにかんだように頷いた。
「政宗殿の傷の癒えた頃に迎えに参る。それまではお前も庵で待っていてくれ」
 そして佐助は幸村と別れ、再び庵へと戻ったのだった。



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2011.10.24







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