鷹を残し部屋から出た小十郎は、手持ち無沙汰にしている佐助に声を掛ける。
「お前も怪我してるんだろう、あっちの部屋に薬箱があるから好きに使え。ただし、さっきの部屋には決して入るんじゃねえ。わかったな」
 佐助の返事を待たず、小十郎は裏口から外に出た。庵の裏庭には彼が丹精込めて育てている野菜が実り、その傍らで薬草が栽培されている。畑の向こうは切り立った崖である。
 夕日の残光が雲に照り映える中、小十郎は何度も目を谷の方――西の方角へ向けながら、薬草を摘み取っていった。それを終えると、夕日の最後の残照が雲を真紅に染めるのを見守り、そして太陽が完全に沈んだのを確認すると、庵の中へと戻っていった。

 佐助は、応急処置のみで済ませていた傷口に手当てを施し包帯を替えた。そして漸く人心地がつくと共に、幸村の安否が気になり始めた。
 己の命より大事らしい鷹を託され、致命傷ではないにしろ手負いの幸村を身を切られる思いで残してきた。鷹は小十郎に預けたのだからもう大丈夫だろう。佐助は幸村を捜し合流することを決めた。
 小十郎に出て行くことを告げるべく先程鷹を運び込んだ部屋の前に立ち、襖越しにそっと呼びかける。
「片倉の旦那」
 しかし返事はない。小十郎の気配もない。まだ部屋に戻っていないようだ。
 小十郎は部屋に入るなと言った。しかし鷹の様子が気になった佐助はそっと襖を引き開け、中へ足を踏み入れる。そしてその途端、信じられぬ光景に棒立ちとなってしまったのだった。
 これまで全国各地に偵察に赴き、幾度も死線を潜り抜けてきた佐助である。滅多なことでは驚きはしない。しかし今佐助の目に映っているのは、そんな彼でも俄かには信じ難い光景だったのである。
 先程小十郎が敷いた布団の上に、最早鷹はいなかった。その代わり、数年前に幸村と共に消息を絶った独眼竜・伊達政宗が横たわっているのだった。鷹に刺さっていた筈の矢は、その白い肩に突き刺さったまま――――。
「ど……独眼、竜……?」
 佐助の声に政宗はふと目を開けた。そして顔を上げ、身を起こそうとした途端、その隻眼が激痛にしかめられる。
「幸村……!幸村は……!」
「真田の旦那はここにはいない。でも無事だよ」
 佐助は慌てて言った。まだ事態が飲み込めていないものの、取り乱した様子の政宗を一先ず落ち着かせるのが先決だった。
「お前……武田の忍か」
 そこで漸く佐助を認識したようだった。
「慈眼院からの追っ手に応戦して、真田の旦那は怪我はしたけど命に関わるようなものじゃない。それは……あんたも知ってるんだろ?」
 政宗は目を伏せ、そして布団にぐったりと体を預け、長く息を吐いた。佐助はそれを肯定と受け取った。
「やっぱ、あの晩あんたに会ったのは夢じゃなかったんだ……」
 政宗はやはり答えない。
「あんたは……一体何なんだ」
 声色を落とした佐助の問いに、政宗は目を伏せ黙考する。
「俺は……」
 政宗が口を開きかけたその時、襖が開いた。佐助の背後で小十郎がはっと息を飲むのがわかった。
「てめえ!入るなと言っといただろうが!」
 小十郎は乱暴に佐助の腕を掴むと、外へ押し出し、ぴしゃりと襖を閉めた。
 佐助は暫く襖の前で呆然と立ち尽くしていた。事態を頭の中で整理しようと努めた。そんな馬鹿げた話がある訳がない、とは思うものの、己が目で見た事実は変えようがない。あれは紛れもなく――――。
 佐助は裏口から庭へ出た。どうにも外の空気を吸いたくて仕方がなかったのだった。
 広くはないが手入れの行き届いた畑のすぐ向こうは切り立った崖である。崖縁に腰を下ろした佐助は、夜空を見上げた。崖の上という立地のせいか、星がやけに近く感じられる。
 脳裡を疑念が渦巻いて離れない。幸村を捜しに行く前に、真実を知っているらしい小十郎から全てを聞き出す必要がある。そう感じた佐助は小十郎が政宗の傷の手当てを終えるのを待つことにした。

「俺をここに連れて来たのは、あの忍か?」
「然様にございます、真田幸村の指示だとか……。それよりも今は御身が先決にございます、話は後に致しましょう」
 政宗の呼吸は荒く、額にはじっとりと汗が浮かんでいる。怪我が元で発熱しているようだ。
 小十郎は裏庭で摘んだ薬草から作った膏薬を塗った布をそっと政宗の肩の傷口に当てがい、ご無礼致しますと呟くと同時に刺さっている矢を掴むと一気に引き抜いた。政宗の顔が苦痛に歪む。それを目にした小十郎の心もまた痛んだ。
 小十郎が肩に包帯を巻き終えるのを待って、政宗は口を開いた。
「悪ィな、小十郎……Thanks」
「滅相もございません。政宗様が奥州を離れた今でも、この小十郎の主君は政宗様をおいて他にございません故」
 小十郎は掛布を政宗の胸元まで被せると、冷たく絞った布を額にそっと乗せる。
「今はゆっくりお休みください、政宗様。また後程参ります」
 そう言って部屋を後にする小十郎を見送ると、政宗は長く息を吐き、目を閉じた。



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2011.10.10






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