虚空を掴もうとする白い腕を、幸村は柔らかい草の茂る地面に押さえつけた。
「……っ!」
 組み敷く体は独眼竜。その身に纏っていた陣羽織や具足は辺りに散らばっている。それは幸村も同じで、互いに一糸纏わず幸村が政宗に覆い被さる格好だった。
 日はとうに暮れ、少ない雲に邪魔をされることもなく満月が青白い光で二人を照らしている。
 竜の体の奥深くを貫き、穿った体を乱暴に揺すれば、その隻眼はきつく閉じられ、悩ましげに眉根を寄せる。
 青白い月に照らされ、発光しているようにさえ見えるその白い体はよく見れば傷跡が点在している。その殆どが幸村の槍によるものだ。その傷跡を確認するかのように身を屈めて舌を這わせれば、政宗の体が僅かに震え、その反応は幸村に愉悦を齎した。
「……政宗殿」
 ゆるゆると腰を動かしながら、その顔を覗き込む。
 半ば潤んだ隻眼は、こんな情況でも不思議に鋭さを失わない。逸らされる事なく、視線は幸村に注がれている。
 組み敷いているのは自分の方だというのに、見下ろされている気がする。それは全てこの瞳のせいだと思う。
 この男は決して誰のものにもならない。そう思い、幸村は少し安堵する。
だからこそ自分の好敵手なのだ。その首を獲るという目標に生涯を賭けられる程の。
 喉から手が出るほど欲しくて欲しくてたまらない存在。
 体を暴くことを許されようと、自分のものにはならない。むしろ囚われているのは――――。

 声を押し殺し食い縛る口は時折開くが、甘い嬌声を発する事はない。達する時の声を噛み殺す時のくぐもった呻き声くらいだ。
 快楽に喘ぐ声を聞いてみたくて執拗にその体を苛んだこともある。だが、今そうしているように政宗の口はただ激しい呼吸の為に開かれるのみだ。

 若草に絡む髪に手を伸ばす。指で優しく梳ると、政宗は不審げに眉間に皺を寄せ、荒い呼吸のまま瞬きを繰り返した。
 意外に優しく扱われることに慣れていないのかもしれない。それを嬉しく思う自分が不思議だった。
 幸村は不意に引き寄せられたように身を屈め、政宗に口づけた。軽くはむだけですぐに離す。
 思えば口づけなど交わすのは初めてのことだ。
 政宗は目を見開き眉をしかめ、呼吸さえ止めて幸村を見つめていた。
「……そのような怪訝な顔をなさらずとも」
 脚を抱え直して更に体を密着させると、政宗は止めていた息を吐き出した。
 もう一度してみようと顔を寄せるが、政宗の腕に阻まれる。肩を押されて制されたのに素直に従ってしまったのは―――政宗が笑っていたせいだ。
 困ったような顔で、だが口の端は僅かに上げられている。それなのに瞳の煌きだけはやけに鋭くて、ぞくりと背を何かが駆け抜ける。
 呪縛にかかったように目が離せない。やはり自分はとっくにこの男に囚われてしまっているのだ。
 そう思った瞬間だった。
「――――っ!」
 上体が横倒しになるかと思うような衝撃に、辛うじて持ちこたえた。頭部への衝撃だった。
 何が起こったのか瞬時には理解出来ない。だが、右耳の辺りが急激に熱を帯びるのを感じて、それから数瞬で理解する。
 片方だけ上げられた口角、鋭く己を射抜く竜の隻眼、白い腕。
その白い腕が、何の前兆もなく幸村の右耳の辺りを打ったのだ。流れるようなその動作はたおやかさとは裏腹に強靱な力を秘めていた。瞬間、意識が飛びそうな程の。かっとなって政宗の肩を掴むと同時に、政宗の腕に捕まった。
 白い二本の腕が躊躇いなく幸村の頭を捕らえ、乱暴に髪を掴まれ強い力で引き寄せられる。
「政……っ」
 噛みつくように唇を吸われ、幸村は殴られた怒りを忘れた。片手で政宗の体を支え、片手でその頭を抱く。吸い返して、互いに舌を絡める。その生々しい感触に更なる興奮を掻き立てられたのは幸村だけではないだろう。
 体を抱き起こし、更に深く捩じ込む体勢を取らせると、幸村の口の中で政宗の舌が震える。髪を掴む手に力が込められるが、引き剥がそうとするものではない。むしろより強く求められている気がして、唇を合わせたまま政宗の腰を揺する。すると中が一層強く収縮し、堪らず幸村はかき抱く政宗の背に爪を立てた。
 達してしまいそうだった。
 もっと、もっと政宗を堪能したい。動きを止め、中に解き放ちたい衝動をどうにか抑え、持ち直した幸村が再び腰を揺さぶると、政宗も爪が食い込む程の強い力で幸村の肩を、頭を掴んでくる。汗で滑るのを何度も掴み直し、奪い合うように幾度も唇を合わせる。ほんの少し離れる隙に深く息をするのだが、それでも政宗は声を上げない。
 間近で見つめる瞳はやはり鋭く、だが潤んでいる。
 幸村の動きに合わせて政宗も自ら腰を動かし始める。繋がった部分に集中しはじめると、政宗は幸村の肩を抱き、その肩口に頭を寄せた。荒い呼吸が耳元にかかり、幸村は口づけの余韻が残る唇を舐める。
 肩に背に爪を立てられ、絡み付くような内壁に締め上げられ、熱い吐息が耳をくすぐる。
――――声など、聞かずとも。
 眩暈がしそうだった。
 目の前にちらつく政宗の耳に、不意に悪戯心が湧き起こる。耳朶から外耳を舌先で舐め上げると、政宗の体はびくりと跳ね上がった。
「貴殿の弱点は、ここでござったか」
 体を離そうとするのを押さえ付け、幸村はわざと耳に息がかかるように囁く。
「You……piece of shit……!調子に、乗るんじゃ……ねェ……!」
 髪を掴んでの抗議に聞こえないふりをして再び舌を這わせると、予想以上にわななく体は中に納まる幸村を小刻みに刺激する。
 腹を立てたのか、政宗は同じように彼の目の前にある幸村の耳に、ぎりぎりと歯を立てた。
「痛っ……!」
 噛み千切らんばかりの力に、たまらず幸村は弄んでいた耳朶を解放する。
 政宗はやはり怒っているようで、射るような眼差しに凶悪な色が加わっている。
 勢い良く幸村の肩を突き飛ばして腕を振り上げた。今度はそれを予測出来た幸村は、殴られる前にその手首を掴む。間髪入れずに襲うもう片方の腕も、辛うじて。
「…………」
 暫くそのままの姿勢で動きを止め睨み合っていた。
 互いの呼吸は荒く、戦っている時の熱に似ている。相手を喰らい尽くさんとする熱の衝突は、戦で刃を交え火花を散らす様に似ている。
 だが、違う。それはやはり、似ているだけで別のものだ。
 情交という、本来ならば愛し合う者同士で行う行為をしているのだという自覚はある。それは政宗も同じだろう。
 幸村に跨った格好で両の手首を捕らえられたまま、灼けつくような隻眼が幸村を見下ろしていた。ちらりと覗く舌が唇を舐める。煽られている、そう自覚すると同時に戦慄にも似た感覚がぞくりと背を駆け上がる。
 深く息を吐き、政宗は腰を僅かに前後に動かし始める。政宗の腕を伝う汗が、月光を弾いて幸村に落ちる。
 手首を掴む幸村を頼って平衡を取る様は酷く煽情的で、それはやはり、戦いでは得られないもののひとつだ。政宗との戦いにおいて、六振もの刀を軽々と繰り雷光を放つ政宗を美しいと思う事さえある。だが、交わっている時のこの体は、同じものの筈なのに別格だ。
 政宗の瞳が揺れ始める。
 荒い呼吸を一時中断して唇を噛む事を繰り返す。下から突き上げれば、掴む手首が過剰に反応する。その指先は所在なげに、何かを掴もうとするように震えていた。見れば、政宗の張り詰めたものはもう限界が近い。
 と、不意に濡れて光る政宗の唇に目がいった。
 それはある規律に従って動いているように見えたのだ。幸村の胴を絞めるように脚をわななかせ、長い前髪が顔に張りつくのを払うように頭を振りながら―――その唇は法則を持って動いていた。
 ほんの僅かな動き。繰り返されているのでなければ気づくこともなかっただろう。

――――幸村。

 幸村、と。音もなく紡がれる言葉は己の名だった。そう気づいた瞬間、痺れる程の高揚感が体中を駆け巡った。
 気のせいか、とも思う。だが、もう遅い。気のせいだったとしても、一度そう意識してしまえばそうとしか思えない。というより、そう思っていたかったのだ。
 政宗が繰り返し呼んでいるのが、他の誰でもない、己の名であると。
「政宗殿」
 上半身を起こし、再び政宗の背を地面に押しつける。
「某だからこそ……体を許されているのだと思って良いのだな」
 何を今更、と訝しげに眉根を寄せる政宗に、幸村の顔が僅かに綻んだ。
 幸村にとっての政宗がそうであるように、政宗にとってもまた幸村も特別な存在なのだと――――。
 焦がれるように繰り返す宿敵の名に声を乗せぬのは、その自尊心ゆえか。
「……やはり貴殿は、気に喰わぬ」
 これで益々、脳裡から政宗が離れなくなるだろう。
 月光を返す隻眼が焦れたように幸村を射る。
 何を思うのか、政宗は幸村の首を引き寄せてわざわざ無理な姿勢で受け入れる。互いの呼吸が互いの口元にかかる程の至近距離で睨み合う。奪い尽くしたくて、何度も政宗の内を抉る動作を繰り返す。
 政宗の呼吸が引き攣るように早くなり始めた。爪を立てる指が震えている。
 幸村は片手を政宗の熱の中心に伸ばした。苦しげに脈打つそれは、柔らかく握り込んだだけで熱を吐露した。



 若草を寝床に、幸村は仰向けに寝転んだ。
 政宗はとうに立ち去った。特に言葉を交わす事もなかった。
 近いうちまた互いに熱を持て余せば先程のように奪い合うことになるだろう。
 満月は変わらず青白い光を冷ややかに夜の大地へ投げかけている。
 風が撫でつける若草の擦り合う音。虫の鳴く声。それらが耳を澄まさずとも聞こえてくる。
 政宗と交わっている時には全く気づかなかったもの。行為の最中に耳に入るは、ただ互いの呼吸のみ。
 目を閉じれば政宗の鋭い隻眼がやけに鮮明に脳裡に蘇る。
 政宗に殴られた箇所がじわりと痛んだ気がして、幸村は目を閉じたまま、少し笑った。





2011.08.20

【後書】
たまには喘がないのもいいかな、と。
なんでこんな関係になったのかはわかりません(笑)
投げっぱなしジャーマン!









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