※「The Party〜」の続きですが、単品でも読めると思いますυ



 政宗を背後からふわりと抱き締めれば、鼻腔をくすぐる髪の香りと共に幸せで胸が満たされていく。
 会いたい時に会えなかった以前とは違い、これからはずっと一緒にいられるのだ。幸村は幸せを噛み締めていた。
 政宗が上田へ来てから一週間が経つ。
 二人が初めて出会った場所である妻女山で生涯を共にすることを誓った幸村と政宗は、当初どちらがどちらのもとへ居を移すかで大いに揉めたが、一騎打ちでも決着がつかず、両陣営の重臣を交え協議がなされた結果、協定された期間ごとに二人が奥州と甲斐を行き来することで収拾がついたのだった。まずは政宗が上田に来ることになった、という訳である。
「政宗殿。こうして貴殿と一つ屋根の下で寝食を共にできようとは、某は比類なき果報者にござる。貴殿の為とあらばこの命さえ惜しゅうござらぬ。某の全身全霊を以ってして、貴殿を生涯守り抜くことを誓い申す。貴殿に降り掛かるあらゆる災厄はこの幸村が払ってみせようぞ……!」
「…………アンタ自身が今俺に降り掛かってる災厄なんだが」
 書面に走らせていた筆を止め、政宗は半ば呆れたように邪魔すんなと付け加えた。
 政宗は上田城の一室で自分宛に届いた書状の返答をしたためている最中だった。上田で暮らしているといってもそれは期間限定であり、政宗は奥州筆頭の肩書きを下ろした訳ではない。現地でなければできない実務は出来る限り前倒しして済ませてきていたが、書簡の類は上田の政宗のもとへ届けさせているのだ。
 なかなか離れようとしない幸村を押し退け、再び書面に向き直る。
 と、そこへ部屋の外から政宗に書簡が届いていると声がかかり、幸村は忌々しげに襖を睨む。
「全くどいつもこいつも!よもや某の政宗殿に付文を送り付けてきたのではあるまいな!」
「Hell no!Shut the fxxk up!!!」
幸村より一際大きな声で政宗は幸村の言葉を遮った。
「アンタがいちゃ仕事にならねェ!暇なら外で槍の鍛錬でもしてきやがれ!これ以上邪魔すんなら俺は荷物まとめて奥州帰るからな!」
 激昂した政宗の様子に面食らった幸村は自分の言動を思い返し政宗に謝ろうとしたが、政宗は取り付く島もないといった様子で背を向け再び筆を手に取った。顔を見ずとも怒り心頭に発しているであろうことは書面に走らせる筆の運びから見て取れる。こういう時に何を言っても政宗は聞く耳を持たない。
 幸村は悄然として部屋を後にし、政宗は閉められた襖を横目で睨んで舌打ちした。

 幸村の気持ちはわからなくもない。政宗とて、幸村にはいつも自分だけを見ていてほしい、自分のことだけを考えていてほしい、と思うのだ。しかしやはり国主として政務に携わっているときはそうもいかない。ましてや外交文書をしたためている最中なら尚更だ。幸村にはもう少し弁えさせなければ――――などと考えながら筆を走らせているうちに書状が書き終わる。
 筆や硯を片付けていると、鍛錬を終えた幸村が戻ってきた。
「政宗殿。あの、先刻は、その……申し訳ござらん」
 開けた障子から顔を半分だけ覗かせて、政宗の様子を窺うように詫びる。
「早かったな。Come in, 入れよ」
 政宗に促されおずおずと入室した幸村は、政宗の隣に腰を下ろし、端座して政宗の言葉を待った。政宗は文机に向かった姿勢のまま険しい顔を幸村に向けた。
「アンタな、ちったァ反省してんのかよ」
「それはもう、猛省すること山の如しにござる」
 政宗の問責に幸村は肩を竦めて答える。予想以上に落ち込んでいるその様子に、これ以上責める必要はないと政宗は判断した。
「二度と仕事の邪魔すんじゃねェぞ、You see?」
「承知致した。金輪際貴殿の執務の邪魔立ては致さぬ故、どうか政宗殿、実家へ帰るなどと申されるな。某にはもう貴殿なしの生活など考えられぬのでござる」
 縋るような目を向ける幸村のその言葉で、政宗は奥州へ帰るという自分の言葉が幸村に与えた衝撃の大きさを知る。幸村に済まなく思いながらも、これは奥の手で使える、と狡猾な考えが頭をよぎった。
 政宗は体ごと向き直ると、峻険な顔つきを不意に和らげ、幸村の頭をくしゃりと撫でた。
「Ha, わかりゃいいんだ。もう言わねェから安心しろ」
 途端に幸村の表情が明るくなる。
 幸村は実のところ、この瞬間が好きなのだ。怒っている政宗の顔が、仕方ないといった風に柔らかくなる瞬間。もちろん政宗を怒らせるのは本意ではないが、険しい顔が和らぐその瞬間、自分が政宗をたまらなく好きだという事実をひしと実感するのだった。
「大体、仕事が邪魔されて長引いちまったらその分アンタとの時間が減るんだぜ。一時の感情じゃなくもっと後先考えて行動しやがれ。それが大将ってモンだろう」
「……是非もなく」
 自分に目もくれず仕事に没頭する政宗に一抹の淋しさを感じていた幸村だったが、政宗の言葉でそれが二人の時間を少しでも多く取る為だったと気づき、それに比べ己の取った行動の浅慮さに力なく項垂れる。
 その浮き沈みの激しさを見兼ねた政宗が幸村の肩に手をかけようとすると、がばりと顔をあげた幸村は凄まじい勢いで後退った。疾きこと風の如くを体現するその速さに面食らった政宗に、
「某、先程の鍛錬において汗だくでござる。ひとっ風呂浴びてすぐ戻って参る故、待っていてくだされ!」
 そう言い残して衣服を脱ぎ散らかしながら部屋を飛び出していった。
「What the heck……慌しい奴だな」
 湯殿への経路に点々と散らばる衣服に溜息をつきながら、政宗は廊下へ出てそれらを拾い集めていく。
「ったく、なんだって俺がこんなことしなきゃなんねェんだ」
 ぶつくさと文句を垂れながらも、不思議と悪い気はしなかった。
 胸に抱えた装束からは、土埃と、そして生涯を共にすると誓った男の匂い――――。
「おやまあ、かいがいしいねえ」
 揶揄するような声に顔をあげると、いつの間にか佐助が廊下の柱にもたれて政宗を見ていた。
 見られたくないところを、見られたくない相手に見られてしまった。政宗は舌打ちして佐助を睨む。佐助はその鋭い眼光に怯むことなく飄然と言葉を続けた。
「洗濯物抱えてる独眼竜なんて滅多にお目にかかれるもんじゃないよねー」
「Don't fxxk with me. てめェがちゃんと躾けとかねェから俺がこんなことするハメになるんだろうが」
「勘弁してよ、そんなことまで俺様の仕事に含まれてませんからー」
「つーか幸村に用事で来たんだろ。見てのとおりアイツなら風呂だぜ。……すぐ出てくるっつってたが、遅ェな」
「いや、俺様が用事あるのはあんただよ、独眼竜」
 不意に正面から政宗を見据えた佐助を訝しみつつ、政宗は目で先を促した。
「真田の旦那がさ、風呂に浸かったまま寝ちゃってるから起こしたげてくんない?」
 その要請の馬鹿馬鹿しさに肩から力が抜け、危うく持っている洗濯物を落としかける。
「なんで自分で起こさねェでわざわざ俺に頼むんだ?」
「野暮な質問だね。そんなの、部下より新妻に起こされる方が嬉しいに決まってんじゃーん!」
「You bastard!!」
 怒った政宗が幸村の具足を掴んで投げつけるも、佐助はひらりとかわす。
「冗談だって!そんな怒んなくても。てかウチの大将あんたが来てから夜も明けきってない早朝にばっか仕事するようになっちゃって、それで睡眠不足なのさ。原因はあんたにあるんだから、あんたに起こす義務があるんだよ」
「……なんでまた、そんな時間に」
「そりゃあんたと一緒にいる時間を多く取りたいからあんたがまだ寝てる間に仕事済ませてるんだって」
「…………」
 佐助が語った事実に政宗は少なからず衝撃を受けた。
 確かに言われてみれば政宗が上田に来てから幸村が内務をこなすところを見たことがない。稀に視察で出掛けるくらいだ。政宗が平定した奥州とは違い、甲斐は信玄の築いた基盤がある為に然程忙しくはないのだろうと思っていたが、よもや自分が寝ている間に城内でできる仕事は全て済ませていようとは思いもよらなかったのだ。
「じゃあ任せたから!んじゃ俺様はこれで失礼しますよ、っと」
「ちょ、おい、待てよ」
 呼び止めた時には既に佐助は姿を消していた。
 政宗は洗濯物を部屋の隅に一纏めにすると、湯殿へと向かった。

「起きろ幸村。のぼせるし、風邪ひくぞ」
 袴の裾をからげて湯殿に入った政宗は、湯舟に浸かったまま眠りこけている幸村の肩を揺すった。
「んあ?」
 寝惚けた声で目を開けた幸村は政宗を見上げ、そして笑った。
「……政宗殿。某を待ち切れずここへ?」
「いや、お節介な忍からアンタを起こしに行けって言われてよ、ってコラ、寝るんじゃねェ。溺れるぞ」
「……佐助の……奴め……」
「おい、寝るなって」
 ともすればまた寝入ってしまいそうな幸村を浴槽からなんとか引きずり出し、ゆらゆらするのを支えながら濡れた髪と体を乱雑に拭き、部屋へ連れ帰って寝着を着せる。置きっぱなしにしていた洗濯物に気づきそれを洗い場へ運び、再び部屋に戻ると幸村は畳の上で熟睡していた。
「……アンタって奴は、ほんと、放っとけねェなァ」
 隣に座り、まだ生乾きの髪に触れる。満ち足りたような幸村の寝顔に、意図せず笑みが漏れる。
 思えば幸村の寝顔を見るのは久方ぶりだ。いつも朝は幸村の方が先に起き出している。
 佐助の言によれば、幸村は未明から起きて政宗が寝ている間に政務をこなしているらしい。そのせいでこうして日が暮れる前から寝入ってしまっては本末転倒ではあるが、そうまでして自分との時間を大切にしているのだと思うと、愛しさが込み上げると同時に、日中に怒鳴りつけて追い出したのが申し訳なく思えてくる。どことなくあどけない、幸せそうな寝顔は何の悩みもなさげに見えても、その実は幸村なりに色々と悩み考えているのだろう。
「まさむね……どの……」
「ん?」
 不意に名を呼ばれ、目を覚ましたのかと思いきや、再び鼾をかき始めた。どうやら寝言だったらしい。返事をしてしまった自分に苦笑する。
 蕩けるような口づけや息もつかせぬ抱擁がなくとも、こうしてのんびりと寝顔を見ていられるのもまた幸せだ、と政宗は穏やかな心持ちで思ったのだった。
 幸村の額にそっと唇を落とすと、今度は自身の湯浴みの為に政宗は湯殿へと向かった。



 目覚めてもすぐには状況が把握できなかった。
 油皿には明々と火が灯っているが、障子の外の暗さからとうに夜が更けていると窺える。
 視線の先にある天井の見慣れた木目でここが自室だと気づいた。
 徐に身を起こし頭を巡らせると、文机で頬杖をつき書冊をもう片方の手で開いたまま眠っている政宗の姿が目に入る。
 湯殿に行くまでの記憶を辿り、幸村は頭を抱えた。
 慙愧の念に苛まれながら政宗を見る。あの時幸村はすぐに戻ると言い残し部屋を出た。政宗はきっと待っていてくれただろう。湯殿へ行ったまま戻ってこなかった自分に腹を立てているに違いない。
 はてどう詫びたものか――――苦悩し頭を掻き毟り、再び政宗を見れば目を開けていた。切れ長の隻眼がゆっくりと瞬きをし、幸村を見ている。
 幸村が政宗にかける言葉を探してしると、政宗が口を開いた。
「アンタ……起きたのか」
「き、貴殿こそ」
 政宗はじっと幸村を見つめる。政宗を待たせておいて眠りこけていたことを咎められるかと身を固くしていると、いきなり政宗は破顔して吹き出した。
 政宗は腕を伸ばし、面食らう幸村の髪に触れる。
「すげェ寝癖だな。ま、生乾きのまま寝ちまったから仕方ねェか」
 幸村の髪は掻き毟ったせいもありひどい有様になっていた。政宗はそれを笑ったのだった。
 政宗が怒っていなかったことに胸を撫で下ろす幸村の胸中を知ってか知らずか、政宗は柔らかく笑ってその鳶色の髪を撫でる。
 幸村はその手を取り、甲に口づけ、ゆっくりと指先に唇を近づけた。その所作に謝意を込めて。
「幸村……」
 唇を押し当てていた政宗の指先が、その唇の輪郭を辿る。
「アンタ、俺が寝てる間に仕事してるんだってな。明日からそれは禁止だ。ちゃんと昼間に働きやがれ」
「し、しかし」
「Yes以外の答えは認めねェ。わかったな。俺が仕事してる時にアンタも仕事すりゃいいだろう」
「……承知致した」
 幸村の答えに政宗は満足げに頷いた。
「この先の人生、長いか短いかは知らねェがずっと一緒にいるんだろ。今から無理してちゃ駄目になっちまうぜ」
 ずっと一緒にいる、その言葉に幸村ははっと目を瞠った。以前は数箇月に一度の頻度でしか政宗と会えなかったが為に、政宗と過ごす時は少しでも政宗と共にいられるよう時間を工面し無理をしてきた。その習慣が未だに抜けていなかったようだ、と気づいた。しかし今はもうずっと政宗と生活を共にできるのだ。
 甲斐性なしの亭主なんざ御免だぜ、と幸村の額を小突く政宗に幸村は満面の笑みで応えると、その手を引き寄せて口づけ、そのまま夜具に縺れ込んだ。



 
 汗に濡れた体を抱き締め合い、二人は息を整える。
 抱擁を解き、唇を触れ合わせ、幸村はまだどこか潤んだような隻眼を見つめた。
「平気でござるか」
「……きくな……」
 ぐったりと重い体を弛緩させ、政宗は目を逸らした。
 いつもながら、幸村との情交は抑えのきかない熱が沸き上がる。
 快楽に溺れ幸村にしがみついた。体だけでなく、心ごと、魂までも奪われそうになる感覚――――。
 そして今は行為を終えた後の沖融たる倦怠に包まれている。
「政宗殿」
 熱い唇がこめかみや頬に落ちてくる。その心地良さに政宗は瞼を閉じる。
「喉、渇いたな……」
 独り言のように呟いた政宗の掠れ声に頷いた幸村はそっと唇を重ねると静かに体を離した。
 汗が引いていく心地良さに政宗の意識はまどろみの淵へと沈んでいく。体も心も満たされ、そして訪れつつあった至福の眠りは、幸村に顎を掴まれ妨げられた。
 幸村は口に含んでいた水を口移しで政宗に飲ませ、口の端から零れた水を舌先で舐めとる。渇きを癒された政宗の意識がいよいよ夢の世界に漂い込もうとしたその時、体を 拭われる感触に政宗は再びうっすらと目を開く。
「眠っていてくだされ、後始末は某が」
 幸村は優しい所作で政宗の下肢を濡らす快楽の残滓を清めていった。
「ゆき……む……ら」
 半ば眠っているような声が政宗の唇から零れる。
「如何された」
「So……just……」
 殆ど寝言らしい。
 幸村の見つめる先で政宗が瞼を擦る。その稚けない仕草に幸村は目を細めた。
 抱え切れない程の愛しさが幸村の胸を支配する。
 かけがえのない存在。離れがたい魂。
 何に感謝すれば良いのだろう。出会えたことを、そしてこれからの生を共に歩めることを。
 横向きで眠る政宗の背中からそっと抱き締めると、その温もりが胸に染み渡っていく。
「んー……」
 眠っている政宗が幸村の腕に手を添える。その無意識の所作の自然さがまた嬉しい。
 時折夢ではないかと疑ってしまう程のこの幸せが永劫に続くように。そう願いつつ、幸村も目を閉じた。






2011.08.05

【後書】
一緒に住んだら絶対幸村が尻にしかれるよね、っていう(笑)
寝てる幸村の生乾きの髪に筆頭が触れるとこで、筆頭がイタズラして幸村の後ろ髪をみつあみにしちゃって、起きてほどいたらパーマかかってて「某の髪がゆるふわカールに!」ってビックリする幸村を一人で妄想してました。


















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