誰かが髪に触れる感触に、政宗はまどろみから覚めた。
 うっすらと左目を開けると、月明かりの中で幸村がこちらを見ながら政宗の髪を指で梳いている。
 まだ夜明けまでは時間があるようだ。やけに月の明るい夜だった。
「起こしてしまい申したか」
幸村は若干申し訳なさげに微笑む。構わねェよと返した政宗の声は、少し前まで散々啼かされた為に掠れていた。
 幸村に向き直ろうと体を捻ると、体のあちこちが痛む。
「少し無茶を強いたようでござるな」
政宗が少し眉を顰めただけで察したようだ。
 実際、先程の交合はいつになく激しく、政宗は何度も何度も求められ、達した回数もわからない。止め処なく押し寄せる快楽に、政宗はいつの間にか意識を手放していたのだった。
「アンタ、今日は凄かったな……まさにstunningだぜ」
政宗が掠れた声でそう言うと、幸村は政宗の髪に指を絡めた。
「これが最後になるやもしれぬと思うと、抑えが効かず……申し訳ござらん」
政宗はそれに答えず、固く目を瞑る。


 三河と戦になる。そう聞かされたのは、閨に入って口づけを交わした、その後だった。
 これまでにない大規模な戦で、戦国最強と謳われる本多忠勝も出陣してくるだろう。
そうなると、その進撃を食い止められるのは自分しかいない。部隊の編成上、単騎で本多に挑む事となる幸村に、生きて戻れる保証はない――――。
 そう告げる幸村に政宗はただ、そうか、と答えた。
 それからは無言でただ互いの身体を貪り合った。


「明朝、発ち申す」
ああ、とだけ答え政宗は肘をついて俯せになり、枕元に置いてあった煙管に手を伸ばしたが、幸村に手首を掴まれ制された。
「喉を痛めまするぞ」
政宗は無言でその手を振り解き、煙管を手に取り火を点ける。
一口吸い込んだその煙は今の政宗の喉には棘々しく、途端に咳き込んだ。
「せめて朝までは控えられよ」
心配げにこちらを覗き込み背をさする幸村に、苛立ちを覚える。
「俺に指図すんじゃねェ……!」
幸村を一睨みして煙管を灰盆に叩きつけ、幸村に背を向け横になった。
 苛々した。これが最後の逢瀬かも知れぬというのに冷静な幸村に。
 そして、本音を言えぬ自分に。
「政宗殿……某は武人でござる。戦場に生き、戦場に散るがさだめ」
「わかってる。引き留める気なんざねェよ」
幸村は政宗の腰に手を回し、肩にそっと唇を落とす。
白い肩に紅い痕が残った。
「ただ一つ心残りがあるとすれば、最後に貴殿の笑顔が見られぬ事」
「惚れた男が死地に赴くってのに、笑って送り出せるかよ」
幸村は頭の中で政宗の言葉を反芻する。
思えば、惚れたなどと政宗の口から彼の幸村への想いが紡がれたのは初めての事だった。
「政宗殿、今の言葉だけで……充分でござる」
後ろから政宗を抱きすくめる。政宗は、自分を包む幸村の腕に手を添えた。



 翌朝。帰り支度を整える幸村の後ろで、政宗は煙管をふかしていた。
 支度を終えた幸村が立ち上がる。
「では、某はこれにて」
「ああ、見送りなんざしねェぞ」
煙管の火種を灰盆に落とすと、政宗も立ち上がった。
 暫し向かい合い黙ったまま互いに見つめ合った後、政宗は幸村の首に手を回す。そうして抱き締めたかと思うと、幸村の鉢巻をするりと解いた。
「預かっとくから取りに来い。戦が終わったら、な」
「政宗殿……」
政宗は、露わになった幸村の額にそっと口づけ、笑った。
 これでいい。湿っぽいのも、暑苦しいのも好きじゃない。いつも通りでいい。
 その意図を察した幸村も、普段と同じ笑顔でこう言った。
「戦が終わり次第、取りに参る所存。では政宗殿、また」
「ああ、また―――な」
名残惜しげに体を離すと、幸村は部屋を後にした。



 政宗はまた煙管に火を点す。
 やけに部屋が寒々しく感じられた。
「風蕭蕭として易水寒く、壯士一たび去りて復た還らず、か――――チッ、縁起でもねェ」
手にした赤い鉢巻に目を落とし、まだ少し掠れる声でそう呟くと、煙を吸い込み、そして咳き込んだ。
 左目が涙で霞むのは、咳き込んだせいか、煙が目に滲みたせいか。




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