川中島を眼下に臨む妻女山の中腹で、伊達軍と武田軍の面々は大将同士の熾烈な剣戟を固唾を飲んで見守っていた。
 と言っても伊達と武田が戦をしている訳ではない。伊達軍は石田三成、武田軍は徳川家康のもとへ向かっており、互いに行軍の途上で鉢合わせただけである。では何故ここで大将同士の一騎打ちなどする必要があるのか、などと疑問に思う者は一人もいなかった。
 顔を合わせたら、刃を交えずにはいられない。それは今や両軍にとって暗黙の了解となっている。ましてやこの場所は政宗と幸村が初めて出会った因縁の場所なのだ。
 当人以外には全く意味のない戦いではあるが口を挟める者など誰一人おらず皆が勝負の行末に注視する最中、突如二人の間に割って入った人物があった。加賀の風来坊、前田慶次である。
 一対一の勝負に水を差され政宗と幸村は激怒したものの、口の上手い慶次が二人を言い含める形で漸く二人は得物を収め、両軍の目的が関ヶ原という同じ地である事を知った。


 そして今。先程まで相手目掛けて刃を振り下ろしていたその腕は、互いの背に回されている。
 慶次の仲裁で興醒めした政宗は伊達軍に一旦その場で休息をとるよう命じ、幸村も政宗に合わせる形でそれに倣った。
 妻女山は武田領の目と鼻の先にある。武田軍に休息が必要とは思われなかったが、幸村の思惑は別の所にあった。
「政宗殿。少し、よろしいか」
「Yeah, いいぜ」
 幸村の誘いを政宗は別段驚く事もなく了承し、二人で場所を移した。馬で駆け出す二人の後ろで小十郎と佐助が大きな溜息をついたのは言うまでもない。
 離れた場所に移動した二人は馬から降りるなりきつく抱き締め合った。唇を重ね、充分にその感触を堪能した後、そっと離す。しかし離してみるとまだ物足りず、再び唇を合わせる。それを繰り返し漸く顔が離れた時には既に四半時が経過していた。
「別にアンタんとこまでウチに合わせて行軍遅らせる必要なくねェか?」
 長い長い口づけの余韻に浸りつつ、先に口を開いたのは政宗だった。
「心にもない事を申されるな。政宗殿とてそれを期待してここで軍を休められたのでござろうに」
「Ha, お見通しってワケか」
 余裕を含んだ幸村の口ぶりに政宗は口角を上げた。
「ここ妻女山は某と政宗殿にとって特別な場所にござる故」
思い出を慈しむようにそっと目を閉じた幸村に、政宗もまた当時を思い出す。
「ああ。ここで俺はアンタと出会い、戦って……。It's destiny、あれが全ての始まりだった」
「然様。あの日貴殿と運命の邂逅を果たした某は、その荒ぶる雷神の如き凄まじい覇気に一瞬で心を奪われ申した。それ以来ずっと貴殿への想いでこの胸を焦がし続けており申す」
 幸村は目を開き熱の篭った眼差しで政宗を見つめ、政宗はそれに艶を含んだ視線を返す。
 ここで初めて出会ってから時代は幾重に移ろい、二人はそれぞれ様々な経験を重ね成長してきた。それは言葉で語らずとも先程の交戦において互いにひしひしと感じていた。そして今、互いに相手を想う心は以前気持ちを確かめ合った時から寸分とたがわぬ事も、自分を真っ直ぐに見つめる眼差しから見て取れる。
「政宗殿……」
「真田幸村……」
暫く見つめ合い、再び唇を重ねた。
 政宗の背や腰を撫でていた幸村の手が陣羽織を脱がそうと動き始め、政宗はその手を制止する。
「Hey, 気持ちはわかるがちっとここじゃマズイんじゃねェか」
「何を申される。我慢できぬと申されたのは貴殿の方でござろう」
「それは、まァ……そうだが、でもよ」
「某とてもう抑えがきき申さぬ。これ以上は我慢の限界にござる」
そう言って幸村は政宗の陣羽織を剥ぎ取った。制止してみたものの政宗も幸村と気持ちは同じで、それに抵抗はしなかった。
「だがアンタ、大将になったんならもうちょっと忍耐ってモンを覚えた方がいいんじゃねェか」
「貴殿に言われとうはござらぬな。忍耐など、そのようなものは童貞と共に捨て申した」
捨てる前に持っていたのかも疑わしいが、政宗は敢えてそれに言及することはしなかった。もちろん幸村の筆下ろしの相手は政宗である。
 幸村は慣れた手つきで政宗の具足を外していった。その様子に政宗は目を細める。
「久しぶりだがスムーズなモンだな、これ脱がせんの」
「これまで幾度も経験と研鑽を重ね、某は既に貴殿を脱がせることにかけては名人の域に達しており申す。脱がせるという一見単純な行為もこれがまた中々奥が深うござって、ただ素早ければ良いというものでもござらぬ。一刻も早く貴殿を素っ裸に引ん剥きたいと逸る心と、肌が少しずつ露わになる様を舐めるように堪能したいと勿体ぶる心、この相反する思いに如何様に折り合いをつけながら脱がせていくか、それが肝要なのでござる。おわかりか、政宗殿」
「……そんなワケわかんねェ講釈垂れてねェで、アンタもとっとと脱ぎやがれ」
 政宗も幸村の陣羽織と装束を脱がせていった。
 素肌と素肌が密着し、露わになった肌に幸村の唇が滑る度、言い知れぬ歓喜が政宗の体をぞくぞくと駆け巡る。思えば今日ここで幸村と会ったのは豊臣の奇襲を受けた川中島以来で、最後に肌を合わせたのはそれよりもっと前なのだ。久方ぶりのその感触は申し訳程度に残っていた僅かな理性など一瞬で遥か彼方へと吹き飛ばした。
「んっ……ま、前置きはいらねェ、とっととアンタの熱い槍を寄越しやがれ……!」
「心得申した、政宗殿……!」



 既に日は山の稜線の向こう側へと沈み、辺りを夕闇が支配する中、伊達・武田両軍の足軽は副将の命で夜営の仕度を始めていた。
「片倉の旦那、大将たち探しに行かないの?」
「あぁ?」
武田の副将である佐助の問いに、小十郎は眉間に思いきり皺を寄せて振り返った。
 政宗はすぐ戻ると言い残し幸村と連れ立って姿を消し、一向に戻ってくる気配はない。それは予測の範囲内ではあった。政宗に一旦火がつくと誰にも止められないのは小十郎自身が一番よく知っている。しかしそれをのんびりと待っていられる筈もなく、小十郎は苛立ちを隠せずにいた。
「気になるんだったらテメェが探して呼んで来い、猿飛。その方が早ぇだろ」
「えー、俺様イヤだし!コトの真っ最中だったらどうすんの!」
小十郎の殺気立った言葉にも動じず飄々と答える佐助に舌打ちし、小十郎は伊達兵に設営の指示を飛ばした。



「んっ、ああぁ……ゆ、ゆきむら……やっぱ、俺をこんなにヒートアップさせられるのは……アンタだけだぜ……!」
「政宗殿……某をここまで昂らせ燃え上がらせるのは、貴殿をおいて他にあらず……!」
 思い出の場所で再会し極限まで燃え上がった二人の熱は冷めることを知らず、夜が明け朝が来て日が高く昇ろうとも飽くことなく互いの体を貪り合っていた。
 先を急ぐ慶次は痺れを切らし一人で関ヶ原へ向かったが、二人が戻って来たら直ちに出立できるよう仕度を整えていた伊達武田両軍は再び夜営する羽目になり、小十郎と佐助は顔を見合わせ嘆息した。



 政宗と幸村がやたらさっぱりした顔で戻ってきた時には、二人が姿を消してから数日が経過していた。既に両軍の兵糧は尽きかけている。
 小十郎と佐助はそれぞれ主に苦言を呈したが馬耳東風で、互いのことしか見えなくなっている政宗も幸村も生返事を返すのみだった。今の主には何を言っても無駄だと悟った二人の副将は再び同時に大きな溜息をつき、進軍の号令をかける。
 政宗と幸村は並んで馬に跨りながらも未だに愛を語り合っていた。
「You're so hot stuff!Fxxkin' badass!アンタはいつだってこの俺がクールでいられなくなる程に熱くさせやがる」
「政宗殿はいつ如何なる時も某を魅了して止まぬ。もう某は片時も貴殿と離れとうはござらぬ。関ヶ原で互いに目的を果たした後は、某と共に暮らしてはくださらぬか。政宗殿、某はこの先貴殿と生涯を共にしとうござる」
「Holy shit!That's hella bright idea……!俺もずっと一緒にいてェと思ってたところだ、アンタと添い遂げてやるぜ」
「政宗殿……」
「幸村……」
二人は馬上から身を乗り出し口づけを交わす。その場にいた全兵はすぐさま外方を向いて見て見ぬふりをした。
「Ok, hop to it!Way to go!とっとと片付けに行くぜ!Heads up fxxkers!」
「これより進軍を開始する!某と政宗殿の明るい未来の為、いざ関ヶ原へ!」
二人の大将の掛け声に、両軍から大きな雄叫びが上がる。その歓声はずっと足止めをくっていたこの場を漸く離れられることへの歓喜の声だが、政宗も幸村もそれに気づく由もない。
 そうして両軍は当初の予定より大幅に遅れ漸く進軍を開始したのだった。



 濃州、関ヶ原。
 全国各地から数多の武将が集っている筈だったその地は、伊達・武田両軍が辿り着いた時には人っ子一人見当たらず、何か未曾有の出来事があったらしく地表が隆起した跡が散見されたが、今は無人の地に乾いた風が虚しく吹いているのみだった。
「So what?人を呼びつけといて誰もいねェじゃねェかよ、馬鹿にしてんのか」
「徳川殿はいずこへ……」
 そこへ先んじて放っておいた斥候からの報告が入る。それによると、徳川家康の名で招集された武将達は家康や三成も交えて乱戦を始め、そこで何故か第六天魔王・織田信長が突如甦ったがなんだかんだで再び黄泉で眠りにつき、有耶無耶になった戦に興醒めした武将達は各々国へ戻っていき、どさくさで家康はかつての戦友である三成と和解を果たし、三成はそれで気勢を削がれたのか政宗を付け狙うのは止めにしたのだと言う。
「The party is over already……来るのが遅すぎたみてェだな」
「何やらよくわからぬが、某と政宗殿が乳繰り合っておる間に大変な事が起こっていたようでござるな」
「ま、石田の奴がその復讐の矛を収めたっつーんなら俺の用事も終わりだ。で、アンタは?そういやアンタここへ何しに来たんだっけか」
「某は絆の力で日の本から争いをなくしたいという徳川殿の考えに甚く感銘を受け、何か力添えができればとここまで参った次第。しかし……」
「家康、いねェな」
「…………」
「どうすんだ、追うのか?」
政宗の問いに幸村は少しの躊躇も見せずかぶりを振る。
「某には、貴殿との絆があればそれで良うござる」
そう言って凛々しい笑顔を見せた幸村に政宗の口元も綻んだ。
「政宗殿、今一度確認させていただきとうござるが、妻女山での某と添い遂げてくださるという貴殿の心は未だ変わってはおられぬな?」
「Sure!奥州筆頭に二言はねェぜ。アンタこそ今になって待ったはなしだぜ、You see?」
「無論にござる。未来永劫某は貴殿と共に在り申す」
二人の顔が近づこうとしたその時、政宗は小十郎に早く帰らないと兵糧がもたないと告げられ、すぐに軍を引き揚げることにした。
「じゃ、帰ったらすぐ屋敷にアンタの部屋を用意させる。なるべく早く荷物まとめて来いよ」
「はあ?」
名残惜しげに幸村を見つめながら言った政宗の言葉に幸村は目を剥いた。
「何を申される政宗殿、貴殿が上田に住まわれるのでござろう。なんならこれから身一つで来てくださっても構わぬ」
「アンタこそ何言ってんだ、奥州筆頭の俺が奥州離れられるワケねェだろう。アンタが奥州に来やがれ」
「いやいや、某はお館様に武田を託されたのでござる、甲斐を離れる訳には参らぬ。貴殿が上田へ参られよ」
「…………」
「…………」
口を閉ざした二人の間に火花が散り始める。先程までの薔薇色の空気が一変し俄かに暗雲が立ち込める。すぐに国元へ帰れると思い往路を引き返そうとしていた両軍の兵卒達はその様子に慄いた。
 兵卒達が戦々恐々で見守る中、突然二人は同時に刀と槍を抜き放ち、刀に電流が迸り槍の穂先に炎が燃え上がる。
「幸村……わかってるな」
「心得ており申す。敗れた方が、勝った方の所へ参るのでござるな」
「That's right. 奥州筆頭伊達政宗、推して参る!」
「天覇絶槍、真田幸村見参!いざ!」
 そうして戦い始めた二人は目にも止まらぬ速さで激しく打ち合い、遂には空高く跳躍し空中戦を繰り広げ始めた。

 その戦いは三日三晩続いたとか、続かなかったとか。






2011.07.18

【後書】
これが後の世でいう関ヶ原の戦い。んなわきゃーない(笑)
結局決着がつかなくて、妥協して1ヶ月交代とかになるんだよきっと。











×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -