鬱蒼と立ち並ぶ木々の間を抜ける風が、鋭く甲高い音を響かせ吹き荒ぶ。風に煽られた窓が揺れ、隙間から入り込んだ冷えた空気が裸の肩先を震わせる。
 屋根や壁に叩きつけられる雨音に、このまま嵐が来れば良いのに、と期待している自分がいる。嵐が来て二人でこの誰も知らない廃屋で身動きが取れなくなり、寄り添って温もりを分け合いながら嵐が過ぎ去るのを待つのだ。
 そんな甘い空想に浸る自分に気づき、自嘲の笑みが漏れる。



 敵軍の総大将である政宗とこのような関係を持つようになったのは、いつからだっただろう。
 一騎打ちで決着がつかず持て余した戦の熱や昂りを昇華させたいという衝動に駆られ、ただの獣のように性急に体を繋げたのがはじまりだった。
 それから時折この山奥の小さな廃屋で密会するようになった。恋人同士のような甘い言葉がある訳でもなく、体を重ねるという本来ならば愛し合う者達が行う筈のその行為は、戦いの代用でしかない。
 己をこの上なく昂揚させ得る唯一無二の相手と刃を交えたい、どちらかの命が尽きるまで戦いたいという欲求を持て余し、熱にうかされたように欲望を叩きつけ合う。きっと戦いの舞台が整うまでこの行為は繰り返されるのだろう。



 隣で穏やかな寝息を立てている端整な寝顔を覗き込む。
 幸村は容赦なく政宗を何度も絶頂に追い立て、政宗は幸村の腕の中でその意識を手放したのだった。
 汗に濡れ額に貼りついた髪をそっとかき上げる。眉が僅かに動いたものの、規則的な寝息は乱れることなく続いている。
 触れても気づかぬ程に疲れさせたのかと思うと少し申し訳ない気がしないでもない。しかし手加減など出来る筈もなく、何より政宗もまた幸村の全てを欲するのだった。

 幸村はいつも自分の腕に落ちるその姿にこの上ない充足感を得る。そして事後にこうして穏やかに眠る政宗の傍らでそれを見守ることにもまた喜びを感じていた。
 自分達の関係がそんな生温いものではないとわかっていても、それでも幸村は形だけでも寄り添えるこのひと時が好きだった。この時だけは胸中に秘めた想いに逆らうことなく身を委ねられる――――。

 政宗の乾いた唇にそっと自分のそれを重ねる。先刻までここから自分を尽きることなく滾らせ昂らせる甘い喘ぎが漏れていたと思うと、また体の芯が熱く疼いてくる。



 いつも政宗からの誘いに幸村が応じる形でここに来る。いくらか自由のきく幸村と違い政宗は国主という多忙な立場である為、自然とそうなっていた。
 この日もそうだった。
 中に入るなりきつく抱き合い唇を貪り合いながら幸村は政宗の着物を剥ぎ取った。
深く舌を差し入れ絡ませる。口づけの音と政宗の乱れた吐息に、幸村は下半身に熱が集中するのを感じ自らも着衣を脱ぎ捨てる。
 政宗を横たえ首筋から胸元へと舌を這わす。淡く色づいた胸の突起を指で捻り、もう片方を舌で転がすと、政宗の腰がうねり腹の筋肉が波打った。
「んっ……う……」
羞恥からか声を殺そうとする姿に情欲を掻き立てられ、歯を立てて吸い上げる。
「はぁっ……!んああっ……」
耐え切れず漏れ出た、普段の政宗からは想像も出来ない鼻にかかった甘い嬌声が幸村を更に昂らせる。
 その声を耳にすることが出来るのは自分だけなのだ、そう思うと何ともいえない愉悦を感じた。
 細かく上下する腹部に唇を這わせ、固く勃ち上がった政宗自身を掌で撫で上げる。
「あああっ!」
先端から零れた先走りごと指の腹で鈴口を擦ると、その刺激に政宗の体が跳ねた。
 幸村はその膝を開かせ会陰から更に奥へと舌を滑らせる。
 政宗自身を手で扱きながら後孔を唾液で充分に濡らし、ゆっくりと指を差し入れ肉壁を解していった。
「んんっ……くぅ……」
幾度も幸村を迎え入れたとはいえ、やはりきついのだろう。苦しげに呻く政宗を気遣い顔を覗き込むと、眦に朱が差した隻眼に睨まれる。しかしそれは戦場で敵兵を震え上がらせる鋭い眼差しではない。快楽に潤んだ瞳は逆に幸村の雄を刺激する。
 唇を噛んで耐える政宗の表情を堪能しつつ中を解した後、幸村は屹立した己自身の先端を一気に捩じ込んだ。
「あああぁぁっ!」
身構える前に貫かれたせいか、政宗は幸村の肩に爪を食い込ませ、喉を反らして苦しげに喘いだ。
 政宗自身を掴み、溢れる蜜を絡め擦り上げながら腰を動かしていく。
「あっあああっ……さ、なだ……!」
絡みついてくる内壁の感触がもたらす蕩けるような快楽に、我を忘れて己自身を突き立てた。

 そこから先は幸村もあまりよく覚えていない。互いに快楽を貪ることに没頭し、何度目かの吐精と共に崩れるように政宗の体から力が抜けた。



 このような関係をいつまで続けられるだろう――――その穏やかな寝顔を見つめながら、幸村は自問する。
 出会った瞬間から己の心を奪った一つ目の竜。雷鳴を轟かせ天を裂く稲妻の如く鮮烈な闘気を纏ったその竜と戦場で決着をつけることを望みながらも、その時が来なければ良いと願う相反した思いが胸に内在している。
 この胸に秘めた政宗への想いを彼に吐露したい衝動に駆られることもある。しかし政宗は奥州を統べる一国の主なのだ。ただの一介の武将にしか過ぎない幸村の想いなど歯牙にも掛けられないに違いない。こうして幸村を誘い出すのも戦いの擬似行為を求めているからであって、自分が恋慕の情を抱いていると知ればきっと気高き竜はたちまち飛び去り二度と戻って来はしないだろう。
 ならばせめて体だけの繋がりであろうとほんの僅かな時間でも政宗と共に過ごせるこの関係を終わりにしない為にも、この想いはずっと隠し続けるしかないのだ。
 頭ではそう理解していても、政宗の体だけでなくその心までをも欲しいと願う気持ちは日毎に大きくなる一方で、その葛藤が幸村を悩ませるのだった。

 長い睫毛に縁取られた切れ長の隻眼がうっすらと開かれる。寝顔を見つめていた幸村と目が合うと、目を細めたまま政宗は僅かに微笑んだ。薄く開いた唇が、真田幸村、と動いた気がした。
 幾度か瞬きをした後、徐に起き上がった政宗は気怠そうに身形を整え始める。幸村の密やかな願いとは裏腹に、いつの間にか雨は上がっていた。またな、と言って背を向ける政宗に、幸村は頷くことしか出来なかった。
 握り締めた拳が震える。政宗はいつもこうして素気なく自分から去って行く。それがただ淋しく悲しかった。
 出来るものならその背に縋りこの滾る想いをぶちまけてしまいたい。だがどうしても出来ない。
 怖いのだ、どうしようもなく。二度とこうして政宗と会えなくなるかもしれない、そう思うだけで心が押し潰されるような恐怖を覚える。
 ひとたび戦場に出れば紅蓮の鬼だの虎の若子だのと恐れられる自分が、ただそれだけのことに怖気づき身動きが取れずにいるのだ。なんと不甲斐ないことだろう。
「雨……上がったんだな」
独り言のようにぽつりと呟いた声に顔を上げると、政宗は開いた戸口で佇み、空を見上げていた。
 吹き込む風が政宗の髪を揺らす。
「……嵐でも来りゃあ、もうちょっとアンタといられたのに。うまくいかねェもんだな」
振り返り、政宗のその一言に面食らった幸村を見つめ少し淋しげな笑みを浮かべた後、政宗は廃屋を後にした。

 一人残された幸村は頭の中で何度も政宗の言葉を反芻する。
 そしてその意味を理解すると同時に、政宗を追って脱兎の如く駆け出した。


 雨上がりの空にかかる虹の下、振り返った政宗の驚いた顔が満面の笑みに変わる様を、雲間から差す陽光が照らしていた。






2011.06.13











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