幸村の案内で宿に到着した頃には、空は茜色と藍色が溶け合い気の早い月が姿を見せていた。
 小ぢんまりとしながらもどこか風雅な趣を感じさせるその宿は街道から少し離れた所に建っており、忍んで来るには誂え向きだ。
 中に入ると政宗は番頭に一番高い部屋を用意させ、女中に案内され二人は離れの一室に通された。

 部屋で二人きりになると政宗は懐から折れた煙管を取り出し卓上に置き、暫くそれをじっと見詰めた後、魂まで抜けてしまいそうな程大きく長い溜息をついた。気落ちして項垂れる政宗を見兼ねた幸村はそれを手に取ると、その両端をそれぞれ両手で掴み、その手に渾身の力を込める。
 幸村の行動の意図がわからず訝しげにそれを見ていた政宗だったが、曲がっていた煙管が幸村の手によって段々と真っ直ぐになっていくにつれ細めていた目が徐に見開かれていった。
 煙管がほぼ真っ直ぐになると幸村は力を抜いて一息つき、それを政宗に差し出した。
「完全に真一文字とはいかぬが、これで如何でござろう」
 政宗はそれを受け取ると繁々と見詰め、感嘆の息を漏らす。
 寸分の狂いなくとまではいかないもののほぼ真っ直ぐになり、圧力のかかった部分が若干潰れてはいたが喫煙には支障のない程度だった。
「Fuckin' awesome……!Thanks yet again so much、真田幸村。馬鹿力が役に立ったな」
 政宗はそれまで曇らせていた顔を綻ばせ花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべ、それを見た幸村の頬が自然と緩む。
 それからは二人とも上機嫌で酒を酌み交わした。

 酒気による火照りを醒まそうと政宗は庭に面した障子を開けた。杪春の夜気はひんやりとしながらも肌寒さを感じさせる程ではなく、火照った体に心地良い。柔らかな風が仄かに甘い香りを運び、芳香の元を辿れば、庭に植えられている花梨の木を朧月が淡く照らしていた。
「花に清香有り、月に陰有り――――」
「春宵一刻値千金、でござるな。今宵は某にとってまさに一刻千金の値打ちがあり申す」
 政宗の隣に立ち、そう言って凛々しく微笑み朧月を見上げる幸村の首に政宗の腕が回される。
「そう思うんだったら……とっととおっ始めようぜ」
「そ、それは」
 答えようとした幸村の口を政宗の唇が塞ぐ。口づけたまま政宗は障子を後ろ手に閉め、舌を絡めながら夜具の敷かれた所まで移動し幸村を押し倒した。
「貴殿、酔うておられるのか」
 口を離した途端目を丸くして問う幸村に政宗は片眉を顰める。
「ちょっとばかし火照っちゃいるが、酔ってるって程じゃねェ……って何顔赤くしてんだよ。アンタこそ酔ってんじゃねェのか」
 そう問いつつも政宗はそれが酒精によるものではないとわかっていた。
 政宗は幸村に馬乗りになったまま羽織を脱ぎ捨て帯を解く。
「は、破廉恥でござるぞ政宗殿……!」
 そう言いながらも幸村は政宗から目が離せない。政宗が浴衣を肌蹴て白い胸元を露わにすると、幸村の喉がごくりと鳴った。
「欲しいんだろ、アンタも」
 艶めかしく春情の色を浮かべる隻眼に覗き込まれ、幸村は更なる情欲を喚起される。
「問われずとも自明でござろうに……斯様に煽情的な真似をされてはこの幸村、抑えがきき申さぬ……!」
 政宗の肩を掴んだ幸村は逆に政宗を横に押し倒しその上に覆い被さり、荒々しく政宗の唇を求めた。受身だった先程とは打って変わり、強引に政宗の舌を絡め取る。互いの唾液の混ざる音が耳に響く。角度を変えつつ吐息さえも漏らすまいと深く口づけ、口の端から溢れた唾液が政宗の顎を伝った。
 一頻り口内を犯した後幸村は顔を上げ政宗を見る。政宗を見据える雄の獣じみた鋭い双眸に艶然と微笑みを返し、政宗は満足気に頷いた。
「アンタはそうやって俺だけ見てりゃいいんだ。Okey, c'mon and taste me……とびきり熱いアンタを感じさせてくれよ」
 幸村は政宗の耳朶を甘噛みし心得申したと低く囁くと、政宗の首筋から下へと舌を這わせていった。

 肌を滑る幸村の指や舌がもたらす甘い疼きが政宗の体を震わせ、舌が胸の突起に辿り着くとその体が小さく跳ねた。切なげな吐息に喘ぎが混じる。
「んんっ……」
 舌先で転がされ徐々に固く尖るそれを口に含み、幸村は政宗の脇腹を撫でていた手を下腹部へと伸ばす。
 下帯の中で存在を主張している政宗自身を布越しに撫で上げる。そうして下帯の上から擦っているうちに政宗自身の先端が当たる部分の布に先走りが滲んできた。
「Take it off……right now……」
 悩ましげに眉根を寄せせがむように言う政宗にその言葉の意を感じ取った幸村は下帯を解き、露わになったそれに舌を這わせる。手で睾丸を揉みしだきながら舌で鈴口を割り、止め処なく溢れる蜜を音を立てて吸った。
「んああっ」
 政宗の手が夜具を握り締め、夜具が大きく波打った。幸村は政宗自身を咥え込んだ口を上下させながら口内で裏筋を舌でなぞる。
「ん……あっ……!あああっ……ゆ、きむら……もう……っ!」
 絶頂が近い事を示唆する政宗の言葉に幸村は動作を速める。一際高い嬌声と共に果てた政宗の精を口で搾り取り、喉を鳴らして嚥下した。

 幸村は浴衣と下帯を脱ぎ捨てると、浅い呼吸を繰り返す政宗の体を俯せにし腰を掲げさせ、政宗の後孔を唾液で濡らした後、ゆっくりと指を差し入れる。その感触に政宗は一瞬強張ったが、宥めるように脇腹を撫でられ、長く息を吐き力を抜いた。
根元まで埋められた指が襞を拡げるように動く。
「ん……う……」
 指が一本増やされ、二本の指で孔を拡げられるのを夜具に顔を押し付けて堪えていた政宗だったが、指が内壁のある一点を擦ると言い知れぬ快感がもたらされ、自然と背が仰け反った。政宗の悦いところを探り当てた幸村はそこを執拗に刺激する。
「っ……!あっ、あぁっ……」
 悦楽に腰をくねらせる政宗の余りの艶かしさに幸村は眩暈がしそうだった。
 幸村は指を抜き、怒張し切った己自身をそこにあてがうと、政宗の腰を掴み少しずつ中に沈めていった。
「…………!」
 指とは比べ物にならないその質量に政宗の呼吸が止まる。
「力を抜いてくだされ、政宗殿」
「そ、そんな事言ったって、……つーかアンタ、今日、やたらでかくねェか……?」
 息も絶え絶えに問う政宗の言葉どおり、この日の幸村は耐え切れず限界まで勃起していた。
「貴殿に挑発されたが故に……貴殿が無理と申されるなら止めに致す所存」
「Bullshit……I'm alright、続けろ」
 そう言って政宗はゆっくりと息を吐き、幸村は己自身を押し返そうとしていた内壁が僅かに弛緩するのを確認すると腰を動かし始めた。
「う……くっ……」
 政宗は初めのうちは己の内部に侵入してくる異物感に必死に耐えていたが、徐々に慣れてくるにつれ奥を突かれる度に快感を覚えていった。先程指で刺激されたあの部位を幸村自身で擦られ、再び政宗の口から嬌声が漏れ出した。
「ここが、よろしいので……?」
「ゆ、言うなよ、ばか……!」
 振り返り幸村を睨めつけた政宗だったが、頬を紅潮させた潤んだ瞳ではいくら睨もうと幸村を煽るばかりだった。
 鍛えられた筋肉で引き締まった白磁の肌はしっとりと汗ばみ、仄暗い部屋の中で油皿の淡い灯りに照らされている。突き上げる度にその背がしなり、中が収縮し幸村の肉槍を締めつける。
 限界を感じた幸村は政宗に体を密着させ、腰を打ちつけながら再び屹立し雫を垂らす政宗自身を柔らかく握り扱き始めた。
「やぁっ……!んぁああっ!」
「政宗、殿……!」
 幸村が政宗の中に放つと共に政宗も再び吐精した。



 濡縁の柱に凭れて座る幸村の足の間に腰を下ろした政宗は幸村の胸に背を預け、幸村の目線の先を見遣るとそこには春霞に輪郭を滲ませた朧月があった。
「Ha, 月を愛でるなんて風流はアンタにゃ似合わねェな」
 揶揄する政宗に幸村は苦笑する。
「仰る通り某には風流はわかり申さぬ。ただ、無常を感じておった次第にござる」
「無常?」
 幸村に似つかわしくない言葉がその口をついて出た事が意外だった政宗が問うと幸村は後ろから縋るように政宗を抱き締め、その首筋に顔を埋めた。
「いくらこうして貴殿を掻き抱こうと、組み敷いてその体を暴こうと……政宗殿、貴殿は敵軍の、ましてや総大将にござる。決して……決して某のものにはならぬ……!」
 声を震わせ胸の内を吐露する幸村の頭を政宗は後ろ手にそっと撫でる。幸村は政宗を抱く腕を更に固くする。
 いくら睦言を交わし肌を合わせても、敵同士である二人が結ばれる事はない。考えまいとしても、情交の後は殊更にその現実が幸村を苛むのだった。
 そしてそれは政宗も同じだった。
「俺だって同じだぜ。アンタは俺だけのものにはならねェ、そうだろう」
 幸村の体に一瞬緊張が走った。しかし政宗は構わず言葉を続ける。
「だがな、俺は欲しいものは力ずくでも手に入れるぜ」
「如何様に……?」
「次にアンタと会うのは戦場だ。今度こそアンタと決着をつける。俺が勝ったら……アンタの全部が俺のものになる」
 幸村ははっと目を見開いた。その言葉で悟ったのだ。相手の全てを得ようとするならば、命を奪う他ないと。
「俺をアンタだけのものにしてェんなら……全力でこの首獲りに来い、You see?」
 振り向いてそう言った政宗の隻眼は、風のない湖面のような澄んだ色を湛えている。その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えながら幸村は先程まで千千に乱れていた心が澄み渡っていくのを感じた。
 穏やかな春風が二人の傍を吹き抜けていく。
「心得申した。某の全身全霊を以ってして、貴殿の全てを戴きに参る所存」
 幸村の返答に満足げに頷いた政宗はそっと目を閉じ、幸村に唇を重ねた。

 相手の全てを欲するあまり、全てを我が物とする為にその命を奪う事を望む。狂気を孕んだこの感情を決して愛などと呼べはしないだろう。
 しかしそんな事はどうでも良かった。ただその全てが欲しかった。





「政宗様。……政宗様?」
 小十郎に呼び掛けられ、野州の山中で幸村と過ごした一日に思いを馳せていた政宗の意識が現実に引き戻される。政宗は紫煙の立ち上る煙管の火皿から火種を灰盆に落とした。
「政宗様、軍儀の手筈が整いましてございます」
「Ahー……今行く」
 そう答えつつも政宗は慈しむような視線を手中の煙管に向けたまま、和紙を裂いて作った紙縒りで煙管の手入れを始めた。立ち去ろうとした小十郎はふとその煙管に目を留める。
「時に、何ゆえ羅宇のへこんだ煙管をずっと愛用されておられるので?代わりは幾らでもございましょうに」
 愛煙家の政宗は数多くの煙管を所有している。好みにうるさい政宗が瑕疵のある煙管をある一時期からずっと使い続けているのが小十郎には不思議だった。
「らしくねェか?」
「は、些か……」
 政宗は煙管から紙縒りを抜き、吸口からふっと息を吹き込み煙草の脂を飛ばした。
「だよなァ。俺も、そう思うぜ」
 政宗は自嘲気味に笑い、漸く小十郎に視線を向けた。
「By the way、そろそろ行かねェとな」
 政宗は煙管を大事そうに仕舞うと立ち上がり軍儀の間へと向かい、小十郎もその後に続いた。



 その数日後、伊達軍と武田軍の戦の火蓋が切られた。
 開戦の合図と共に両軍が進撃を開始する。政宗は敵軍の中に赤備えの戦装束の武将を見つけ、口角を上げた。
「小十郎、わかってるな」
「御意。何人たりとも手出しはさせません――――ご存分に」
 政宗は小十郎の返答を聞き終わらぬうちに馬から飛び降り駆け出した。二槍を携えた幸村もまた、鉢巻を翻らせ政宗目掛け真っ直ぐに突進してくる。その燃え上がるような闘志が自分だけに向けられているのを感じた政宗はこの上ない高揚を感じ、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
――――それでいい。そうやってアンタは俺だけを見てろ……!
 政宗は一気に六爪を抜き放った。

 俺の魂全部アンタにくれてやる、だからアンタもその全てを俺に寄越せ――――幸村は政宗の胸懐が手に取るように理解できた。
 幸村もまた政宗と同じ想いだった。政宗の全てを欲していた。

 春宵の誓いを今、ここで果たす。
 互いに言葉はなかった。最早言葉など必要なかった。
 己の全てを賭け、相手の全てを手に入れる為、吹き抜けるような蒼穹の下で二人の刃が交差した。








2011.04.24

【後書】
幸村をあんまりガツガツさせずに筆頭襲い受で!と思ってたんですが、やっぱひっくり返っちゃいました。
てか当初は前半だけで終わるはずだったので、タイトルも『ラブラブランデブー』にでもしようか、なんて思ってたんですが(笑)
いつの間にやらそんな雰囲気じゃなくなってました。










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