上州と野州の国境あたりの峠道を、政宗は馬で駆けていた。目的の場所はもうすぐだ。逸る気持ちを抑え切れず、既に疲れを見せ始めている愛馬を気遣いながらも急がせる。

 奥州と甲斐との中間地点にあたるその場所に幸村の贔屓の茶屋があり、政宗はそこで幸村と待ち合わせているのだ。

 息を切らせた政宗が件の茶屋に着くと、そこには幸村の姿はなかった。
 先に着いちまったか、と舌打ちしながら政宗が馬の手綱を手近な木の幹に結ぼうとすると、すぐ隣の木に見覚えのある鞍を乗せた馬が繋がれている。その鞍は間違いなく幸村の物で、木には二振の朱塗りの槍が立て掛けてある。しかし茶屋にはやはり幸村の姿はない。
 訝しみながら辺りを見回すとふと童歌が聞こえてくる。少し離れた場所で近くの村落の子供達が遊んでいるらしく、『かごめかごめ』の遊びをしているようだ。
 微笑ましく思いながら歌声のする方へ目を向けた瞬間、政宗はその隻眼を見開いた。
 手を繋ぎ輪になって回る子供達の中心でしゃがんで目隠ししている鬼は明らかに子供ではなく、その後頭部からは赤い鉢巻が伸びている。
 政宗は警戒されぬよう刀を腰から外し、足音を忍ばせそちらへ近づいていった。

 子供達が歌い終える頃合を見計らい、気配を殺して近寄る。政宗に気づき不安げに政宗を見る子供達に、政宗は悪戯っぽい笑みを浮かべ、口の前に人差し指を立て声を出すなと制し、そっと鬼の背後に立った。
 後ろの正面、だあれ―――― 子供達は政宗の意図を察したらしく、鬼つまり政宗の待ち合わせ相手である幸村がその場にいる子供のものらしき名を口にする度、口々にはずれと答え、さも可笑しそうにくすくすと笑っている。
「……某は皆の名を言った筈だが……ええい、わからぬ!降参でござる」
 政宗以外全員の名を言い終えた幸村は、そう言って振り向いた途端、
「のわぁぁぁ!ままま政宗殿!!!?」
そう叫んで仰け反った拍子に尻餅をつく。子供達はその様子が大層可笑しかったらしく、腹を抱えて笑い転げた。
「Hell yeah!アンタの負けだな!」
 政宗は腕を組み、勝ち誇ったように幸村を見下ろした。
「ま、政宗殿。いつの間に」
「さっき着いたばかりだ。アンタの馬はいるのにアンタがいねェと思ったらガキ共と遊んでやがるとはな。ま、とにかく俺の勝ちだ。団子はアンタの奢りだぜ、You see?」
 勝手に自分が勝った事にする政宗に、幸村はしかしと食い下がる。
「何ゆえ某が貴殿に負けた事になるのでござる!子供達の中によもや貴殿が交じっていようなど、某に判る筈がなかろう!」
 幸村の言葉に、政宗はこれ見よがしに大きく溜息をつく。
「You hella stupid……アンタはここで誰と待ち合わせてたんだ?」
「貴殿にござる」
「じゃあ俺が現れる事くらい予想がついて当然だろう。違うか?ん?」
 それは詭弁だと幸村は言おうとしたが、上手く政宗を納得させられるような反論が思いつかず、その言葉を飲み込んだ。
 まだ遊び足りなそうな子供達に別れを告げ、二人並んで茶屋へと歩き出した。

 茶屋の店主に茶と団子を頼み、店内は満席だった為に屋外の毛氈の敷かれた席に並んで腰掛けると、然程待たされる事もなく茶と団子が運ばれてきた。団子に目のない幸村が推すだけあってその店の団子はかなりの美味で、峠の中腹という辺鄙な立地にも関わらず賑わっているのも頷ける。
「貴殿もつくづく乱入好きな御仁よ。戦のみならず子供の遊びにまで乱入されるとは」
「That's my party piece!つーかガキんちょと一緒になって遊んでやがるから吃驚したぜ。 You're so unpredictable. 読めねェ奴だよなアンタって」
「某が政宗殿を待ち侘びて手持ち無沙汰にしておったところ、あの中の一人に暇そうだから仲間に入れてやっても良いと言われ申して」
 苦笑する幸村に政宗は眉を顰め訝しげな目を向ける。
「アンタ、遊んでやってたんじゃなくて遊んでもらってたのかよ」
 戦以外ではこうして稚けない笑顔を見せる幸村だが、ひとたび戦場に出れば何百もの敵兵を殲滅する修羅と化す。紅蓮の鬼という二つ名まである程だ。
「紅蓮の鬼がかごめかごめの鬼とはなァ。あのガキ共も夢にも思わねェだろうな」
茶を啜りながら、俺はそのギャップが好きなんだがな、と政宗は心の中で呟いた。

「それはそうと、政宗殿」
 団子を食べ終えた幸村は、ごそごそと懐を漁り細長い包みを取り出し、
「貴殿にこれを、と」
とそれを政宗に差し出した。
「俺に?くれんのか?」
政宗が問うと幸村はこくりと首肯する。
 紐を解き包みを開くと、中には一管の煙管が入っていた。その煙管は雁首と吸口の金属部分に龍の彫刻が施されており、あまりに見事なその細工に政宗は目を瞠った。
「Holy shit……!こんな粋な煙管は初めて見たぜ!しかも六寸じゃねェか!」
 煙管はその長さによって煙草の味が変わる。長いほどまろやかに、短いほど濃くなるのだ。政宗は六寸という長さを最も好んでいた。
「以前貴殿が喫っておられた煙管がその長さだったと記憶しており申した故。ここに来る途中立ち寄った市で売られておったのを見、その龍に貴殿を想起し思わず買ってしまった次第にござる」
 そう言って幸村ははにかんだ笑顔を見せる。政宗はそんな幸村に抱きつきたい衝動を覚えるが、如何せんここでは人目につく。どうにか自制し、煙管を握り締め
「Thank you from the bottom of my heart……!」
と幸村を見詰めながら口にした。
 幸村にその言葉の意味は理解できないが、礼を言ったのであろう事は政宗の表情から察しがついた。頬を上気させ心底喜んでいる様子の政宗に幸村もまた嬉しくなる。
政宗は意外に拘りを持っている。もし政宗の好みから外れていたらどうしよう、と渡すまでは不安だったのだ。
「早速コイツで一服といくか」
店の娘に煙草盆を用意させ、政宗は懐から取り出したかますの口を開き、三本の指で器用に丸めた一摘まみの刻み煙草を煙管の火皿に詰め、火を点ける。
 幸村は目を細めて政宗が美味そうに喫煙する様を見ていた。端整な横顔がその形の良い唇を少し窄ませ細く煙を吐き出す様は、手にした飾り煙管と相まってまるで一幅の絵のようだ。
 幸村が見詰めてるのに気づいた政宗は嬉しそうに笑みを返し、煙管の灰を落とした。
「やっぱいい煙管で喫う一服は格別だな。真田幸村、俺この煙管一生大事にするぜ。I promise」
「政宗殿に喜んでいただけたなら、某も嬉しゅうござる」
 幸村の目が政宗の視線を捉え、政宗はその真っ直ぐな眼差しから目を逸らせなかった。二人共に己の鼓動が早まるのを感じていた。互いの目には相手しか映っていない。
 政宗の顔が幸村に近づき、幸村の手が政宗の肩に伸びようとしたその時、
「お茶のお代わり、いかがですかー?」
 用聞きに来た茶屋の娘に声を掛けられ、はっと我に返った二人は咄嗟に互いに外方を向く。
 危うく唇を重ねてしまうところだった、と内心焦る政宗に対し幸村は、危うく押し倒してしまうところだった、と焦っていた。
「そ、そろそろ行くか?」
「あ、さ、然様でござるな」
動揺を隠せないまま娘に勘定を告げた。
「Thanks for the delicious dumplings」
「はあ?」
「ご馳走さん、っつったんだよ」
政宗の言葉で自分が政宗に奢る事になっていた事を思い出した幸村は、はっとして懐を漁る。見る見るうちに蒼白になる幸村に政宗がどうしたと問うと、幸村は肩を落とし、銭の手持ちがないと答えた。
「煙管を買って、殆ど使い果たし申した……」
 政宗は呆れて溜息をつく。
「It sucks……アンタな、ちっとは後先考えて買い物しろよ。馬鹿じゃねェのか」
 仕方なく自分の銭入れを取り出しながら政宗が垂れる文句を幸村は甘んじて聞いた。
「甲斐性なしの亭主で、申し訳のうござる……」
 政宗は即座に誰が亭主だよと幸村の額を小突いた。


 勘定を済ませ茶屋を後にし歩き出した途端、尋常でない気配を察知し足を止めた二人を一目で破落戸とわかる風体の者達が取り囲む。数は七、八人といったところか。二人の身形から金を持っていると踏んだのだろう。脂ぎった顔に下卑た笑いを浮かべ、有り金を全て出せと要求してきた。
「おい真田幸村、これってもしかして俺ら強請られてんのか?」
「その様でござるな。次はいつとも知れぬ貴殿との逢瀬を斯様な輩共に邪魔されるなど、全く以て腹立たしゅうござる」
 愉快そうに問う政宗に対し幸村は憤懣やる方ないといった様子で答える。
「痛ぇ目に遭いたくなけりゃ、さっさと金出しな!」
 そう言って政宗の胸倉を掴もうとした破落戸の手首を幸村が掴み捻り上げる。
「某の政宗殿に薄汚い手を触れさせはせぬ!政宗殿、貴殿は下がっていてくだされ」
「Fxxk off!!除け者にすんじゃねェよ、俺にもやらせろ!」
「何を申されるか、貴殿は丸腰でござろう!」
 幸村にそう言われて初めて政宗は自分が丸腰である事に気がついた。この日政宗は六爪を携えてはおらず打刀と脇差の二振を帯刀してきていたが、幸村と遊ぶ子供達に近づく際に警戒されないよう刀は馬と共に置いてきていたのだ。
「得物がなくてもこんなhooliganどもに遅れを取る俺じゃねェが、仕方ねェ、せいぜいカッコいいトコ見せやがれ」
 丸腰であろうとこんな破落戸など即座に叩き伏せる自信はあるが、幸村もまた槍を置いてきている事を思い出した政宗は幸村が素手で戦う、いわゆる喧嘩をする様を見たいと思い、幸村に花を持たせる事にしたのだった。
「かたじけない。万が一貴殿に傷の一つでもつこうものなら某は、」
「さっきから何ごちゃごちゃ言い合ってやがんでえ!」
 政宗と幸村が言い合う様を呆気に取られて見ていた破落戸達だったが、我に返った一人の威勢の良い濁声を機に一斉に躍り掛かってきた。

 破落戸達を幸村が次々に殴り倒し蹴り飛ばす様を政宗は傍らの岩に腰掛け眺めていた。幸村は常日頃から信玄との殴り合いで鍛えられているらしく、場馴れしているであろう破落戸も素手の幸村に全く歯が立たない。幸村の膝が正面の破落戸の腹に叩き込まれ、振り向き様に放った回し蹴りが背後の破落戸の顔面に入ったのを見た政宗は口笛を吹いて「You're so cool」と呟いた。
 そろそろ終わりそうだな、と政宗が煙管をふかそうとかますから煙草を取り出そうとしたその時、幸村が取り逃がした破落戸の一人が匕首で政宗に斬り掛かり、政宗は咄嗟にそれを煙管で受け止める。
 Blast it!!――――破落戸を殴り倒した後政宗が煙管を確認すると、雁首と吸口を繋ぐ羅宇と呼ばれる部分が無残にも二十度ほど曲がってしまっていた。これではもう使い物にならない。
「I'm so fxxkin' pissed off with you……!!」
 政宗は倒れた破落戸の頭を踏みつけ、続け様に何度もその体を蹴りつける。
「止められよ政宗殿!それ以上続けると死んでしまい申す!」
 幸村の制止に我に返った政宗がその破落戸を見ると、口から血を吐き既に意識を失っている。
 去れという幸村の言葉に、他の破落戸達はその者を引き摺りながら這う這うの体で逃げて行った。
「如何なされた政宗殿、流石にあれは遣り過ぎかと」
そう言いながら幸村が政宗を見遣ると、その手に握り締められた煙管に目が留まる。
「政宗殿、それは……」
「真田幸村……So sorry、悪ィ、すまねェ。折角アンタがくれたのに……折っちまった」
 幸村は政宗に贈った煙管の無残な状態に少なからず衝撃を受けたが、聞き取るのがやっとの声で力なく言う政宗に、煙管が壊れた事よりも政宗が落ち込んでいる事に心が痛んだ。
「形ある物いずれは壊れ申す……そうお気に召さるな、政宗殿」
 幸村はそう言って政宗の肩を叩き、連れ立って歩き出した。

 馬を繋いであった木まで戻り、立ち止まる。
「さて、これからどうする?どっか行くか?」
 政宗が問うと、幸村は少し意外そうな顔で問い返した。
「貴殿はすぐ奥州に戻らなくともよろしいのでござるか」
「んー、急ぎの用事はねェしすぐ帰らなきゃいけねェって事はねェな」
 それならば!と幸村は意を決した風に切り出した。
「この近くになかなか趣きの良い宿があり申す。貴殿さえ良ければ、その、某と一泊……如何でござろう」
 政宗から目を逸らし頬を赤らめ恥ずかしげに切り出された幸村の誘いを、政宗は微笑ましく思いながら了承する。
 そこで政宗はある事を思い出した。
「そういやアンタ、文無しじゃなかったか。宿賃どうすんだ」
 はっと目を見開いた幸村の顔が見る見るうちに青褪める。その様子に政宗は吹き出した。
「しょうがねェなァもう。今日は俺が出しといてやるよ。ただし今回だけだぜ、You see?」
「重ね重ね、申し訳ござらん……」
「ほんっと、つくづく甲斐性なしの亭主だぜ全く」
政宗の言葉を受け、幸村の顔がぱっと明るくなる。二人は馬に飛び乗り宿を目指して駆け出した。




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