顎の辺りにくすぐったさを感じて目の覚めた政宗が、まだ意識が朦朧としたままそれを手で払うと、何やら柔らかいものが指に触れる。
 この感触はよく知っている。柔らかく少し癖のある、髪の手触り。
「…………幸村」
 目を開けると幸村が政宗にしがみつくようにして眠っていた。
 政宗がそっと体を離し身を起こしても、目覚める様子はなく、すやすやと寝息を立てている。
 いつ戻ってきたのだろう。それよりも、何故それに気づかなかったのだろう。
 国主という立場から命を狙われる事も少なくない政宗は、寝ている時であっても気配には過剰なほど敏感で、厚い信頼を置く腹心の小十郎にさえ寝ている部屋に入られただけで目が覚める程だ。
 ましてやここは自室ではない。奥州から遠く離れた、上田城の一室なのだ。
 アンタだから、なのか――――心地良さげに眠る幸村の寝顔に視線を戻し、笑った。
 外はまだ薄暗い。明け方まで少し時間があるようだ。
 再び夜具に身を横たえ幸村の肩にそっと頭を乗せると、幸村の腕が無造作に政宗を包む。目が覚めたのかと顔を覗いてみたが、先程と変わらぬ弛緩した寝顔。
 無意識でも自分がわかるのだ。それだけの事がただ嬉しくて、その首元に顔を摺り寄せた。

 幸村とのはじまりは、戦場だった。敵として出会ったにも関わらず、その紅蓮の炎は一瞬で政宗を虜にした。
 しかし幸村は敵軍の武将。どれだけ恋焦がれようとどうにもならないとわかっていた。叶わぬ想いと決めつけ、本音を押し殺して戦ってきた。
 それが両軍の休戦を切欠に幸村も政宗と同じ想いでいた事がわかり、自然と情を交わす仲となった。今や幸村の存在は政宗にとってかけがえのないものだった。

 幸村はいつだって真っ直ぐに政宗を求める。本音ではそれが嬉しくてたまらないものの、政宗はそれをなかなか表に出せないでいた。
 自分に幸村の素直さの一欠片でもあれば、と思わなくもないが、それが元来の性質なのだから仕方ない。
 しかし、幸村が眠っている今なら――――。
「好きだぜ、幸村……」
 そう声に出してみて、あまりの恥ずかしさに幸村の鎖骨の下辺りに顔を埋めた。鼓動が速くなり、顔が熱くなる。しかし悪い気はしない。それどころか何やら心が温まる気がした。
 幸村の長い後ろ髪を一束手繰り寄せ、指先で弄びながら思う。言ってみようか、もう一度。
「幸村、大好きだ」
 二度目でもやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。顔を伏せ、思わず叫び出したくなるのを堪え拳を握り締める。
「痛っ…」
 いきなり上がった声に顔を上げると、寝惚け眼の幸村と目が合った。意図せず髪を強く引っ張ってしまったらしい。
「あ、悪ィ、起こしちまったか」
「政宗殿……某、何やらとても……幸せな夢を見ており申した……」
「へェ、どんな夢だ?」
 まさに夢心地といった様子の幸村に問うと、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「政宗殿が、某に、好きだと……申された」
 政宗はがばりと身を翻して幸村に背を向ける。きっと幸村は目覚める直前の夢と現実のちょうど間で先程の政宗の言葉を聞いたに違いない。自分の独り遊びで言った言葉がまさか幸村の耳に入っていようとは。言うんじゃなかった、と後悔しても後の祭だが、幸村が夢だと思っているのがせめてもの救いだった。
「まこと幸せな夢でござった……斯様な夢が見られたのも、貴殿が隣にいてくださった故に他ならぬ」
 政宗が内心大いに慌てている事など露知らず、幸村はそう言って背後から政宗を抱き締める。
 隣で実際に自分が言ったのだから当たり前だ。先程は夢だと認識された事に安堵した割に、夢で済まされるのもなんとなく気に入らないという複雑な心境だった。
「そういやアンタ、戻ったんならなんで起こさなかったんだ」
 昨夜火急の用とやらで家臣に呼ばれた幸村は、政宗に先に寝ているように言って出掛けて行った。その際に政宗は戻ったら起こすように幸村に言ってあったのだ。
「よく眠っておいでであった故」
「そうか、まァいい。俺は顔でも洗ってくるから、アンタはもうちょっと寝てろよ」
 そう言って体を起こそうとすると、幸村に阻まれた。
「……おい、なんだよ」
 浮かしかけた肩を押さえられ、仰向けになったところへ覆い被さってきた幸村を軽く睨むと、そこには先程までの寝惚け眼ではなく真剣な眼差しがあった。
「某も貴殿をお慕いしており申す、政宗殿」
 いきなり何だ、と一瞬きょとんとした政宗だったが、すぐに幸村が今それを口にした理由に気づく。夢の中で政宗が言った――といっても本当は実際に言ったのだが――好きだという言葉に対してのものなのだろう。
 真っ直ぐに政宗を捉える双眸に、惹きつけられる。政宗がどれ程この瞳に魅了されているか、きっと幸村は気づいていない。
 軽く啄むような口づけの後、その唇が政宗の頬や首筋に降り注ぐ。
「寝とかなくていいのか?ゆうべは遅かったんだろう」
「貴殿を放って寝られよう筈もなく。それに……」
 寝着の衿が肌蹴られ、幸村の唇が滑り降りていく。どうやら火がついてしまったらしい。
 その唇に触れられた箇所は熱を伴い、政宗の体の芯に甘い疼きをもたらす。これまで幾度も同じ行為を繰り返してきた。思えば幸村の唇が触れていない箇所などこの体のどこにもないというのに、いつだってその唇は政宗を酔わせるのだ。
「政宗殿」
 名を呼ばれ、固く瞑っていた目を薄く開くと再び口づけられる。誘い出された舌を強く吸われ、眩暈がした。
「政宗殿、まこと貴殿は某を虜にしてやまぬ。たとえ一刹那たりとも貴殿を離しとうはござらぬ」
「俺だって……」
 それが無理なのは互いにわかっている。ただせめてこうして肌を合わせている間だけでも夢を見ていたい。
「出来るものならこのまま上田に閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない。政宗殿は某だけの政宗殿でござる」
 政宗は幸村の言葉にうっとりと目を細める。
「You're the only one that satisfy me enough……」
 そう呟いて、幸村の首に腕を絡めた。



 手水を済ませた政宗が部屋へ戻ると、幸村は窓辺に寄り掛かるようにして外を見ていた。寝ちまってるかと思ったが起きてやがったか――――意外に思いながら隣に立って外を見ると、粉雪がちらほらと舞っている。
「名残の雪、か……」
 幸村はそっと政宗の肩を抱く。暫く互いに何も言わず寄り添って雪を見つめていた。
 上田城の中庭では桜の蕾が膨らみ始めている。恐らくこれが最後の雪だろう。このまま春になるか決め兼ねているような心許ない粉雪は、まるで――――。
「某と同じでござる」
 政宗が口を開こうとしたその時、幸村がぽつりと呟いた。
「貴殿は今日にはこの上田を発たねばならぬ。わかっていても貴殿を放したくないという某の未練がましさはまるで、まだ春になりたくないとささやかな抵抗を見せるこの雪と同じ……時を止める事など出来はせぬというのに」
 政宗は目を瞠った。幸村と同じ事を自分も考えていたからだ。
「You flatter me……!」
 幸村に向き直り、その背に腕を回し抱き締める。
「俺もアンタとずっと一緒にいてェ。……Shit!ああもう、なんで俺はこんなにアンタに惚れてんだ。 You make me happy always……アンタといると、幸せでたまんねェぜ」
 幸村の肩に顎を乗せそう言った後、素直な気持ちが自然に口をついて出た。
「政宗殿……正気でござるか」
 思いもかけない幸村の反応に、少し顔を離して幸村を窺うと、耳まで真っ赤になっている。
「huh?I ain't insane. 何言ってやがる」
「いや、普段貴殿は滅多にその様な事を言ってはくださらぬ故、驚き申した……この季節外れの雪も頷けるというもの」
「るっせェな。俺だって言う時ゃ言うんだぜ」
 膨れっ面をして見せた途端、今度は幸村が政宗を力一杯抱き締める。
「政宗殿!某、感無量にござるっ!政宗殿ぉぉおおお!」
「Keep your voice down!あとそんな馬鹿力で抱きつくな、ベアハッグで殺す気か!」
 腕の力が緩められ、政宗はふぅと一息ついた。
「申し訳ござらぬ、思わず興奮してしまい申した。政宗殿がそれ程までに某を想ってくださっておるのがあまりにも嬉しゅうござった故……某は日の本一の果報者でござる。政宗殿より某の方が余程幸せでござる」
 幸村の言い方は少し気に入らなかったが、喜色満面といった面持ちの幸村に反駁するのも野暮な気がした政宗は、違う方向から反撃を試みる。
「言っとくがな幸村、アンタが俺を好きなのよりよっぽど俺の方がアンタを好きだぜ?」
 政宗のこの言葉はあまりにも意表を突くものだったらしく、幸村は目を見開いて口を金魚のように開閉している。そんな幸村の様子に吹き出しつつ、政宗はその頬に軽く口づけた。

 幸村。アンタは俺の唯一で、全てだ。






2011.03.21

【後書】
ステルスを搭載し筆頭レーダーをかいくぐった幸村ですが、最後はバッファが追いつかなくなりフリーズしてしまったようです。
筆頭、練習の成果が出たね(笑)









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