「幸せとは、何でござろうか」
「……はァァ?」
 この日の幸村はいつもと様子が違っていた。政宗のもとを訪れた幸村は、政宗に抱きついてくるでも戦いを挑むでもなく、いつもなら自分で食べてしまう手土産の団子に手をつけるでもなく、政宗の前にただ座っていた。
 先触れもなく突然やって来るのは珍しくなかったが、自分から訪ねてきた癖に政宗が話し掛けても気の抜けた生返事を返すだけの幸村に苛立った政宗が幸村に詰め寄ろうとしたその時、先の禅問答のような問いが投げ掛けられ、思わず政宗の口から素っ頓狂な声が漏れたのだった。
「そんなモン、人それぞれだろうが。自分で考えろ」
「考えれど考えれど、一向に答えが見つからぬのでござる!」
 突っ撥ねても尚食い下がる幸村に、政宗はやれやれと嘆息した。
「何があったんだ、言ってみろ」
幸せとは何かなどと、何もなしにいきなり哲学めいた事を考え始める男ではない。契機となる出来事があった筈だ、と政宗は踏んだ。見透かされた事に決まりの悪さを感じたのか一瞬口篭ったものの、幸村はぽつぽつと語り始める。
「此度、武田の騎馬隊将の娘御の縁談がまとまり、その相手の御仁というのが大層な素封家らしく」
「玉の輿ってヤツか。良かったじゃねェか」
「某も初めはそう思っておったのでござるが……その娘御にはどうも足軽の中に相思相愛の相手がおるようで。そこで某、何ゆえ好いた相手と添い遂げさせてやらぬのかと訊き申して」
「その娘の親父にか」
「然様。するとその将はそれが娘の幸せだと、そう申すのでござる」
「I see. それで悩んでたって訳か。俺にはその親父の気持ちもわかるぜ。いつ死んでもおかしくねェ足軽より、金があって戦と縁遠い奴に嫁がせてェのが親心ってモンだ」
 婚姻が政略に用いられる事すら珍しくない世の中だ。幸村のいう縁談もその部類のものだろうと政宗には察しがついたが、それに言及すると話がややこしくなりそうなので触れず、幸村に理解し易い答えを選んだ。
「それは某にもわかり申す。ただ、その足軽も今の政宗殿と全く同じ事を申すのでござる。彼女の幸せの為に己は身を引くのだと。それが某は得心がいかぬ」
そこまで話して幸村は漸く団子に手をつけた。
「そりゃ、自分より相手の幸せを願っての事だろう」
「だからと言って好いた相手が他者に嫁ぐのを黙って見ているなどと、某には理解でき申さぬ。これを某に置き換えるならば、某の政宗殿が余所の男に抱かれるのを黙って見ているという事でござろう。想像しただけで腸が煮えくり返る!我が槍で滅多刺しにしても飽き足らぬわ!貴殿も貴殿でござるぞ!某というものがありながら、」
「Stop!!」
 次第に語気の荒くなる幸村の言葉が見当違いの方向へ飛躍するのを政宗は遮った。見ればぎりぎりと握り締めたその拳に団子の串がへし折られている。余計な事にだけ想像力が逞しいのはどうにかしてほしいものだ、そう思って政宗は二度目の溜息をついた。
「Calm down. アンタは一体何と戦ってるんだ?話の流れがおかしいぜ、ちょっと落ち着けよ」
「これが落ち着いてなどいられようか!……否、政宗殿に膝枕でもしていただければ落ち着けるやも知れぬ」
 憤怒の形相から一変、いかにも妙案でも思いついたという風に目を輝かせる幸村に呆れ思わず口が開いた。なぜそこで膝枕に繋がるのかさっぱりわからなかったが、これ以上あらぬ方へ突き進む幸村の世迷言に付き合うのもうんざりだと思った政宗はそれを承諾した。
「仕方ねェな。ついでに耳掃除でもしてやるよ」
 文机の抽斗から耳掻きを取り出し、胡坐をかいた膝をぽんぽんと叩くと、幸村は飼い主にじゃれつく犬のように政宗の膝に飛びつき、交差した政宗の脛に頭を預けた。

 耳孔の内部を耳掻きで擦る度に、幸村の口からふわぁだのほわぁだの、よくわからない声が漏れる。
「政宗殿は耳掃除にも長けておられるのでござるな。なんと心地良い……まさに桃源郷にござる」
目を閉じたままうっとり呟く幸村に、政宗も自然と笑みが零れる。
「この俺直々に耳掃除してもらえるのなんざアンタだけだぜ、感謝しろよ?」
「まこと某は日の本一の果報者なり。政宗殿、やはり幸せとは斯様な事柄をいうのでござる。貴殿と共に過ごせるこの何気ないひと時こそが幸せに他ならぬ」
そう言って幸村は政宗の太腿に手を伸ばしたかと思うと、内腿をそっと撫で回し始めた。
「じっとしてやがれ、手元が狂うだろ」
と政宗が諌め手を止めたかと思いきや、今度は政宗の胸に手を這わせ、着物の衿からそっと中に手を滑り込ませる。
「さっきから何やってんだ。動くなよ……幸村、やめろって……んっ」
その指が胸の突起に触れた瞬間、政宗の体がぴくりと震え、幸村の耳から手が離れた。
「こら、まだ途中なのになんで急にそんな事し出すんだ」
 幸村は耳掻きを持つ政宗の手首を掴むと上半身を起こし、政宗に顔を近づける。
「貴殿の太腿に触れているうちに、なにやらこうムラムラと」
「……せめて終わるまで待てねェのかよ」
 膝枕で落ち着くと言った癖に別な意味で興奮してんじゃねェか、と政宗は三度目の溜息をついた。そんな政宗の呆れ顔も意に介さず、幸村は政宗の唇に自分のそれを重ね、舌先で政宗の口をこじ開け、絡め取った政宗の舌を吸い上げる。
 政宗の手首を掴んだまま、もう片方の手で政宗の着物を肌蹴け、指先で脇腹を撫で上げる。触れるか触れないかの繊細な刺激に背筋がぞくぞくと粟立った。
 胸に辿り着いた指は中心の突起の形をなぞるように弧を描き、周りの淡く色づいたところを愛撫する。
 漸く解放された政宗の口から切なげな吐息が漏れ出した。
 その突起を強く摘まむと、背が大きく仰け反り、畳について体を支えていた政宗の左手ががくがくと震えた。肩に腕を回し政宗の体をそっと横たえた幸村は、突起に唇を落とし、舌で転がしたり吸ったりしながら政宗の下腹部に手を伸ばし、長着の裾を捲り上げ下帯の上から政宗自身に触れ、既に固く立ち上がっている事を確認すると下帯を解いた。
 しかし幸村の手はその付近や内腿ばかりをまさぐり、解放されたそれには触れようとしない。
「ゆっ、幸村……」
早く触ってほしくてせがむように名を呼び幸村を見ると、胸の突起を口に含んだままの幸村と目が合った。幸村は顔を上げ政宗の耳元に口を寄せ、いかがなされたと問うと、答えを待たずに耳孔に舌を差し入れてくる。
「ひぁっ!耳、舐めんなっ……!」
「先程の耳掃除のお礼にござる」
顔を背け逃れようとするも頭を手で捕らえられ、わざと水音を立てながら舐め回される。
 更なる快感を待ち切れなくなった政宗は幸村の手を取り、股間へと導いた。
「ここを、どうされたいので?」
欲情を含んだ幸村の声が意地悪く耳孔に直接響く。
「い、言わせんな……」
「言われなければわかり申さぬ」
コイツ絶対わざとやってやがる――――と政宗は内心毒づいた。時折幸村はこうして政宗を焦らして愉しむ事がある。
 はじめは絶対乗ってやるものかと思うのだが、思い通りになるのは癪だという感情とは裏腹に、それでますます色情を煽られるのもまた事実だった。
「Suck me……口で、してくれ……」
「心得申した、政宗殿」
羞恥に消え入りそうな声で政宗が乞うと、幸村は満足気に頷き、政宗の足を開かせその中心に顔を埋めた。幸村の愛撫を待ち望み雫を垂らす政宗自身を軽く握り、先端に口をつけ音を立てて啜り上げる。
「触れる前からこんなに先走りが溢れて……」
「そ、そんなの……言うな……んああっ」
いきなり口内に咥え込まれ舌で強く刺激され、体が弓なりに仰け反った。
「あっあぁっ……、もう……幸村ぁ!あああ!」
咥えた口を幸村が数度上下させただけで政宗は果て、幸村は口でゆっくりと扱き最後まで精を搾り取り、嚥下した。
「もう達してしまわれるとは。それ程に良うござったか」
「アンタが、焦らすから……」
羞恥に染まる顔を上から覗き込まれ、それ以上顔を見られるのがいたたまれなかった政宗は幸村の肩に手を回し口づけた。舌を差し入れた途端感じた苦味が自分の精によるものだと気づき、それがまた政宗の劣情を掻き立てる。
 政宗と舌を絡めながら幸村は政宗の後孔を指で解していった。先走りと唾液が伝い濡れていたそこは幸村の指を受け入れた途端それを待ち侘びていたかのようにひくひくと蠢いた。
「んっ……くぅ……も、いいから早くアンタのくれよ……!」
幸村は政宗の膝を抱え上げると自身をあてがい、雁首まで入ったところで一旦動きを止める。
幸村はゆっくりと浅い抜き差しを繰り返すのみで、政宗の奥がその熱い楔を求めて疼く。
「あ……や……幸村、もっと……」
「もっと、何でござろう」
「アンタの、もっと奥まで……はぁっ、奥まで寄越せっ……!」
政宗が幸村の首にしがみつきせがむと、幸村は一気に奥まで政宗を貫いた。
「あぁぁああああ!」
「こうでござるか?」
「やぁっ、すごっ……!Fxxkin' awesome!! ゆきむら……Gimme more……!あぁっあああああっ」
一転して激しく深く抉られ、もう心の中で文句を言う余裕もなくただ昇り詰めていった。
 そして幸村が政宗の中に吐精すると同時に政宗も二度目の絶頂を迎えた。



「なんと、続きはしてくださらぬと申されるか!」
行為を終えて少し経ち、耳掃除の続きをねだる幸村の要求を突っ撥ねると幸村は駄々を捏ね始めた。
「さっきので疲れたから続きは無理だ。腰が痛ェ」
「一度始めた事を途中で放り出すなどと武人にあるまじき事にござるぞ!」
「あのな、言っておくが途中で止める破目になったのはアンタのせいだろうが。帰ってあの忍にでもしてもらいやがれ」
「某は政宗殿の太腿が良いのでござる!」
「うるせェな、無理だっつってんだろ!それ以上言うと六爪で両耳切り刻むぞ!」
はぁ、と幸村は聞こえよがしに溜息をつく。
「全く可愛げのない。まぐわいの最中はあれ程までに可愛らしゅうござるのに……その懸隔がまた良うござるが」
そう言われて先程までの情交を思い出し一気に顔が熱くなり、政宗は幸村の頭を軽く小突いてから無理矢理話題を変えた。
「幸村、さっきの話の続きだが」
「続き!?耳掃除の続きをしていただけるのでござるか!」
「No!その話はもう終わっただろ!そうじゃねェ、幸せがどうのって話の続きだよ」
「ああ、然様でござったか」
「人間ってのは常にその時その時の選択肢の中から自分の行動を選択して生きてる」
「と、申されると」
「例えばアンタは槍の稽古をするって選択肢を捨てて俺に会いに来る事を選んだ。稽古するより俺に会いたかった、そうだろう」
「……相違ござらぬ」
幸村の答えを確認すると政宗は言葉を続ける。
「アンタの話に出てきた娘や足軽だってそうだ。駆け落ちするって選択肢もあったのに、娘は素封家に嫁ぐ事を選び、足軽は身を引く事を選んだ。結局、そうしたかったんだ」
「家や国を捨てるよりは別れた方が良いと、そちらを選んだと?」
珍しく察しが良いじゃねェか――――と政宗は僅かに瞠目した。
「選んだからにはそれが幸せだと決めつけるのは詭弁じみてるが、俺が言いたいのは、本人が決めた事に外野がとやかく言っても仕方ねェって事だ、You see?」
「成る程……なんとなくではござるが、わかり申した。さすがは政宗殿、上に立つ御仁は言う事が違い申す」
さっぱりした顔で頷く幸村を見て政宗も安心する。幸村にうじうじ悩むのは似合わない。
「よし、じゃあ耳掃除の続きしてやるから来い」
結局政宗は自分から耳掃除の続きを了承した。幸村といると、なぜか幸村の為に何かをしてやりたいという気持ちにさせられる。惚れた弱みというのも勿論あるのだろうが、配下の忍の世話焼きぶりからしても幸村自体が周囲の者をそうさせる何かを持っているに違いない。
 人は皆あらゆる選択肢の中で生きている。幸村と二人でいる時はなるべく幸村の望む方を選択してやりたいと政宗は思った。
 嬉々として政宗の足に頭を乗せた幸村にこの日何度目かの溜息を落としつつ、幸村の言った何気ないひと時の幸せを政宗も確かに感じていたのだった。
 満悦した様子で極楽極楽と呟きながら政宗の太腿を撫でる幸村の耳朶をわざと強く引っ張り、再び耳掻きを手に取った。






2011.02.14

【後書】
幸村は絶対このまま寝ちゃうと思います。
なんだかんだ言いながらも幸村に甘い筆頭。
てか幸村ちょっとオヤジくさいυ
破廉恥行為の最中に筆頭に英語で喘がせてみようというのが今回の隠しテーマでした(・∀・)
ふだん無意識に英語使ってるなら、そういう時も英語が出てくるんじゃないかと。
でもなんか笑っちゃいますね(笑)









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