武田と徳川の戦から幾月か経ち、すっかり傷の癒えた幸村は約束の品を届けるべく奥州を訪れていた。
 百本もの真田紐を掻き集めるのにかなりの労力を要したが、それで政宗と縒りを戻せるのだから幸村にとって安いものだった。
 そして信玄の病状は快方に向かっていた。驚く事にかつて信玄と敵対関係にあった北条氏政が薬を届けてくれたのだ。それで幸村は安心して甲斐を離れ奥州を訪れる事が出来たという訳だ。

「九十八…九十九…百。確かに百本、受け取ったぜ」
伊達屋敷の客間で幸村と対面し真田紐を受け取った政宗は数を改め終えると、ちょうど茶を運んできた小十郎にそれを渡した。
「すまねえな、真田。武田もまだ何かと大変だろうに」
「豊臣との戦の折の、武田の不義理の侘びも兼ねておる故、遠慮なくお納めくだされ」
幸村は小十郎にそう言ってから政宗に向き直ると、
「政宗殿、約束の品は納め申した。これで元通り某は貴殿と、」
「さァて、どうすっかなー」
斜に構えた政宗は横目で幸村を見つつ茶を啜る。
「政宗様、真田を困らせて遊ぶのは大概になさいませ」
政宗に釘を刺してから小十郎は部屋を後にし、閉められた襖に向かって政宗は舌を出した。
「なんだよアイツ、やけにアンタの肩を持つじゃねェか」
「政宗殿」
幸村は真剣な面持ちで政宗ににじり寄る。
「某は約束を果たしたのでござる。これで某と縒りを戻していただけるのでござろう」
政宗はそんな幸村を見て、鼻で笑った。
「Ha, 俺は『考えてやる』つったんだよ。まだ縒りを戻すと決まったわけじゃねェ。ま、この話は保留だ」
真田紐さえ届ければ縒りを戻せると思い込んでいた幸村にとって政宗の言葉は納得のいくものではなかった。
「貴殿の為と思えばこそ、必死で資源を掻き集めたというのに……某の心を踏みにじるとは」
憮然として悪態をつく幸村を政宗は上目遣いで睨む。
「言っとくがな、先に俺の心を踏みにじったのはアンタだぜ。あの日、甲斐でアンタに別れを告げられて、俺がどんだけ傷ついたか……アンタにはわからねェだろうな」
「そ、それはっ……申し訳ござらん……今更侘びて済む話ではござらぬが……政宗殿……」
途端におろおろと慌てふためく幸村に政宗は笑いを堪えるのに必死だったが、どうにか真顔を取り繕っていた。政宗が言ったのは本心ではあったのだが、政宗にはもう蟠りなど残っていなかった。小十郎が言ったように、ただ幸村を困らせてその様子を楽しんでいるだけなのだ。
「考えてやるっつってんだから答えを急がせるんじゃねェ。わかったな」
「承知致した」

 それから暫く互いの近況など話していると、ふと幸村が思い出したように切り出した。
「ところで政宗殿。豊臣との戦の前に、某と賭けをしたのを覚えておいでか」
「賭け?……ああ、どっちが豊臣の首獲るかっつーアレか」
「然様。負けた方が勝った方の言う事を一日なんでもきくと」
「結局討ち取ったのは家康だったな」
「某、思ったのでござるが……この場合、某と貴殿が徳川殿の言う事をきかねばならぬのでは、と」
「Fxxk off!なんでそうなるんだよ。大体家康にこんな変な話持ち掛けたらあの本多が黙ってねェだろうよ」
「なんと!本多殿は喋れるのでござるか!?」
目をこれ以上ない程に見開いて驚く幸村に政宗も驚いてその隻眼を丸くした。
暫く驚いた表情同士で見つめ合った後、政宗は幸村の単純思考に呆れ大きく溜息をついた。
「アンタ、大将になったってそういうところは相変わらずだな。言葉の綾ってのが通じねェ。こんなんじゃ武田も先が思い遣られるぜ」
「それより政宗殿」
政宗の呆れ顔も意に介さず幸村は言葉を続ける。
「その徳川殿を某は倒したのでござるぞ」
「それがどうした」
「豊臣を討った徳川殿を某が倒した。これ即ち賭けは某の勝ちでござろう」
「…………」
政宗は言葉に詰まり、考え込んだ。幸村の論理も一理あると思ってしまったからだ。
「如何か、政宗殿」
幸村は政宗に詰め寄る。
「確かにアンタの言う事は理に適ってる気もするが、直接的じゃねェしな……」
幸村は真っ直ぐ政宗を見つめたまま、固唾を飲んで政宗の言葉の続きを待っている。
 やっぱり無効だろう、と続けようとしたが、そんな幸村の眼差しに少しくらい譲歩してやっても良いかと思い直した政宗は妥協点を提示した。
「Yeah right. じゃこうしようぜ。一つだけ、アンタの言う事を聞いてやる。これでどうだ」
「結構にござる。某の望みもたった一つゆえ」
「もう決まってんなら話は早ェ。なんだ、言ってみろ」
「某と縒りを戻してくだされ。今日一日と言わずずっと」
「結局それかよ。却下だ。賭けは一日だけの条件だったろう。他の、すぐ済むような簡単なのにしやがれ」
幸村は口を尖らせて不貞腐れる。
「ならば」
意を決した幸村が口にした内容は政宗の意表をついた。
「政宗殿を抱きとうござる」
「ぶっ!」
途端に茶でむせ込んだ政宗の背を、幸村がさする。
「如何なされた、大丈夫でござるか」
「ど、ど真ん中の直球で来やがったか。What the heck……まだ陽も高ェってのに、よくもまァそういう事がさらっと言えるもんだな。ある意味感心するぜ」
「そ、そういう破廉恥な意味で申したのではござらぬ。某はただ――――」
幸村は政宗の背をさする手を止めると、そのまま背後からそっと政宗を抱き締めた。政宗の肩が少し強張ったのがわかったが、鼻腔をくすぐる髪の香りの懐かしさに幸村は構わず抱く腕に力を込める。
「ただ、政宗殿をこうして抱き締められれば、と」
許可した覚えはない、政宗はそう言おうとしてやめた。やめさせるには、幸村の腕はあまりにも心地良すぎた。
 一度は失ったその温もりが、今確かにここにある。背に伝わる幸村の体温をもっと感じたいと欲するのを禁じ得ない。
 政宗は湯呑みをそっと畳に置くと、幸村の腕の中で上半身を反転させ幸村に向き直り、その首に腕を回す。
そして幸村の耳元に口を寄せると、
「いいぜ、戻してやっても」
と呟いた。
縒りを戻すか否か。政宗の中で答えなどとっくに出ていた。幸村が自分と縒りを戻したくて気を揉んでやきもきする様を楽しんでいたのだが、突然幸村に抱き締められた事によってその余裕をすっかり失くしてしまったのだった。
「政宗殿……!」
幸村が政宗を見ると、いきなりその唇が幸村のそれに押し当てられ、幸村は驚きつつもその目を閉じる。久方ぶりに味わうその唇の感触に胸が熱くなり、豊臣との戦の前夜もこうして同じように唇を重ねた事を思い出した幸村はいきなり顔を上げた。
「なんだ?急に離れやがって」
まだまだ口づけを堪能したかった政宗が不満げに問うと、幸村は愕然とした表情でこう言った。
「……好きなだけ触らせてやる、と」
「?」
「たった今、思い出し申した。豊臣との戦の前の晩、貴殿は某にこう申された。戦が終われば好きなだけ触らせてやる、と」
「そう言えば……言ったな、確かに」
「政宗殿は約束を違えるような御仁ではござらぬな?」
「Who the hell do you think I am!OK, 取り敢えず俺の部屋に場所移すぞ」
「こんな明るいうちから、よろしいので?」
まだ陽も高い、そう言ったのは政宗だ。
「I don't care. アンタが俺に火を点けたんだぜ、真田幸村。今すぐ責任取りやがれ」
「心得申した、政宗殿!」

 そうして政宗の自室に籠った二人は、翌日の朝まで部屋から出る事はなかった。




 時代は今、大きく変わろうとしている。
 豊臣が滅び、その遺志を継ぐ三成も亡き者となった。戦の傷の癒えた家康は着実に勢力を拡大しつつあり、時代の流れは徳川に傾いている。
 しかし伊達も武田もそうした世の趨勢に迎合するつもりは更々ない。近々また戦になるだろう。
 そこでどんな運命が二人を待ち受けているのか、今はまだ知る由もない。ただそれまでに少しでも長く共にいられる事を願うばかりだった。





    The end.
----------------------------2010.12.26

【後書】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
結局いつもの二人に戻ったワケですがυ

感想等いただけると飛び上がって喜びます(*´▽`*)


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