政宗達は三成の守る大坂城へ辿り着いた。
 前回の敗退の雪辱に燃える伊達軍は兵力の差を物ともせず電光石火の如くたちまち城内へ進攻する。
 立ちはだかる大谷吉継の相手を小十郎に任せ、政宗は三成のもとへ向かった。
 長い階段を駆け上がったその先で三成と対峙する。
「よォ石田。理由はいらねェ、アンタを潰す」
そう言って刀を構えた政宗に、三成は信じられない言葉を口にした。
「貴様は……誰だ?」
小田原で伊達軍とぶつかり政宗を叩き伏せた事を全く覚えていない様子だった。秀吉の訃報を聞き駆けつける最中だった三成にとって、相手を確認する余裕などなかったのだろう。
 以前の政宗なら間違いなく三成の侮蔑とも取れる言葉に怒り狂っていた筈だ。しかし政宗は激昂する事もなく、不思議と落ち着いていた。心は静かだった。
 政宗は三成と再び対峙し、悟ったのだ。自分が三成を目指していたのではなかった事を。
「誰でもいいさ。アンタは俺にとっちゃただの通過点に過ぎねェって事が今わかった」
「煩う者め、貴様は一体何がしたい」
「おっと、言った筈だぜ……理由はないと」
汚名を雪ぐ為にここに来た――――筈だった。しかし政宗にとって最早そんな事はどうでも良くなっていた。
「貴様が何者だろうと、秀吉様の残されたこの城を汚させる訳にはいかない!」
そう言いながら放たれた三成の居合いを政宗は跳ね返す。
小田原の時とは違い、今の政宗はしっかりと両手で刀の柄を握り締めていた。
「腑抜けてた時の俺と一緒にしてちゃ泣きを見るぜ……っとsorry, 覚えてねェんだったな」
政宗は目にも止まらぬ速さで間断なく繰り出される三成の攻撃を悉く刀で受け流す。
そして上段からの斬り込みを跳ね返し三成が怯んだその一瞬の隙を政宗は見逃さなかった。
「FANG!!!」
下段から渾身の力を込め斬り上げる。衝撃で宙に浮いた三成に政宗は容赦なく稲妻の迸る竜の爪を振り下ろした。斬り裂かれ吹き飛ばされた三成の体は地面を二、三度転がり、
「秀吉様……まだ、許可を……得ていない……のに……」
そう呟いたが最後、再び動く事はなかった。
敬愛する秀吉の待つ彼岸へと旅立ったのだろう、その死に顔はどこか安らかだった。
 暫く三成の亡骸を見つめた後、政宗は刀を一振りして鞘に収める。
「ま、こんなモンか……通過点としちゃ上出来だ。なァ小十郎」
大谷を討ち果たした小十郎は政宗のもとへ駆けつけ、二人の勝負の行方を見守っていたのだった。
 政宗の太刀筋は以前よりも格段に鋭く研ぎ澄まされていた。南部や最上との戦で見せた荒々しさはどこか自暴自棄で、己自身をも壊してしまいそうな危うさを孕んでいたが、三成と斬り結ぶ政宗はあくまでも冷静だった。
「政宗様。先ほどの戦いぶりは、この小十郎にはどこか吹っ切れたように見受けられましたが」
「Ha, やっぱお前の目は誤魔化せねェな。自分が何をしたかったのか、今になってやっとわかった……今の俺にはもう迷いはねェ。強がりじゃなく、本心だぜ?」
政宗はそう言って小さく笑った。
 政宗が目指していたのは、望んでいたのは、三成への報復などではなかった。自分を熱くさせる戦いこそが政宗の望みだった。そしてその相手はやはり幸村以外には有り得ないと、三成と対峙して今更ながらに気づいた。
 上田で再会した幸村は、敵として対峙したにも関わらず以前政宗が贈った眼帯の紐を身につけていた。自分から政宗に別れを告げたものの、幸村もまた、政宗と同じかそれ以上に迷い苦しみ藻掻いていたのだ。それに思い至った時、政宗の心に沈殿していた澱みが霧散していくのを感じた。
 幸村は打倒徳川を目指し足掻いていると言った。そしてそれを為したのちにまた自分と手合わせしたいと。今の政宗も同じ思いだった。
 幸村が今のどん底の状態から抜け出す事が出来たなら、互いに一片の曇りもなく渡り合えるだろう。以前のような睦まじい間柄になる前、出会って間もない頃のように、互いに腕を認め合った好敵手としてならば、自分だけを見、自分だけに全力で向かってくる幸村を感じられる筈だ。
――――這い上がって来い、真田幸村……!
遠くを見つめる政宗の隻眼は、どこまでも澄んでいる。ここまで紆余曲折あったが、今の政宗なら大丈夫だ。小十郎は小さく安堵の息を漏らした。



 伊達軍が石田軍を下したその頃、九州を制圧し三河に戻る途中の徳川軍と、それを討たんとする武田軍が大坂城のすぐ近くでぶつかろうとしていた。

 両軍の動向を察知するや否や政宗は三成を倒したその足で徳川の陣営を訪れた。同盟相手である政宗の来訪に家康は顔を綻ばせる。
「独眼竜!よく来てくれた!お前がいれば勝ったも同然だな!」
「家康、俺は徳川と共闘しに来た訳じゃねェ、見届けに来たのさ。お前と真田幸村、巷じゃ虎の跡目争いと言われてるこの戦いに、どっちが勝つのかを。お前が勝つならそれでいい、もし真田幸村が勝ったなら……その時は俺が奴を斬る。それで同盟国としてのけじめはつけられるだろう」
政宗の言い分は身勝手とも受け取れるが、家康は気を悪くする事もなく、それどころか政宗の言葉を受け快活に笑い出した。
「ははっ、お前らしいよ。お前にとって真田は余程特別な相手なんだな。いいだろう。同盟と言っても最初からお前は好きに動く約束だった事だし、お前はやりたいようにやればいい。だが、儂は負けないぞ?」
「お前……見た目だけじゃなく、中身もでかくなったモンだな。ま、俺ほどじゃねェが」
「そう言うお前のそういうところは相変わらずだな。ではまた会おう」
踵を返し歩いて行く家康の影が、夕陽を受け長く長く伸びている。
――――喰えねェ奴になっちまったな、家康……。
家康は終始笑顔だった。しかし実のところその目は笑っていない事に、政宗は気づいていた。

 武田陣営でも戦の準備が着々と進められていた。
 幸村が此度の武田の進軍を決めたのは、上田に伊達軍が攻め入った直後だった。あの日、伊達軍が上田を去った後、佐助の言葉で己の進むべき道を見つけた幸村は、他軍に頼らず自軍のみで徳川と当たるのを決意したのだ。
 幸村は徳川軍との圧倒的な兵力の差を埋めるべく、砦を築きそこに巨大な砲台を設置した。とても人間とは思えない巨躯に重厚な鎧を纏った本多忠勝にも有用だと踏んだのだ。
 当初この奇抜な案が武田の重臣達に受け入れられるかどうかを懸念していた幸村だったが、反対する者は誰一人としておらず、皆が幸村の案を支持した。着々と築かれていく過程で幸村は、打倒徳川に向けて家臣達の心が一つになっているのを感じた。今の武田に残ってるのは、大将としての幸村について行くと決めた者達だ――――佐助の言葉が脳裡に甦り、改めてそれを実感したのだった。
 そしてその出丸は真田丸と名づけられた。武田ではなく真田の名を冠する事となったのも、家臣達の提言によるものだった。




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