「政宗様、武田は上田城にて我が軍を迎え撃つ手筈になっているようですが如何なさいますか。ここは迂回して兵力を温存するのが得策かと」
大坂目指して進軍する途中、小十郎の報告を受け政宗はほんの僅かに口角を上げる。
「Suck that. 迂回なんて選択肢は初めからねェんだよ小十郎。俺はこの迷いごとアイツを斬ってしがらみを絶つ。石田にリベンジかますのはそれからだ。You see?」
「しかし政宗様、それで本当に宜しいので?甲斐へ赴かれた際に何があったかは存じませぬが、政宗様と真田は、」
「Shut the fxxk up!くどいぜ。もう……決めたんだ。口出しすんじゃねェ」
主君にそう言われては黙るしかなかったが、小十郎は大いに納得がいかなかった。
 先の戦で幸村が撃たれ、政宗は刀すらまともに握れない有様だった。三成に一方的に叩きのめされたのも、その動揺を引き摺ったままだったからに他ならない。
 奥州へ戻ってからも抜け殻のようだった政宗。それも全て幸村を失ったせいだった。
 その幸村が生きていた。それなのに、今度は自らの手で殺すというのか。それも避けようと思えば避けられる戦で。
 先程政宗は、この迷いごと、と言った。それは今でも心のどこかに迷いがあるという事ではないのか。
――――いざとなったらこの身を挺してでも阻止する。たとえご命令に背く事になろうとも、もう二度と政宗様に後悔だけはさせねえ……!
小十郎は覚悟を決めた。



 上田城の門前まで辿り着いた政宗達の前に、佐助が立ちはだかっていた。
「やっぱり来たか、独眼竜……。真田の旦那、じゃなくて大将の言うとおりだったね」
「Ha, いの一番に刀の錆になるのはてめェか?」
鋭い殺気と共に刀を抜き構える政宗に、佐助は胸の前で手を振って否定する。
「俺様にあんたとやり合う意思はない。独眼竜、あんたの目的は真田の大将でしょ。さっさと用を済ませて出てってほしいワケ。武田はあんたの個人的な戦に構ってあげる余裕ないんだよね、正直さー」
「どういう事だ」
佐助の言う意味がわからず政宗は訝しむ。
「城の裏手の水門を開ければ堀の水が引く。水が引いた後の堀を通ればすぐに大将のいる本陣に辿り着ける。わかった?」
「敵軍の忍の話を真に受けるほど、俺はお人好しじゃねェ。何企んでやがる」
佐助とは知らぬ仲ではなかったが、さすがにこの状況で敵である佐助が本陣への抜け道をあっさり教えるとは俄かには信じ難かった。
「そっちだって遠征して来てるんだから兵力は温存しときたいでしょ。まあ見てなって」
そう言って佐助が姿を消すと、程なくして水が轟轟と流れる音が響いてきた。佐助が自ら水門を開けたのだろう、どうやら先程の言葉は本当だったらしい。
 政宗達は意を決して城内へ踏み込んだ。

 佐助の言ったとおり、堀を抜け階段を上がると本陣はすぐ目の前だった。一旦足を止め呼吸を整えると、再び本陣へと歩を進める。
 幸村は独りで待ち構えていた。
 政宗のよく知っている装束、槍。その身形は総大将になってからも変わっていない。
 変わったのは、政宗との関係性のみだった。今ではただの敵同士であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 武田を背負う身となり政宗との関係を絶った幸村。幸村が自分を忘れるというのなら、自分も幸村を忘れるまでだ――――幸村を討つ事によって。
「政宗殿……やはり、参られたか」
「ああ。その首、石田への土産にしてやるぜ」
「貴殿と戦いたくはなかったが……石田殿と同盟を結んでいる以上、致し方ない」
相手を窺うように互いの目を見つめ合う。
 これまで戦場で刃を交えた際にはただひたすら真っ直ぐに政宗に向かっていた幸村の燃え盛る闘気が今は感じられず、ただ静かに政宗を見返すのみだった。その双眸はやはり悲しみの色を湛えたままで、その色は政宗に決別を告げた時の幸村を想起させ、政宗をひどく苛立たせる。
 政宗は六爪を一気に引き抜き、それを見た幸村も槍を構えた。
 いくぜ、という政宗の声と共に両者の刃が交差する。容赦なく六爪で斬り掛かる政宗に対し幸村は防戦一方で、時折打ち込んではくるもののその槍捌きはどこか鈍い。
 そしてとうとう槍を弾き飛ばされ幸村は膝をついた。傍目にも幸村に迷いがあるのは明白だった。
「まるで手応えがねェ。どうした真田幸村!今更何を迷ってやがる!」
「…………」
幸村は答えない。
「俺はもう……迷わねェぜ」
――――俺を見ないアンタなんざ、いらねェ。
政宗は刀を一振に持ち替え、振り上げる。
「政宗様!なりません政宗様!」
政宗が膝を折った幸村の背後からその首目掛け刀を振り下ろそうとし、小十郎が刀を止めに入ろうとしたその瞬間、
「…………!」
政宗の隻眼が突然大きく見開かれ、刀は振り下ろされる事なく途中で静止する。赤い色彩の中にただ一つ置かれた蒼を認めたからだった。
「真田、幸村……その髪紐は」
政宗の陣羽織と同じ色のその蒼は、幸村の後ろ髪を結っている紐の色だった。かつて幸村に贈った眼帯の、瑠璃色の紐――――。
「……政宗殿は石田殿を目指し進まれるのでござろう」
幸村は政宗の問いには答えず、政宗に問い返す。
「そうだ」
「この幸村も、打倒徳川を目指し足掻いている。それが成った暁には、また手合わせを……お願いしたく」
政宗は舌打ちすると刀を鞘に収めた。
 小十郎は何故政宗が途中で刀を止めたのかわからなかったが、その刀が最後まで振り下ろされなかった事に胸を撫で下ろした。
「今のアンタに家康が倒せるとは思えねェがな。……行くぞ、小十郎」
踵を返し去って行く政宗の足音を、幸村は固く目を閉じて聴いていた。

 上田城を後にした伊達軍はそのまま大坂へと進軍を続ける。
 先頭を走る政宗の胸中は千々に乱れていた。
――――どういうつもりだ、真田幸村……!
本気で幸村を討ち取るつもりだった。それで政宗の心を乱す要因を全て排除出来ると思っていた。あの髪紐を視認するまでは。
 捨て去ろうとしていた迷いが再び胸に去来し、政宗は戸惑った。
 しかし今の政宗には三成を倒す事が先決だ。三成に敗れた時は自失の状態であったとはいえ、敗れたままでいる事は政宗の矜持が許さない。三成を下し、奥州筆頭としての誇りを取り戻す。それまで幸村の事は考えまい――――政宗は決意を新たにし、自分の中の幸村を思考の外へ追いやった。




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