奥州へ戻った政宗は戦鬼と化していた。
 甲斐から戻るや否や戦の準備をしろと言い放ち、最上や南部、佐竹といった奥州や近隣の伊達に反旗を翻した軍を完膚なきまでに叩いた。その戦ぶりは荒ぶる竜神を思わせる凄まじいもので、敵軍はさる事ながら伊達兵にまで戦慄を走らせた。
 しかし敵兵を屠りながらもその心が悲しみに満ちている事に、その背を守る小十郎は気づいていた。
 甲斐で幸村と何があったのか、聞いてはいなかったが大よそ察しはついている。幸村は他国の武将で今の武田の状況を鑑みると致し方ない。そうは思ってもやはり政宗の内心を慮ると小十郎は遣る瀬ない思いで一杯だった。
 戦に身を投じる事で少しでも政宗の気が晴れるなら、どこまでも付き合う――――小十郎の心は決まっていた。

 そして小田原での雪辱を果たす為大坂への進軍を開始しようとした矢先、徳川家康が政宗のもとを訪れた。同盟の申し入れだった。
 家康は絆の力という名目のもとに天下を統治せんと目論んでおり、その手勢を集めているのだろう。
 戦のさなか主君である豊臣秀吉を討った家康は、秀吉に心酔していた石田三成に命を狙われる立場でもあった。
「家康、言っておくが俺は誰の下にもつく気はねェ。それに他軍と共闘すんのはこないだの戦で懲り懲りなんだよ。駒を集めたいなら他を当たるんだな」
「ちょっと待て独眼竜。儂は何も部下になれと言ってるんじゃない。あくまでも儂とお前は同等の立場だ。同盟と言っても儂はお前に命令する権限を持たないし、お前はお前で好きに動いてくれて構わない。それに……聞いているか?甲斐の真田が三成と手を結んだのを」
真田――――その名を聞いた途端、政宗の眉間に皺が寄る。思い出さぬよう殊更に記憶の底に封じ込めてきた名前。
 かつて想い想われ睦み合う仲だったその男は、選りに選って自分に屈辱を与えた石田と手を組むというのか。
「武田は信玄公が倒れ弱体化したと言ってもあの騎馬隊の機動力は侮れん。ここは是非とも、」
「OK, その話乗ってやるぜ。ただし……お前が石田とやる前に俺が石田をやっちまっても文句は言わせねェ。You see?」
「勿論だとも!礼を言うよ独眼竜。では儂はこれで失礼する」
家康は右手で合図を送るとすぐさま飛来した本多忠勝に飛び乗り、去って行った。
――――面白ェじゃねェか、真田幸村。石田の前にアンタが立ち塞がるんなら、俺は全力でアンタを叩っ斬るぜ……!
 もう幸村への恋慕の情がないと言えば嘘になる。甲斐で幸村に別れを告げられたあの日を思い出すだけで未だに胸に耐え難い痛みを覚える。
 政宗は自分がそんな弱さを持ち合わせている事が嫌で堪らなかった。
 幸村を討ち、同時に幸村への未練も全て断ち切る。政宗はそう決意した。



 伊達軍が大坂へ向けて進軍を開始したその頃、甲斐で幸村は佐助から伊達軍の動向の報告を受けていた。
「政宗殿が、徳川殿と同盟を……」
鍛錬の手を止めた幸村は佐助に向き直る。
 家康もまた、幸村と同じく信玄を師と仰ぎ虎の後継者と謳われる男だ。それが幸村には我慢ならなかった。
 いくら家康が信玄との戦において多くを学んだと言っても、自分はずっと信玄の傍で信玄を見てきたのだ。信玄直々に武田を託されたという自負もある。甲斐の虎の後継者を他軍の将に名乗らせる訳にはいかなかった。
 相容れぬ存在である家康と雌雄を決すべく、同じく徳川と敵対関係にある石田と同盟を結んだ。
 そして今、政宗は石田を討たんと大坂へ向かっている。
「小田原での雪辱を晴らすつもりだろうね。あの独眼竜がやられっぱなしのままいられるワケないし」
自分が生死の境を彷徨っているさなか、政宗が小田原で三成に敗れたという話は幸村も聞き及んでいた。
――――やはり、奥州でじっとしていられるような御仁ではなかったか……。
幸村は自分から政宗と決別したものの、政宗への想いは消えるどころか日毎に強くなる一方だった。
 政宗を想起する度に頭を振ってそれを打ち消し、武田の再建に尽力してきた。
出来るなら伊達軍とは戦いたくはなかった。
 しかし伊達軍が大坂へ侵攻せんとする今、石田と同盟の間柄にある武田はそれを迎え撃たねばならない。
 幸村は槍を強く握り締めた。
「佐助、戦の仕度を急げ。上田にて伊達軍を迎え撃つ」
「迂回するんじゃない?大坂に着くまで少しでも兵力は温存しときたいだろうし」
「いや、それはない。政宗殿はこの幸村の首を獲りに参られる筈」
なぜわかるのか、佐助はそう問おうとして止めた。あまりにも愚問だったからだ。
「旦那……ほんとにそれでいいの。ほんとにそれで後悔しないの。だって旦那は、」
「何度も言わせるでない、佐助よ。俺はお館様に武田を託されたあの日この胸に誓ったのだ。己を滅して武田の礎とならん事を」
「……わかった」
武田の総大将として上手く立ち回れず日々焦りと苛立ちを募らせる幸村に、佐助はそれ以上何も言えなかった。

 その夜、各隊への伝令を終えた佐助は、高い木の上で休息を取りつつ、以前の幸村と政宗に思いを馳せていた。
 実際に甲斐と奥州を何度も往復して二人を見てきた佐助は、離れていても二人がどれ程互いに想い合っていたかを嫌という程よく理解していた。
 この戦乱の世において、他国の主といつまでもそんな関係でいられるとは思っていなかったものの、実際破局を迎えてみると幸村の姿は想像以上に痛ましかった。
次の戦で政宗とまみえる事になれば、幸村は武田の為に政宗と戦うのだろう。決別した今も尚焦がれてやまぬ政宗と。
 想像するだけで佐助の胸が痛んだ。しかし、そこでふと佐助は思い直した。
 政宗を忘れようとして忘れられず日々迷走する幸村にとって、政宗と直接対峙する事はもしかすると幸村を良い方向へ導くかもしれない。荒療治かもしれないが、少なくとも今のどん底の状態よりは幾分ましになるのではないか――――。
 佐助はある決意を胸に、闇の中へと姿を消した。




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