馬で駆け出した政宗は、林の中で馬を止め降りると、突然闇雲に刀を振り回し周辺の木々を薙ぎ倒した。
「Shit!Damnit!Asshole!Son of a bitch!」
罵声を吐きながら倒れた木の一つを力任せに何度も蹴りつけた後、その木の上に腰を下ろした。
「こんな……終わり方かよ……」
膝の上に肘をつき、頭を抱える。
 死んだと思っていた幸村が生きていた。喜びの余り駆けつけずにはいられなかった。
 しかし、再び得られると思った幸せは砂のように指の隙間から零れ落ちていった。幸村に離別を告げられた今、心臓を抉られるような痛みを胸に感じている。
――――俺はいつからこんな情けねェ野郎になっちまったんだ。Shit……!
政宗は頭を掻き毟った。
 他国の武将といつまでも甘い関係でいられる筈がない。政宗はそう初めからわかっていたつもりだった。しかし幸村が死した途端に政務も手につかない為体で、生きていたと判明すると国を放って駆けつけた。
 覚悟が甘かったのだ。そんな自分を顧みて政宗は慙愧の念にかられた。
――――こんなんじゃいけねェ。俺は奥州筆頭、伊達政宗だぜ……!
幸村は自分の行くべき道を進む事を決意した。ならば自分も奥州筆頭としてやるべき事をやるだけだ。
 これからすべき事がわかった政宗は、すっくと立ち上がると馬に跨り奥州へと駆け出した。
 その隻眼には豊臣との戦以来鳴りを潜めていたぎらついた光が戻っていた。



 一方幸村は、眼帯を強く握り締めたまま政宗の背が見えなくなってからもその場に立ち尽くしていた。
「ほんとにこれでよかったの、旦那」
声を掛けられ、いつの間にか隣に立っていた佐助に気づいた。
「こうするより他ないのだ、佐助。今の俺は武田を背負って立つ身なれば」
武田は信玄が病に倒れた事により混乱し、病床の信玄の指名により幸村が継ぐ事となったが、若輩の幸村が武田を担う事に不満を抱く者も少なくなく離反する者も現れ、敵国はさる事ながら内部においても全く油断のならない状況だった。
 豊臣との戦で生死の淵を彷徨った幸村が意識を取り戻してみるとこのような有様となっていたのだ。とても色恋沙汰にうつつを抜かしていられる状況ではなかった。
 佐助に政宗の安否だけ確認し、それ以降は政宗の事は忘れる決意をした。武田を立て直す事が何よりも先決だった。
 そしてその決意を確かなものとする為、自ら政宗に別れを切り出した。武田を継ぐと決めた時、その覚悟は出来ていた筈だった。
 しかし、政宗の姿を目にした時、心が躍る自分がいた。
 政宗に抱きつかれた時、きつく抱き締め返したい衝動を抑えるのに必死だった。去って行く政宗の背に縋りつきたかった。
 幸村の心は悲鳴を上げていた。
 幸村は固く目を瞑り、政宗と共に過ごした日々に思いを馳せる。己のこれまでの生の中で最も満ち足りていた時。そしてもう二度と還らぬ時――――。
 目頭が熱くなり、慌てて頭を振って思考を中断した。
「佐助。俺は大丈夫だ、心配は無用。……では屋敷へ戻る」
幸村はそう言って踵を返した。
――――あんな悲愴な顔して、どこが大丈夫なんだか。旦那、張り詰め過ぎた糸はすぐ切れちゃうんだよ……。
 しかし二つの物を同時に追えるほど器用な主ではない事は充分過ぎる程わかっている佐助には何も口出し出来なかった。




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