甲斐へ到着した政宗は、佐助の手引きで幸村のもとへ向かった。
 林を通り抜け、高台の開けた場所に幸村の背が見え始め、久方ぶりに目にするその赤装束に政宗の胸が熱く高鳴る。
「じゃ俺様はこれで」
政宗の馬と並走していた佐助は林の中に消えた。
 馬蹄の音に幸村が振り向く。政宗は幸村の近くまで来ると馬から飛び降り、幸村に走り寄った。
 幸村の両の二の腕を掴み、その顔を間近から覗き込む。
「政宗殿、こんな所までご足労いただき、痛み入り申す」
「本物、なんだな……!生きてやがったんだな!真田幸村!」
死んだと思っていた幸村が今こうして目の前に存在し、触れる事も言葉を交わす事も出来る。政宗は嬉しさの余り幸村に抱きついた。
 鼻腔をくすぐる髪の香り、そして触れた肌の温もりは紛れもなく幸村のものだった。
 幸村は政宗の背に回そうとした腕を止めると、その抱擁をそっと解き、懐からある物を取り出した。
「これが、某の命を救ったのでござる」
それは政宗も見覚えのある物だった。刀の鍔を模した薄い金属の板が黒い革で縁取られた眼帯――――かつて政宗が幸村に贈った、あの眼帯だった。
 しかしその眼帯は大きく歪んでいる。
「あの戦の折、敵本陣にて某は豊臣の種子島に撃たれ申した。しかし弾は御守り代わりにと懐に忍ばせておいたこの眼帯に命中し某は深手を負ったものの致命傷を免れたのでござる」
政宗は驚きを隠せなかった。まさか自分が文代わりに贈った眼帯がこのような役割を果たしていたなどと思ってもみなかったのだ。
「某の命は政宗殿が救ったも同然……かたじけない」
「何言ってんだ、俺の命をアンタが救ったんだろうが。でも礼は言わねェぜ。誰を犠牲にしてでも生き残れっつたのに、俺の目の前で撃たれやがって」
「政宗殿が撃たれるのをただ見ているだけでいられる筈もなく」
「それはそうと生きてたならなんで文の一つも寄越しやがらねェんだ。俺があれからずっとどんな気持ちで、」
「政宗殿、某は」
幸村は政宗の言葉を遮ったものの、そこで言葉を止め口を噤んで黙り込む。
 政宗は幸村が苦悶の表情を浮かべている事に気づき、その瞳にどこか翳りがあるようにも見え、戸惑った。思えば久方ぶりの再会であるにも関わらず幸村の態度はどこか余所余所しく、それも腑に落ちない。
 二人の間に沈黙が流れる。
「何が言いてェんだ、真田幸村」
政宗が言葉の続きをなかなか口にしようとしない幸村に苛立ちを覚え先を促すと、幸村は意を決したように口を開いた。
「某は先達て病に伏したお館様に代わり若輩ながら武田の総大将と相成り申した」
「それは聞いてる」
「此度貴殿にご足労願ったのは、武田と伊達の同盟の破棄を正式に願い入れたく、そして――――某は貴殿とは袂を分かつ所存。それを直接お伝えしとうござった故」
政宗は頭の中で幸村の言葉を反芻する。そしてその意味を理解した時、目の前が真っ暗になった。
「それは……俺とはもう終わりだって事か」
「……然様にござる。某は武田が未来をこの双肩に担う身なれば、他国の、まして国主である貴殿と睦み合う仲でいる訳には参らぬ」
政宗は俄かには信じられなかった。性質の悪い冗談だと思いたかった。
 しかし、幸村は苦悶の表情を浮かべたまま政宗の言葉を肯定した。政宗はその事実を認めるより他なかった。
 取り乱したり、ましてや縋りついたりなどするのは政宗の自尊心が許さない。
「じゃ俺とアンタは――――ただの敵だ。そういう事だな」
握り締めた政宗の拳が震える。
「……是非に及ばず」
政宗はじっと幸村の目を見据えた。幸村の双眸は悲しみの色を湛えているものの政宗を真っ直ぐに見返し、政宗はその決意の固さを感じ取る。
――――本気、なんだな……。
幸村の意思を確認した政宗は踵を返し幸村に背を向け、
「OK,right. 次会う時は戦場だ。全力でその首……獲りに行くぜ」
そう言って歩き始めた。
 ずっと背中に幸村の視線が注がれているのを感じてはいたが、振り返る事はしなかった。





   次へ    戻る




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -