豊臣兵による追撃がない事に不審を抱きつつ武田領まで撤退した伊達軍が武田屋敷の門前へ辿り着いた。
 と、突如姿を現した佐助が行く手を阻む。
「悪いけど、そのまま奥州に帰ってくれる?武田はそれどころじゃなくなっちゃって、それに」
「真田幸村はどうした!」
佐助が言い終える前に政宗は馬から飛び降り、佐助に詰め寄った。佐助は政宗の必死の形相を見つめた後、静かに目を伏せ、首を横に振る。
「…………」
それ以降黙ったままの主に代わり、小十郎が口を開いた。
「何があったか説明してもらおうか」
「お館様が倒れた。病で。真田の旦那の所に行ったら撃たれてるし、撤退するしかなかったんだ」
佐助の言葉に伊達軍がどよめく。
「それと、今し方入った情報によると豊臣秀吉は部下に討たれた。内部にも豊臣のやり方に疑問を持つ者がいたようで」
「部下ってお前、」
「あんたらもよく知ってる男さ。徳川家康」
伊達軍の面々は驚きの連続で声も出なかった。
 先程の戦で徳川が姿を現さなかったのは、初めからこの戦の最中に豊臣を討つ手筈になっていた為だろう。
「豊臣が瓦解した今、当面は戦の心配もないから、ほんと悪いんだけど帰ってくれる。今の武田にはあんたらにしてあげられる事はないんだ」
「……わかった」
ずっと黙ったままだった政宗はそう言って乗馬し馬身を翻すと駆け出した。
小十郎以下もそれに続いた。



 政宗のすぐ後ろで馬を走らせていた小十郎は馬を加速させ政宗の隣に並ぶと、抱えていた疑問を口にする。
「政宗様。真田は……敵兵に討たれたのですか。あの場に真田を倒せるほどの兵がいたとは思えませぬが」
「俺を、庇って……鉄砲で撃たれた。亡骸はあの忍が運び去った」
「そんな事が……」
政宗の様子に合点がいった小十郎は後に続ける言葉が見つからず、そのまま政宗の後ろに下がった。

 それから暫く馬を走らせ、じきに小田原に差し掛かるといった辺りで前方から馬蹄の響く音が大量に聞こえてくる。
 馬を止め様子を窺っていると、豊臣の馬印である千成り瓢箪を描いた旗指物が見え始めた。豊臣軍の別動隊が動いていたようだ。豊臣秀吉の訃報を聞き、秀吉のもとへ向かっているのだろう。
 伊達軍と対峙し馬を止めたその一団の先頭の男は、抜き身の刀身を思わせる鋭い殺気を放っており、どこか悲愴感を漂わせている。
 その男は、石田三成と名乗った。
「斬られたくなければそこをどけ」
そう言うや否や、馬から降りると刀の柄に手を掛けた。
 しかしそこで引き下がる伊達軍ではない。政宗達も馬から降りると無言で刀を構える。
 そこでふと小十郎は違和感を覚えた。
 敵と対峙した際はいつも、自身の余裕の有無に関わらず英語を交えた軽口で相手を小馬鹿にするのが政宗の常套なのだ。それが全くないというのは、やはり政宗は幸村の死に対する動揺を多分に引き摺っているのだろう。
 刀の柄に手を掛けたまま三成が地を蹴った。
 小十郎は三成の半月状に弧を描く独特の居合いを辛うじて刀で跳ね返したが、肩を痛めている小十郎は続く斬撃を防ぎ切れず吹き飛ばされ、岩に叩きつけられる。
 それを見た政宗が斬りかかるも、一旦刀を鞘に収めた三成の目にも止まらぬ居合いに弾き返され、地面に叩き伏せられる結果となった。
「貴様らに係わり合っている暇などない。秀吉様のもとへ急がねば……!」
政宗に駆け寄る小十郎を尻目に三成は馬に跨ると政宗達が通ってきた道へと足早に駆け出し、残りの者もその後に続いた。
 立ち上がる気配のない政宗に小十郎は意識を失っているのかと思ったが、傍へ寄ってみるとその隻眼は開かれており、俯せのまま顔を横に向け何かを考えている様子だった。
「政宗様……?」
政宗は小十郎の姿を認めると寝返りを打つようにごろりと仰向けになる。
 己の右の掌を顔の上にかざして見つめると、ぽつりと呟いた。
「小十郎……刀が上手く握れねェ。俺ってこんな情けない奴だったか?」
「滅相もございません。色々と予測していない事態が重なり動揺されているだけにございましょう。さ、急ぎ奥州へ戻りまするぞ」
「そうだな……」
小十郎は政宗の肩をゆっくりと抱き起こした。
 それにしても――――小十郎は思う。
 政宗は歳若くして奥州を統べる立場だけあって滅多な事で弱みを見せるような人間ではない。小十郎は政宗の幼少の頃から仕えてきたが、これまで不平不満の類は多々あれど泣き言など一度も聞いた事がなかったのだ。
 それ程に幸村の死が堪えているのだろう。
 幸村が奥州を訪れた際の二人の様子から、ただの好敵手といった間柄でない事は薄々勘付いていたものの、そこまで幸村が政宗の心を占めているとは思ってもみなかった。今の政宗の胸中を思うと、小十郎自身も胸が張り裂ける思いだった。



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