幸村の手を離れた槍が地面に落ちて跳ねる。眼前で赤い鉢巻が翻り、幸村が倒れていく。
「さな、だ……?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。倒れて動かない幸村を見て漸く自分を庇って撃たれたのだと理解した政宗は、途端に体中の血が凍てついていくような感覚を覚える。
「真田幸村ァァァ!!!」
幸村を抱え起こし強く揺すってみたもの、全く反応がない。
 幸村を撃った種子島に再び弾丸が込められたその時、飛来した大型の手裏剣が狙撃手の喉元を切り裂いた。
「戦の最中に何やってんの、独眼竜!って……え?真田の旦那……?」
手裏剣は佐助が放ったものだった。
 佐助が政宗の腕の中の幸村を認めると、
「俺を、庇って…………撃たれた」
絞り出すような声で政宗が答えた。
「真田の旦那!しっかりしてよ旦那!」
佐助が揺さ振るも、やはり幸村は動かない。
 いつも生気が満ち溢れていたその顔は今や血の気が引いて青褪めていた。
「竜の旦那、武田は今大変な事になってるんだ。悪いけど、引かせてもらうよ」
そう言うと佐助は幸村を抱えて姿を消した。

 政宗は無人の敵本陣の中で呆然と座り込んでいた。
 政宗は伊達軍の総大将だ。本来ならばすぐに戦列に戻らなければならない立場だったが、今の政宗に思考を巡らせる余裕はなかった。
 戦の喧騒も今の政宗の耳には入らない。
――――真田幸村が、死んだ……?
傍らに落ちている幸村の槍を見る。これまで幾度も政宗の刀と鎬を削ってきたその槍が、今は無造作に打ち捨てられていた。
 あの幸村が、こんな呆気なく死ぬ筈がない。俄かには信じられなかった。信じたくなかった。
 しかし政宗は銃弾が幸村の胸に命中するのを確かに見たのだ。それに幸村の倒れた場所に出来た血溜まり。状況を鑑みると、絶望的だった。
 と、そこへ息を切らせた小十郎が駆け込んできた。
「政宗様!撤退のご命令を!」
武田兵が全て撤退し、豊臣軍に数で劣る伊達軍は苦戦を強いられており、今や戦局は明らかに伊達軍が不利だった。
「武田の急な撤退の仔細はわかり兼ねますが、ここは退くべきかと。……政宗様?」
政宗の目は小十郎に向けられてはいるものの、どこか心ここに在らずといった面持ちで、普段の覇気が全く感じられない。
「小十郎……刀が……握れねェ……」
そう呟いた政宗の手は震えていた。
 同時にここへ乗り込んだ筈の幸村の姿がない事が今の政宗の様子に関係しているのだろうと小十郎は察したが、今はそれを質すより自軍を撤退させる事が先決だ。小十郎自身も肩に傷を負っていた。
「政宗様!軍を全滅させるおつもりか!」
小十郎の厳しい言葉に我に返った政宗が撤退を了承すると、小十郎は即座に伊達軍全兵に指示を飛ばした。



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