伊達軍を率いた政宗が甲斐へ入ったのは、豊臣挙兵の一報がもたらされてから数日後の夜だった。
 前回政宗が同盟の締結で甲斐を訪れた時の平穏な雰囲気とは打って変わり、武田屋敷は物々しく警護され、彼方此方で焚かれた篝火が本来闇である筈の空間を明明と照らしている。豊臣軍との戦を翌日に控えた兵卒達は慌しく行き来し、屋敷全体が合戦前の緊張感に包まれていた。
 軍儀の間では幸村をはじめとする武田の重臣と信玄が地図を中心に車座になって会談している。
 攻め来る豊臣軍を迎え撃つ事となった武田陣営だが、集めても豊臣の膨大な兵の半数にも満たない。そこで先日武田と同盟を結んだ伊達に武田から共闘の打診が入った。
 仮に豊臣が甲斐やその周辺国を落としたとすると、そのまま北上し奥州に行き当たるのは時間の問題だ。個々で迎え撃って消耗の激しい戦運びをするよりも国力の高い二軍が結集した方が勝算は桁違いに高い、というのが信玄の言だった。
 政宗は小十郎ら重臣との評議の末それに乗る事を決め、甲斐へ軍を率いてきたのだ。
 もっとも信玄の誘いの裏には過日の川中島のように途中で伊達軍に乱入されて戦局を乱されたくないという思惑もあったのだが。

 武田兵に案内されてきた政宗が信玄の向かいに腰を下ろし、その斜め後ろに小十郎が控える。
 政宗は信玄の傍らに座した幸村を一瞥するとほんの僅かに口角を上げ、控えめな動作で自分の口元を指差した。政宗が姿を見せてからじっと政宗を見ていた幸村は、政宗のその仕草で初めて自分の口がだらしなく開いていた事に気づき、慌てて表情を引き締める。
「よう参ったな、独眼竜よ。此度の参戦、礼を言うぞ」
「でかいPartyの誘いに乗らねェ手はねェさ」
「着いて早々ですまぬが、早速対豊臣軍の戦略についてじゃ」
「Just a minute!」
説明を始めようとした信玄の言葉を遮った政宗に一同の視線が集中する。
「言っておくが俺はアンタの駒にはならねェぜ」
「……どういう意味じゃ」
「Partyに乗るとは言ったが、武田の指揮下に入るつもりはねェってこった。たとえ一時的にでも、だ。You see?ウチはウチで勝手にやるぜ」
 政宗が言い放った内容に、その場にいた小十郎以外の全員が色を失った。伊達軍が独自で動くとなると、先程まで話し合って立てた戦略が意味を為さなくなるのだ。
「ではどう動く」
「開戦と同時に敵陣に斬り込む。豊臣なんざ兵力が大きいだけで寄せ集めの烏合の衆だ。大将首さえ落としゃ後は瓦解するだけだろ」
「確かに兵は無理矢理徴兵された者ばかりと聞くが、油断は禁物ぞ独眼竜よ。かなりの策士であった副将の竹中は病で没したが、かの徳川軍は今や豊臣方についておる。先陣は一番の危険を伴うぞ」
「Ha, 派手なPartyになりそうで何よりだぜ。危険を怖れてちゃ戦なんざ出来ねェよ。フォローは任せたぜ」
「あいわかった。危険を恐れぬその意気や良し!そうまで言うなら好きなようにやってみるが良い」
「しかしお館様!」
それまで黙って二人のやりとりを聞いていた幸村がそこで初めて口を挟んだ。
「この戦は甲斐の民や土地を守らんとする為のもの!それの先陣を他軍に任せるなど、」
「Shut it up, 真田幸村。大将同士の話に口出しすんじゃねェ」
「…………!」
「幸村よ、ここは彼奴の言うとおりじゃ。退くが良い」
「俺の話はこれで終わりだ、俺らは先に休ませてもらうぜ」
 政宗は小十郎を促して退室した。
 政宗は幸村の発言に聞く耳も持たず、その事に幸村は一抹の淋しさを覚える。
 そして先程信玄相手に堂々と自分の意見を押し通した様を思い起こし、やはり自分と歳が近くとも政宗は一国の主なのだと、今更ながらに痛感した。それに比べて自分は――――。
「彼奴もなかなか食えぬ男よ。のう幸村」
信玄にいきなり話を振られ、我に返る。
「お館様、恐れながらこの幸村、お願いしたき儀がございます」
幸村は信玄に向き直り深々と頭を下げると、意を決して信玄にある申し出をした。



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