政宗殿、と幸村が口を開きかけたその時、政宗は腰に装着した六爪を一気に引き抜いた。
「やっぱコレじゃなきゃな。さァ真田幸村、構えろ」
「ま、政宗殿?」
「雪辱を果たせなかった責任……取ってもらうぜ」
竜の爪と呼ばれる六本の刀には電流が迸り、政宗の闘気がちりちりと伝わってくる。
 幸村は二槍を構えた。言葉より刃の方が気持ちを伝え合える、そう思ったのである。
「それは此方の台詞でござる!……では、いざ尋常に!」
槍先を政宗に向け、勝負ぁあ!と叫ぶと同時に槍を振り下ろした。政宗はそれを左手の三本の刀で受け止め、右手で斬りかかる。
 暫くそうして打ち合っていたが、幸村の槍を右手で受けた瞬間政宗の手首に激痛が走り、刀を弾かれた。三本の刀が背後の地面に突き刺さる。
 そして不意に政宗がよろめき、膝をついた。体がまだ回復しきらぬうちにここまで来ていたのだ。額には汗が滲んでいる。
「政宗殿!」
幸村は慌てて駆け寄り手を差し伸べたが、政宗はそれを払い除け、膝に手をかけ自力で立ち上がる。
 ざまァねェな、と自嘲気味に笑うと刀を収めた。
「政宗殿……政宗殿はもう、某を『幸村』と呼んではくださらぬのか……」
幸村は力なく呟いた。
「言ったろ、アンタとはもう終わりだ、ってな」
「貴殿はまこと身勝手でござるな!」
幸村は拳を握り締め、突然声を荒げた。
「な、なンだよ急に……誰が我儘だよ」
「政宗殿にござる!政宗殿は身勝手でござる!さぞや片倉殿に甘やかされておるのであろうな!そんな身勝手な御仁が奥州筆頭とは片腹痛し!」
「喧嘩売ってンのかァ!?俺のどこが身勝手だッてンだよ!」
身に覚えのない中傷に腹を立てた政宗は、幸村の襟首を掴み上げ、至近距離で睨み合う。
「貴殿は某といるとつらいと申された。だから一緒にいたくないと」
「あァ言ったさ。だからもうアンタとは、」
「では某の気持ちはどうなるのだ!某は政宗殿と一緒にいられぬとつらいのだぞ!」
「ちょっ、なンだよそれ」
幸村の目から大粒の涙が零れ始める。
 政宗はその様子に困惑し、幸村の襟を掴む手を緩め、そして離した。
「……幸村」
「貴殿は某といるとつらいと言い、某ともう会わぬと申される。某が貴殿に会えぬとつらいという気持ちは丸ごと無視ではないか。
 それを我儘と言わずして何と言う!だいたい貴殿は、……………………あ!!!!!」
「な、なンだよ」
「今……今、『幸村』と」
「!」
――――しまった、つい癖で。
幸村は両の拳で涙を拭った。
「少しは、その、期待しても良いのでござろうか」
「…………」
尚も涙で潤む双眸に真っ直ぐ見つめられ、政宗は突っ撥ねる事が出来なかった。
「政宗殿は、某の事がお嫌いか」
「……嫌いじゃァ、ねェ」
「では好きと!?」
「あーもう、なンでそンな短絡的なンだよアンタは!」
そう言われ幸村はしゅんとしょげる。先ほど大仏殿で見せた気迫が嘘のようだ。
 政宗は大きく溜息をつき、こう切り出した。
「正直に言うが、アンタの事が嫌いになった訳じゃねェ。むしろ好きだ。でもな、」
「政宗殿!今、『好き』と」
「最後まで聞けよ!いいか幸村、」
「またしても!『幸村』と」
「最後まで聞けッつッたろーがァ!ッたく、アンタの方がよっぽど身勝手じゃねェか!」
 そこまで言ったところで政宗は可笑しさが込み上げ、笑い出した。つられて幸村も笑い出し、二人で一頻り声を出して笑った。

「ッたく、調子狂うぜ。つーか、いつもの調子じゃねェか」
「政宗殿……」
幸村は、政宗の背中にそっと手を回し、政宗をふわりとその腕に包み込む。
――――やっぱり、心地いいな、アンタの腕は……。
久しぶりに感じるその温もりに政宗は暫し恍然とした。
「こんな、汚れちまッた俺で……いいのかよ……?」
「何を申されるか。政宗殿はどこも汚れてなどおらぬ。これまでもこれからも某には政宗殿しか考えられぬ」
「幸村……」
 二人は唇を重ねた。浅い口付けを繰り返した後、政宗の頬や耳の下、顎に口付け、顔を離す。
 そして暫く無言で見つめ合っていた。
 政宗を見つめる幸村の目は、どこまでも真っ直ぐで。やっぱアンタは俺が惚れた男だ、と改めて納得した政宗は、沈黙を破った。
「でもな、すまねェ。アンタがそう言ってくれンのは嬉しいが、やっぱり駄目だ。どうしても。俺ァ自分で自分が許せねェンだ。わかってくれ、幸村」
「政宗殿、しかし、」
「今は……時間をくれ。何年か経って、それでもまだ俺を想っててくれてたら、俺に会いに来てくれ。気が変わってたら来なくていい。自分勝手な頼みだって事ァわかってる。だが、納得してくれ幸村」
幸村は暫し逡巡する。
「政宗殿……承知致した。これで終わりでないと申されるなら、某は政宗殿の気持ちを尊重致す。だが今は、今暫くはこのままでいさせてくだされ……!」
そう言って幸村は、政宗をきつく抱き締めた。
 


 そんな二人を、物陰から見守っている二つの影があった。
「ね、『喧嘩するほど仲が良い』て言葉あるでしょ?あれってあの二人の為にあるような言葉だと思わない?」
「俺も同じ事を考えていたところだ」
「お!気が合うねー。ていうかさ、そろそろ迎えに行った方が良くない?なんか放っておいたらずっと抱き合ってそうなんだけどあの人達」
「そうだな、そろそろ行くか。猿飛、今回は色々と世話になったな。礼を言うぜ」
――――真田、お前もな。
「じゃ真田の旦那に給料上げてくれるように右目の旦那から頼んでみてくんない?今回俺様只働きなんだよね」
「気が向いたらな。じゃ行くぞ」




 そうして、政宗と小十郎は奥州へ、幸村と佐助は甲斐へと戻って行った。


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