政宗は布団の上で半身を起こしたまま無言で、自身の右手首に巻かれた包帯を見ている。幸村はその傍らに腰を下ろした。
「政宗殿、お加減は如何か」
「もう何ともねェ。こないだはすまなかったな。……じゃ帰ンな」
素気なく帰りを促す政宗に、幸村は深々と頭を下げた。
「政宗殿、申し訳ござらん!!」
「なンだいきなり。頭下げられるような事された覚えはねェ」
幸村は頭を上げ真っ直ぐ政宗を見たが、政宗は幸村を見ようとしない。その様子にもどかしさを感じるが、構わず言葉を続けた。
「某はあの時、頭が真っ白になり何も言えず…しかし、政宗殿に何があろうとも、某の政宗殿を想う気持ちは変わらぬ!」
「……俺は、松永に……わかってンだろ……」
「何があろうと、と申した筈!某はその様な事は気にせぬ故、政宗殿も忘れられよ。
 さすればこれまでどおりの関係でいられる筈。某は決して終わりなどとは認めぬ!」
幸村は自分の思っている事をそのまま伝えたのだが、その言葉は今の政宗にとって余りにも残酷で、それまで感情を押し殺していた政宗をひどく苛立たせた。
 政宗は幸村に向き直り、激昂してこう言った。
「Damn it…!黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって…!『その様な事』だ?『忘れろ』だァ?簡単に言ってくれるぜ。俺がどんな屈辱を受けたか…あの数日間、俺は鎖に繋がれたままあのクソ野郎に体弄られたんだぜ!何度も何度も!なンならあの野郎がどういう風に俺を犯したか、詳しく説明してやろうか!?あァ?」
政宗の左眼には涙が滲んでいる。
 幸村は動揺した。政宗がこれ程までに取り乱す姿を見るのは初めてだった。
 そして、予想はついていた事だったが、改めて政宗本人の口から陵辱の事実を聞かされる衝撃は、容赦なく幸村を打ちのめした。
「……わかったら帰ンな。もう二度と会う事もねェ」
しかしここで帰っては来た意味がない。幸村は食い下がった。
「軽率な言動はお詫び致す……しかし、政宗殿は某を嫌いになった訳ではなかろう!ならば、」
「つれェンだ」
「……?」
「わかれよ!アンタといると余計つれェンだ!金輪際一緒にいたくねェンだよ!!とっとと帰りやがれ!!」
「政宗殿……」
政宗は立ち上がると、襖を開け、家臣を呼んだ。
「客人のお帰りだ。追い出せ」
幸村は、政宗の家臣に促され、仕方なく屋敷を後にした。

 政宗は布団に座り、膝を抱え、これまでの幸村と過ごした時間に思いを馳せる。
 捻くれた性格故にわざと突き放す事もあったが、幸村と一緒にいる時間は、政宗にとってこの世のどんな至宝より貴重なものだった。
 政宗殿政宗殿とうるさいくらいに自分の名を呼び、屈託なく笑う。その笑顔の眩しさに、どうしようもなく惹かれていた。
 だが、もうその笑顔を見る事は叶わない。
――――これでいいンだ。
――――汚れちまった俺は、アンタの隣にゃいられねェ。
政宗が声を殺して泣いていると、部屋の外から小十郎に呼び掛けられた。
 慌てて袖で顔を拭い、入室を許可する。
「政宗様……真田は帰ったようですが……」
そう言って小十郎が傍らに膝をついた途端、政宗は小十郎にしがみつき、再び声を殺して泣いた。
 小十郎は面食らったが、政宗の頭を撫で、こう言った。
「政宗様、この小十郎に遠慮は無用。泣きたい時は、我慢なさらずお泣きになれば良いのですぞ」
政宗は、その言葉を契機に声を上げて泣き始めた。
 これまでどんなつらい事があっても涙一つ見せなかった政宗が、今、子供のように泣きじゃくっている。小十郎は改めて政宗の幸村への想いの深さを思い知ると同時に、松永久秀への憎悪が湧き上がった。
――――あの野郎、ただじゃおかねえ。
政宗を抱き締め、背中をさする。
 暫くそうしていると、漸く泣き止んだ政宗が顔を上げた。
「……恥ずかしいとこ、見せちまったな……」
その充血した左眼に小十郎は心を痛めた。
「何を仰います。ご幼少の砌はよくこうやってお宥めしてさしあげたものですぞ。懐かしゅうございますな」
「ちっちぇェ頃と一緒にすンじゃねェよ。てか、大泣きしたらスッキリして腹が減ったぜ」
いつもと変わらぬ様に振舞う主に安堵しつつも、その内心は未だ憂いに満ちているのを小十郎は知っていたが、それについて言及する事はしなかった。
 主がこれから何をせんとしているのかはわかっている。自分はただそれに従うのみだ。
「では、腹拵えを済ませたらすぐに参りましょう。大仏殿へ」
「Alright!」


   次へ  戻る







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -