幸村は上田に戻ってからも、何も手につかないでいた。宙に向けられた視線は何も見てはおらず、脳裡に浮かぶのは政宗の事ばかり。
 政宗の肌に散った、紅い痕――――それは口をつけて吸わねばできないものだと幸村は知っていた。
 そして手首の枷の痕。
 自分に抱かれる政宗を想起し、それを他の男がしたと思うだけで――――体の自由を奪われ弄ばれる政宗を想像するだけで、気が狂いそうだった。

 政宗の言葉を思い起こす。

『もうアンタとは終わりだ』

決して終わりになどしたくはない。だがあの時、何を言えば良いのか、どうすれば良いのか皆目わからなかった。
 今に至っても尚、自分がどうするべきなのかわからない。

『――――じゃあな、真田…幸村』

いつもなら自分と別れる時は「またな」と言い、自分の事は「幸村」と呼んでくれていた。それを思うと哀しくて仕方なかった。
 知らず知らずのうちに、幸村の目から涙が溢れていた。



「あらら。旦那、泣いちゃってんの」
気づくと横に佐助が立っていた。幸村は慌てて目を拭う。
「まぁね…そりゃ泣きたくもなるよね…」
この勘の鋭い忍は、主と政宗の態度から、薄々勘付いているようだ。
「佐助、放っておいてくれ」
幸村は背を向けたが、佐助は構わず続ける。
「放っとけないよ。主がそんなんじゃ困るよ。いつもの旦那に戻ってくんないとさー」
「煩い!お主に俺の何がわかるというのだ!」
「俺様にわかるワケないじゃん、恋人寝取られた気持ちなんて」
「なっ…!」
幸村の顔に怒りが浮かんだが、佐助は尚も続けた。
「でもさ、竜の旦那は流石だよね。普通だったら何日も監禁されて陵辱されたらさ、気が触れてもおかしくないよ?
 たった独りで、相当心細かっただろうね。なのに出て来た時いつもどおり気丈に振舞って…普通できないって絶対。やっぱ奥州全土を背負ってるだけあって、覚悟が違うんだろうね。何もせずにうじうじしてる旦那とは大違いだよ」
「…………!!!」
そこで幸村は思い至る。あれからというもの、自分の事ばかり考え、政宗の気持ちなど考えた事もなかったという事に。
 終わりだと言った時、政宗の肩が震えてはいなかったか。
 じゃあなと言った時、政宗の声が震えてはいなかったか。
――――政宗殿、某は……!
「佐助!奥州へ行って参る!」
「へへっ、そう来なくっちゃ。ほんっと世話が焼けるんだから」
幸村は取るものも取り敢えず上田を発った。政宗はきっと自分を待っているに違いないと、そう信じて。





「政宗様……」
小十郎は政宗を窺った。政宗は暫く考えた末、口を開いた。
「いっぺん会っとく必要があるのかもな……。ここへ通せ。小十郎、すまねェがちっと外してくれるか」
「御意」
小十郎はそう言うと部屋を後にし、間をおいて幸村が入ってきた。


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