その日の夕餉の席は政宗の意向でそのまま酒盛りへと移行し、武将も雑兵も入り乱れて盃を酌み交わしていた。
 幸村も盃を呷るが、上等なものであるらしいその酒の味など全くわからない。幸村の頭の中はもう政宗を抱く事で一杯だった。
 勿論その行為自体が目的な訳ではないが、折角遠路遥々奥州までやって来たのだから一夜でも肌を合わせたいと思うのは無理もない。
 昨夜も今日の昼の川原でも遂げる事叶わず、結局今この時まで接吻一つ交わせていないのだ。
 明日になれば上田へ帰らなければならず、今夜しかその機会は残されていない。
 あの時無理矢理にでも押し倒しておけば良かった、いやどうせなら佐助に眠り薬や痺れ薬の一つでも貰ってくれば良かった、いっそこれから政宗を掻っ攫ってどこぞに立て篭もってしまおうか、などと物騒な思いを巡らせていると、いつの間にか隣に来ていた政宗が幸村の肩に手をかけ、そっと耳打ちする。
「俺ァもう部屋へ下がるから……後で来い」
「し、しかし、片倉殿は」
「アイツ下戸だから、ほれ」
 政宗が親指で指した方を見遣ると、小十郎は手に盃を持ったままうつらうつらと舟を漕いでいた。
 政宗はとびきり強い酒を小十郎の盃に注ぎ「俺の酌が飲めねェってのかァ?」と半ば強制的に飲ませていたのだった。
「待ってるぜ、真田幸村」
「心得申した、政宗殿」
艶を含んだ笑顔を見せた政宗に、幸村は力強く頷き返す。
――――やりましたぞ、お館様……!
 政宗が中座した後の部屋では突然上がった幸村の雄叫びに伊達軍の面々が度肝を抜かれていたが、小十郎は目を覚ます様子はなかった。



 政宗の部屋の前まで来た幸村は周囲に人気のないのを確認すると、襖の外から小声で呼び掛ける。
「政宗殿。真田幸村、参りましてございます」
しかし返事はない。
 襖の隙間からは灯りが漏れ、中に人の気配はあるものの、いくら待てども返事は返って来なかった。
 少し逡巡したのち薄く襖を開けて中を窺ってみると、そこには横たわる政宗の姿があった。幸村は不安を覚えつつもここで引き下がる訳にもいかず、そっと素早く中に入って襖を閉めた。
「政宗殿」
再度呼び掛けてみるもやはり返事はなく、微動だにしない。
 にじり寄ってみると政宗は眠っていた。
 長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳は今は閉じられ、薄く開いた形の良い唇からは規則的に寝息が漏れている。
 油皿の淡い橙色の灯りに照らされた政宗の寝顔は、幸村の目には一幅の絵画のように現実離れして映った。幸村は本来の目的を忘れ、惚けたように政宗の寝顔に見入っていた。

 やがて半刻ほど経ち、政宗がうっすらと目を開けると視界一杯に幸村の顔があった。
「うわっ!」
「ぬおっ!」
政宗が驚いて飛び起きると、幸村もつられて驚いて仰け反った。
「驚かすな!ってなんでアンタまで吃驚してんだよ。……俺、寝ちまってたんだな……」
「少なくとも某が参ってから半刻は眠っておられました」
「Oooops!そんな飲んだ覚えはねェんだがな。つーか来てたんなら起こせよ」
「それが、その……、政宗殿の寝顔があまりに綺麗で、恥ずかしながら某、見惚れておりました次第」
「Haaaan!? 綺麗って?俺が?……No kidding!俺ァこのとおり片目の片端だぜ。からかってんのか」
「からかうなどとんでもない!某は政宗殿を片端などと思うた事は一度たりともございませぬ!」
なんならこの腹かっ捌いてお見せしても、とまでむきになって否定する幸村を
「わかったから落ち着け」
と宥めてみたものの、幸村の勢いは止まらなかった。
「某の政宗殿を貶めるような言辞はたとえ本人と言えど聞き捨てなりませぬ!政宗殿はどこも欠けてなどおりませぬ。
 この日本一の兵である真田源二郎幸村の好敵手にして、こ、こ、こ、」
「こ、なんだよ?」
「言えぬぁ!恋人などと破廉恥な!」
「言ってんじゃねェか、思いっきり」
肝心なところでこの有様だ。
 しかし政宗はその矛盾した言動を笑いつつも、幸村の言葉が嬉しかった。本当に自分で片端だなどと思っている訳ではなかったが、それを全力で否定する幸村の姿勢がたまらなく嬉しかったのだ。
「と、とにかく、政宗殿は見目麗しくその上男っぷりも上々で……某はもう政宗殿に夢中でござる。虜なのでござる」
「だったらアンタも俺をアンタに夢中にさせてみやがれ、真田幸村。寝顔見る為にわざわざ来たんじゃねェだろ?」
ほんとはとっくに夢中なんだがな、と心中で呟きながら政宗は幸村にしな垂れ掛かり、腕を幸村の首に回す。
「喰らいに来たんだろ……この独眼竜をよ」
上目遣いに幸村を見つめる政宗の目はひどく扇情的で、幸村はたちまち下半身に血が集中するのを感じた。
「無論、余す所なく喰らい尽くす所存」
幸村は政宗を掻き抱くと咬み付かんばかりの勢いで政宗の唇に貪りつき、そのまま夜具の上に政宗を押し倒した。

 抑圧されていた欲情は一旦箍が外れると留まる事を知らず、幸村はただ荒々しく政宗を求め、政宗もそれに応えた。
 夜が明ければ幸村は奥州を発たねばならない。
 二人は明け方近くまで互いを求め合った。





 翌朝、幸村は奥州を発った。
 周辺国の情勢が安定しない今、次の約束など到底交わせる筈もなく、政宗は表面上は努めて平静を装っていたものの内心は身を裂かれる思いで幸村を見送り、幸村もまた同じ思いで伊達屋敷を後にした。




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