翌日、二人で連れ立って遠乗りに出掛けた政宗と幸村は、険しい山道を馬で駆けていた。
 小十郎は大いに不服そうだったが、自分から好きにして良いと言った手前反対も出来ず、不承不承送り出したのだった。
「Heavyなとこ通るが、しっかりついて来いよ」
そう言って政宗は林間を駆け抜け、崖を駆け下りる。
 とても道とは呼べぬ場所を高速で駆け抜ける政宗に、ただでさえそこを通るのが初めての幸村はついて行くだけで精一杯だった。余程馬術に長けた者でなければ到底通る事さえ出来ないだろう。
 そんな悪路を手綱も持たず腕組みしてよく馬に乗れるものだと感心しながら幸村が政宗の後を走っていると、
「着いたぜ」
と政宗が馬を下りる。
 馬を木に繋ぎ、政宗の視線の先を見遣るとそこには太陽光を反射して煌く緑青の水面があった。大小様々な形の岩々の間を、四間ほどの幅の川が流れているのだった。
「たまに気晴らしに来るんだが、人を連れて来たのは初めてだ。もっとも、ここまでついて来られる奴なんてそうそういねェだろうが」
そう言って政宗は白い歯を見せて笑った。
 という事は少しは政宗にとって自分は特別な存在だと思ってもらえているのだろうか、と幸村は嬉しくなった。

 奥州の夏は短いとはいえまだまだ残暑は厳しく、幸村がいるせいかこの日は真夏のように暑かった。
 川の水に足を浸してみると汗ばんだ素肌にひんやりと心地良く、折角だから泳ごうぜという政宗の言葉に幸村は一も二もなく同意した。

 川べりの数歩先から急に深くなるその川は泳ぐのに適しており、二人は潜る深さを競ったり切り立った大きな岩から飛び込んだりと、日常を忘れて遊び耽った。
 日常といえば政宗は政務に明け暮れる毎日で幸村もまた武田の家臣としての務めがあり、それ以外は戦だ。
 二人にとってこんなに羽を伸ばすのは本当に久方ぶりの事だった。


「部屋の前に片倉殿がいるのに夜這いに誘うとは、貴殿も人が悪うございます」
泳ぎ疲れた二人は足先だけを川に浸け、並んで岩に腰掛けていた。
「そう言うなって。俺だってまさか小十郎が見張ってるなんて思いもしなかったんだから」
「普段は見張ってはおられないと?」
「ああ。武田の遣いが来てるってんで万が一アンタが俺の命を狙うような事があっちゃいけねェと思ったのかもしれねェな」
「某は信用されておらぬのでござるな」
「ま、念には念を入れるタイプだからな。つーか過保護すぎんだよアイツは」
「そう仰らずに。片倉殿は政宗殿の身を心底案じておられるのでございましょう。それは貴殿が一番ご存知の筈」
「それは……そうだが」
「そういう御仁が政宗殿の傍に控えておられるというのは、某も安心でござる。某が近くにおらぬ時でも某の政宗殿を守っていただける故」
「……おい。『某の』って何だよ。俺はアンタのモンになった覚えはねェぞ」
「某が勝手に思っているだけ故、お気になさらず。……それより」
幸村は政宗の腰に腕を回し引き寄せる。
「やっと、二人きりになれたのでござる。政宗殿……」
「ま、待てよ、こんな所で」
「他に誰もおりませぬ」
 実は政宗は先程から何かに見られているような視線を感じていた。しかし幸村の言うようにこのような秘境に辿り着ける者は他にいないだろう。
 気のせいだと思う事にした。
「この幸村、昨夜は政宗殿に触れる事も叶わず殆ど眠れませなんだ」
幸村はもう片方の手を政宗の頬に添えると、政宗に顔を近づける。
 唇が触れそうになり、政宗がその隻眼を閉じようとした瞬間、川面に信じられないものを見つけた。
 鼻先から上だけを水面から出したその得体の知れぬものは、頭頂の丸い皿の周りに藻のような毛が垂れ下がり、その毛の隙間から二つの目がこちらを見ていたのである。
「か、河童だァァァァ!!」
幸村を突き飛ばして政宗が叫ぶ。
 しかし驚いた幸村が川面を見た時は既に姿を消していた。
「政宗殿。童でもあるまいに、某はそのような手は食いませぬぞ」
「違うって!本当にいたんだよ!!」
「政宗殿がそういった類の冗談を好まれるとは意外にござる」
「……Damn it!信じねェんなら見せてやるぜ」
信じようとしない幸村に業を煮やし政宗は掌を上に向ける。
 バチバチと何かが爆ぜる音がしたかと思うと見る見るうちに掌の上に電光が収束し、一抱えはあろう程の大きな雷の塊が出来た。
「こそこそしねェで出てきやがれ!UNARMED HELL DRAGON!」
政宗が雷球を川面に叩きつけると大きな水飛沫が上がり、川全体に電流が走った後、ぷかりと何かが浮かび上がってきた。
 先程の河童だった。
 ざぶざぶと川に分け入り河童の首根を掴んで持ち上げ、政宗はしたり顔で河童を幸村の鼻先へ突き出した。
「ほら見ろ!本当にいただろ!……でコイツどうするよ。上田に首持って帰るか?」
 幸村は目を疑った。
 まさかそんな昔話に出て来るような物の怪が実際に存在し、しかも自分が出くわそうとは思ってもみなかったのだ。
 しかし政宗の捕らえた生物はどこからどう見ても河童であり、政宗の電撃をくらったせいで今は力なく項垂れている。
 河童にしてみれば、このような秘境にまさか人間がやって来るとは思いもしなかったのかもしれない。幸村はそんな河童が少し気の毒になった。
「政宗殿の尻子玉を狙うとは不届千万!しかし本人も反省しておる様子。河童の御印を頂戴しても仕方ありますまい、放してやっては如何でしょう」
「まァ河童は悪戯はしても悪さはしねェっていうからな。おい、もう行っていいぞ」
政宗に開放された河童は這う這うの体で逃げて行った。
「政宗殿の言葉を信じようとせず……申し訳ございませぬ」
「わかればいいさ。それよりもう日が暮れそうだ、そろそろ帰らねェと小十郎が心配しすぎてハゲちまう」
 折角二人きりになれたというのに抱く事はおろか接吻すらできず仕舞いとは。
 さっさと服を着始めた政宗を内心歯痒く思いつつも、幸村もそれに倣った。
 幸村の仕度が整う前に「早くしねェと置いてくぞ」と馬で駆け出した政宗を追おうと幸村が乗馬すると、何かぬめったものが足を引っ張った。下を見ると、ところどころ焦げた先程の河童が小さな包みを差し出している。
 見逃してくれた礼に、とその何かをくれるらしい。受け取って礼を言うと幸村は慌てて政宗の後を追った。



   次へ   戻る







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -