幸村は、闇に浮かび上がる青白い光を見ていた。
 政宗が刀を振るうたび、稲妻がほとばしる。その剣圧は空気を斬り裂き、残響が幸村の耳朶を震わせる。
 電流を帯びた刀身が政宗の端整な横顔と散る汗をを仄白く照らしている。その幽玄な雰囲気に、政宗がこの世のものではないような――――生者を彼岸へ誘う妖のような――――錯覚を覚える。
「Hey, 口が開いてンぞ」
刀の切っ先を鼻先に突きつけられ、そう言われて初めて政宗に見蕩れていた事に気づく。
「あ、いや……もう用は済まされたか」
「とっくにな。手持ち無沙汰なモンでちっと稽古してた」
奥州に来た幸村と政宗が夕餉の席で歓談していたところを、伊達の家臣に政宗が呼ばれ、政宗が中座する事となり、幸村はその間に湯を呼ばれた。
 湯殿から戻ると政宗がおらず、庭先まで探しに出ると、政宗は刀の稽古をしていたのだった。
「どうした、ぼーっとしやがって。のぼせたか?」
「政宗殿になら、連れて行かれても良いかと……思ってしまい申した」
「?」
小首を傾げる政宗に、先程思った事を伝える。
「なんだそりゃ。俺は物の怪かよ。随分な言い草だな」
「そうではござらぬ。政宗殿が、あまりにも……美しかったのでござる」
「Ha!男が美しいなんて言われても嬉しかねェよ。ま、ウチと武田が戦にでもなりゃそン時ゃアンタの首は俺が獲ってやるから安心しな」
「それは御免こうむりたく」
そう言って力なく笑う幸村に、政宗は違和感を覚えた。
 普段の幸村なら間違いなく言い返してきて手合わせする羽目になる筈である。
湯を浴びたばかりで汗をかくのが憚られるのかとも思ったが、そう言えばこの屋敷へ来た当初から元気がない様子だった。
 汗を流したら訊いてみるか、と政宗は幸村を部屋に下がらせ、湯殿へと向かった。


 湯上がりの政宗が冷酒を手に部屋に戻ると、幸村は部屋に灯りを燈さず、障子を開け放って縁側に座り夜空を見ていた。心ここに在らずといった面持ちである。
「よォ。月見酒と洒落込むか?」
政宗は幸村の傍らに腰を下ろした。
 下弦の月の明かりは心許なかったが、酒を呑むには充分だった。
 互いに何も言わず、ただ黙々と酒を呑む。虫の鳴き声だけが間断なく聴こえていた。

政宗が盃の酒に映った月を見ていたその時、出し抜けに幸村が胸にしがみついてきた。
「……っ!」
盃から酒が零れる。
政宗は幸村の勢いに後ろへ倒れ込みそうになるが、咄嗟に盃を持っていない方の手を後ろにつき、それを制した。
「政宗殿……すまぬが、暫し……このままで」
幸村の声は震えていた。
 政宗は盃を床に置き、空いた手で、髪を梳くようにその頭を撫でてやる。
 肩も震えていた。幸村は声を殺して泣いていた。政宗は何も言わず、ただ幼子をあやすように背中を撫でる。

 暫くそうしていると、漸く落ち着いた幸村は、訥々と語り始めた。
「先日の、戦の折に――――」
戦のさなか、幸村の部隊は敵の伏兵の挟み撃ちに遭い窮地に立たされた。
部隊の中の数人が命懸けで突破口を開き全滅を免れたが、その数人は命を落としたのだと言う。
「某が不甲斐ないばかりに……!」
「風蕭蕭として易水寒く、壯士一たび去りて復た還らず――――か」
政宗はそう呟いて幸村の肩を押し体を離させると、傾いていた背中を起こした。
後ろについていた手の痺れが限界だった。
「甘っちょれェなァ、アンタは」
その言葉に幸村は顔を上げる。
「ぬるい事言ってんじゃねェよ。戦してンだろ。人が死ぬのは仕方ねェ」
「某は……その様には割り切れぬ。頭ではわかっているつもりでも、やはりつろうござる」
膝の上で握り締めた幸村の拳は震えている。
「アンタだって戦に出れば敵兵殺すだろ。アンタが殺した奴だって同じだ」
「…………」
幸村は何も言い返せず、政宗から目を逸らし黙り込む。その様子に苛立ちを覚えた政宗は、その襟首を掴み上げた。
「割り切れよ!それが出来なきゃ次に死ぬのはアンタだ!」
「貴殿のような達観した御仁に某の気持ちはわからぬ!」
幸村は政宗を睨み返し、その手首を掴み引き剥がす。
 政宗は大きく溜息をつくと、少し間を置いてこう言った。
「俺とアンタじゃ、そもそも立場ってモンが違う」
その言葉に幸村は、目の前の男が奥州筆頭という立場にある事に思い至る。自分は武田の一介の武将。しかし政宗は奥州全軍を率いる頭領なのである。
「俺の采配一つ狂えば数多の兵が死ぬんだ。俺のせいで。だから俺は、死んでった者全部背負って戦って戦って戦い抜く。それだけだ」
そう言って夜空を見上げた政宗の横顔に幸村は悲壮な覚悟を見た。
 そして、納得する。だからこの男には迷いがなく、揺るがない。
 隻眼の奥の光は冴え渡り、その色は一点の曇りもなく、どこまでも澄んでいる。
 途端に幸村は自分が恥ずかしくなった。
「政宗殿。お恥ずかしい所をお見せしてしまい申した。忘れてくだされ。いくら悩もうと某は武人でござる。
 死んだ者の分まで槍を振るう事しか……できぬのでござるな」
「Ha!わかりゃいいンだよ」
そう言って政宗は、酒が零れて空になった盃に再び酒を満たし、一気に呷った。

と、その時、夜空で一つ星が流れた。
「まっ、政宗殿!!ほほ、星が!!落ち申した!!」
いきなり素っ頓狂な大声をあげられ驚いた政宗が幸村を見遣ると、目を大きく見開き、何が起こったのか信じられないといった表情をしている。
「アンタ……もしかして箒星見るの、初めてか」
「ほ、ほうき???」
政宗は幸村に理解できるよう簡単に説明してやった。
「吉凶両方の俗信があるな。消える前に願い事を三回唱えられたら叶うだとか、人死にの前触れだとか」
「なんと……面妖な……」
「面妖じゃねェよ。古くは垂仁天皇の時代から目撃された記録が残ってる」
「然様でござったか……政宗殿は博識にござるな」
「箒星くらい知ってるのが普通だぜ?ま、アンタにゃ夜空を見上げるような風流は似合わねェか」
政宗が笑うと、幸村は政宗ににじり寄り、政宗の袖をぎゅっと掴む。
「ん?どうした」
「なにやら政宗殿が遠く感じる」
そう言って更に強く掴む。
「隣にいるじゃねェか」
「某は一介の武将だが、政宗殿は一国の主。某が寡聞にして知らぬ事を、政宗殿は沢山知っておられる。某は、」
「Stop. 野暮言うんじゃねェよ。そんな事言い出したらキリがねェ」
 すると幸村は突然政宗の両肩を掴み押し倒した。政宗の盃が弧を描いて床を転がり、地面に落ちて割れた。
 幸村は荒々しく唇を重ね、その噛み付くような激しい口付けに政宗は戸惑った。
「……っ!」
縁側の板間に押しつけられた背中が痛み、幸村の肩を押し返し上からどかせようとするが、幸村は政宗の両手首を一纏めに掴むと、政宗の頭上で床に押さえつける。
 政宗の膝の間に自身の足を割り入れ、足を無理矢理開かせ着物を肌蹴ると、引き千切るような勢いで下帯を剥ぎ取る。手首を掴んでいた手が離されると、政宗は直ぐに上半身を起こし幸村の肩を突き飛ばした。
「場所弁えろ!見張りのモンが通り掛かったらどうすンだ!」
「では、寝屋でなら良いのでござるな」
そう言うや否や政宗を抱き上げると、奥に敷かれた夜具に降ろした。後ろ手に障子を閉め、もどかしげに自身の着物を剥ぎ取る。
「……しょうがねェなァもう。来いよ幸村」
そう言って政宗も着物を脱いだ。
 幸村は政宗の足の間に膝をつくと、政宗の尻を持ち上げ、その孔に口をつけた。舌を差し入れ濡らすと、指で中をほぐす。
「うっ……ん……」
幸村は衝動を抑えられず、まだ充分にほぐれていないそこに幸村自身をあてがい、一気に貫いた。
「つっ!」
政宗の顔が痛みに歪む。幸村は構わず政宗の膝を抱え、自身を激しく突き立てる。
「政宗殿」
その端整な顔が苦痛と快楽に歪むのを、ただ見たかった。自分がそれを与える事で政宗との距離が縮まる気がした。
「政宗殿」
何度もその名を呼んだ。政宗が自分から離れていかないように。


「落ち着いたか?」
繋がったまま政宗に覆い被さっていた幸村は、その声で我に返り、自身をゆっくりと引き抜いた。
「……政宗殿……申し訳ござらん。痛みまするか」
「Don't worry. そんなヤワじゃねェよ」
「某は……政宗殿が急に遠くに感じられ、無性に淋しさを覚え……どうにかして政宗殿を某の傍に繋ぎ止めたかったのでござる」
切なげな表情をする幸村の頬に、政宗はそっと手を添える。
「地位や境涯なンざ今更気にしたって仕方ねェだろ。こうしてる時は俺もアンタもただの男だ。それでいいじゃねェか」
幸村は何も言わず、頬を撫でる政宗の手を取りその手に口づける。
「それでもさっきみたいに衝動が抑えらンねェ時は――――」
政宗は幸村の顔を引き寄せ、耳元でそっと囁いた。

「――――全部俺が受け止めてやるよ」

その言葉に幸村は感極まり、政宗を抱き締める。政宗は無言で抱き締め返す。

 気づけば政宗は幸村の腕の中で寝息を立てていた。そっと体を離し、隣に横になる。

 二人でいる時はただの男だ、と政宗は言った。
 しかし。
 政宗の寝顔を見つめながら、幸村は思う。
やはり――――遠い。組み伏せて抱いてみても、その距離は縮まらない。
 竜とは天翔けるもの。自分はそれに焦がれながらも地上から眺めるしかないのだろうか――――。

 それでも政宗は、こんな自分をこの憂いごと笑って受け止めてくれるのだろう。なら暫くはそれに甘えていたい。
 いつか、政宗と対等な男になれるまで。


 そしていつしか幸村も眠りの淵へ落ちていった。



2010.06.06

【後書】
身分違いの恋(笑)。
猪武者な幸村が、たまには悩むことがあってもいいかな、と。






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