夜空を彩る大輪の花々に漏れる溜息。少し遅れて響く炸裂音に鼓膜が揺らぐ。
「Holy shit……!見事なもんだな」
 窓際で、目を輝かせて夜空を見上げる政宗に、幸村の顔が自然と綻んだ。
 幸村の自室である。幸村は上田で執り行われる花火祭に政宗を招待し、政宗は多忙を極める政務にどうにか折り合いをつけ、先刻着いたところである。そして打ち上げが始まった花火を二人で見上げている。
 こうして二人でゆっくりとした時間を過ごせるのは実に数ヶ月ぶりのことだった。

「俺ばっか見てねェで、ちったァ花火も見ろよ」
 呆れたように言われ、そこで初めて幸村は自分が政宗に見惚れていたことに気づく。無理もない、と苦笑する。
 常より政宗は自身が平定した奥州の統治に忙しく、また幸村もここ最近は頻発する隣国との小競合いに忙殺されていた。互いに思うように時間が取れず、幸村は淋しさと不安の中で会いたい気持ちを募らせていた。
 漸く甲斐の情勢は落ち着きを取り戻し、幸村は駄目で元々のつもりで政宗を誘ってみた。相変わらず忙しいのは心得ていたが、派手で粋なものを好む政宗ならもしかしたら、という思惑もあった。思いがけず色好い返事がもらえた時は舞い上がって喜び、それ以来ずっとこの日を心待ちにしていたのである。
「政宗殿の横顔が、あまりに、その……綺麗で」
 幸村が正直に言うと、政宗は少しくすぐったそうに笑った。
 そっと手を伸ばし隣に座る政宗の手に触れると、軽く握り返される。暫くそうして手を繋ぎ、花火を見ていた。

 一箇所触れれば、もっと触れたくなるのが性である。花火が途切れるのを待って、幸村は握った政宗の手を引き寄せ、肩を抱き唇を重ねた。夢にまで見たその感触に頭の芯が痺れる。更に強く抱き寄せようとしたところでまた花火が上がり始め、その音で政宗はぱっと顔を上げた。
 政宗の顎に手をかけ自分に向かせ、再び口づけると、
「花火見てんだから後にしろよ」
 すぐに顔を離した政宗に素気なく言われ、幸村は一抹の淋しさを覚える。花火の色に照らされる政宗の横顔に、何やら置いていかれたような気がした。ずっと会えずにいて、想いを募らせていたのは己だけなのだろうか――――。
「花火と某とどちらが大事か」
「そういう問題じゃねェだろ」
「答えてくだされ」
「いや、あのな……大体アンタが花火見に来いっつったんだぜ」
「某は花火などより政宗殿を見ていとうござる」
「幸村」
 抱き締める腕の力が強くなってきたことに焦ったのか、咎めるように制するように幸村の名を呼んだ政宗の口を再び己の唇で塞ぐ。会話の合間にも繰り返していた軽い口づけより深く、抗弁の言葉をも飲み込もうとするかのようにその唇を貪った。
「花火が終わるまで、待てねェのかよっ」
 焦りにも似た衝動に突き動かされ、幸村は政宗をとうとう床に押し倒し、押し返そうとする手を掴んで抑えつけた。

 浴衣を脱がせるのももどかしく、はだけた衿から手を差し入れ、その肌をまさぐった。抵抗を止めた政宗の呼吸が早くなる。
 真夏夜だというのに政宗の肌はどこか冷たく、しっとりと汗ばんではいるもののひんやりとしている。己の体温が高いが為に政宗の体が冷たく感じられるのだということには思い至らず、この体温の差がそのまま互いの想いの強さの指標となっているような気がして、幸村は歯を噛み、引き千切るように下帯を剥ぎ取った。
「……政宗殿は卑怯でござる。いつ如何なる時も某を駆り立てるのは貴殿の方だというのに、貴殿はどこか冷めておられるように見受けられ申す」
 政宗は何か言おうとしたが、幸村が政宗の中心に触れると言葉を飲み込んだように息を詰めた。追い立てるように扱けば、荒い息遣いが耳元にかかる。張り詰めた政宗自身の先から零れる滴が幸村の手を濡らす。政宗の腕が縋りつくように幸村の肩に回される。促すように律動を早めると、その手が細かく震え、幸村の名を小さく呼んで政宗は果てた。
 政宗の潤んだ目に花火が映り、僅かな間の後に花火の爆ぜる音が鼓膜を揺らす。それに急き立てられるように幸村は掌に吐き出されたものを政宗の後ろに塗りつける。政宗は一瞬体を強張らせたが、何も言わず、されるがままになっていた。指先を滑り込ませていくと、中は殊の外熱かった。達した後すぐ呼吸を整える間も置かず与えられる刺激に低く呻き、幸村に擦り寄せる顔も火照りの為か熱い。気づけば互いの体温に差はない。少し心に安寧を取り戻した幸村はゆっくりと指の動きを進めていく。
 その時、夜空では一際大きな花火が上がり、殊更大きく響いた花火の音に、固く閉じられていた政宗の左目が開いた。目の前に幸村がいるというのにその視線は幸村を通り越し窓から見える夜空に向けられる。
 僅かに気に障った幸村は、政宗の萎えかけたそれを唐突に握った。
「……っ」
 浅い呼吸を不規則に繰り返していた政宗が息を飲み眉根を寄せる様子に少しだけ溜飲が下がる。嫌がる素振りは見せない。幸村は握る力を緩め、そろりと撫で上げた。政宗の内は新たに与えられる刺激にも反応し、幸村の指を締めつける。己の精で潤んだ熱い襞が収縮し幸村を誘う。逸る気持ちに押され幸村は指を引き抜いた。瞬間漏れる吐息もまた熱く、幸村を更に昂らせる。脚を抱え、己の濡れた切っ先をあてがうと、政宗の腕が伸びてきて肩に掴まる。ゆっくり腰を進め始めると、その指が肩に食い込んだ。
 先端を飲み込ませたところで様子を窺う。政宗は切なげに眉根を寄せ、小刻みに体を震わせている。それが快感によるものか、それとも苦痛によるものか、幸村にはよく分からない。幸村が得ている快楽が、独り善がりなのか、それとも共有出来ているのか。更に奥へと進めれば、止めていた息が微かな呻き声と共に吐き出される。
 ただどちらにせよ、政宗の意識は既に花火に向けられていないことだけは確かだった。
 根元まで埋め動きを止める。政宗の表情が溶けていく。繋がった場所から感じる脈動は、一体どちらのものなのか。
「幸村……」
 吐息混じりに呼ばれその顔を覗き込む。すると浅く繰り返される呼吸の合間に起こせと訴えられ、幸村は政宗の脚から手を離し、腰を支えて抱き起こした。途端強く締めつけられ息が詰まった。政宗もやはり苦しげで、しかし間近で目を合わせた政宗は笑った。そして掴んだ肩を押してくる。押されるままに、背が床についた。
 繋がったまま、体勢が逆転した。幸村に覆い被さる政宗の体重を受け、圧迫される。幸村の肩を床に押しつけたまま、政宗は呼吸を整えながらもう片方の手で己の帯を解いていく。浴衣は肩から落ち、辛うじて袖だけが通っている。
 花火はあれきり上がらない。どうやら終わったようだ。明かりを灯していない部屋は闇である。目は慣れてきていたが、深く俯いた政宗の表情は見えない。ただ、ちらりと舌先が覗いて唇を舐める様子だけは、はっきりと見て取れた。
「俺だって、な」
 そう言って政宗は唇を噛み、僅かに腰を上げた。
 思わず呻く。押さえつけられた体から楔だけが持ち上がる感覚、そして今度は絡みついてくる熱の中へ再び取り込まれる。同時に政宗が長く息を吐いた。
「ずっと、アンタと……こうしたいって思ってたんだぜ」
 途端、心臓が跳ねた。
 再び息を止めた政宗が腰を上げ、すぐさま打ちつけられる。幸村の呼吸はやたらと乱れた。己の思うように動けないせいばかりではない。
 やがて政宗の動きは徐々に大きくなり、噛み締められていた唇はほどけ、息を継ぎ、時折呻いた。ああ、と吐息に声が混じる。
「ま、政宗……殿……っ」
 繰り返される動きに慣らされ、体はその気になってくる。もう駄目だと思った時、不意に政宗の動きが止まった。
 寸前で気を逸らされた幸村が訝りながら政宗を窺うと、悪戯げな笑みが返る。そして幸村の肩から手を離し、上体を起こす。途端その体重が腰にかかり、幸村は咄嗟に政宗の脚を掴んだ。すると政宗はその手を外し、その手首を掴んだまま、腰を揺すり始める。
 こちらには何もさせないつもりなのか。幸村は戸惑った。
 見ればその左目は欲に潤んでいる。一度は達したものも再び立ち上がっている。幸村はそこで漸く政宗が常以上に興奮しているのだと知った。
 政宗は腰を揺らしながら片手を幸村の手首から離し、己を慰め始める。それに伴い内壁が不規則に幸村を締めつけ、それに揺すられ幸村は昇り詰めていく。そうして一方的に駆り立てておいて、幸村が果てる寸前で政宗はぴたりと動きを止めてしまう。
 長く愉しもうとしているのか、焦らされているのか。それとも待ち切れず事に及んだ幸村に対する意趣返しなのか。愉悦に溶けるその表情からは窺い知れない。
 これまで幾度も肌を合わせてきた。それらは全て幸村の主導による行為で、しかし政宗も決して消極的ではなかった筈である。触れれば反応したし、内に幸村を収めたまま達したこともある。しかし今、これまでの情交は幸村に合わせてくれていたに過ぎないのだと思い知る。己の上に跨る政宗を見て、これが本来欲情している姿なのだと思う。そしてこれが、冷めていると非難した幸村に対する答えなのだと。
 すぐそこまで来ている絶頂に達することの出来ない苦しさに喘ぎながら、幸村は戒めのない手を政宗の中心へ伸ばした。政宗の手の上から握り込めば、その動きに拍車が掛かり、政宗の内が激しく収縮する。連鎖する快楽に、幸村はもう限界だった。
「……政宗殿、御免仕る」
 政宗が小さく驚いた隙に幸村は体を起こした。その勢いのまま己の腰を挟む両脚を抱え、幾分乱暴にその体を倒す。
「幸村」
「幾ら何でも、斯様な……煽り過ぎでござろう、政宗殿」
 切羽詰った幸村の抗議に政宗は楽しげに笑った。幸村もつられて笑みが漏れ、それで少しだけ己を取り戻した。
「掴まっていてくだされ」
 抱えた脚を肩に押しつけ力を込める。政宗は逆らわず、促すとおりに両腕を伸ばし、幸村の肩に掴まってくる。再び快楽に蕩けていく顔を見つめながら、幸村は躊躇いなく腰を揺すった。
 熟れた内部は幸村の動きを難なく受け入れる。漸く思い通りに快楽を追い、幸村は腰を動かしていく。
 追い立てられ、固く目を閉じ唇を噛み締める政宗に、幸村はその中心に手を伸ばした。
「……んっ」
 腰の動きに合わせて扱く。親指で雫の滴る鈴口を擦る。政宗の脚が爪先まで固くなり、肩に掴まる腕が更に幸村を引き寄せた。
突き上げる度に漏れ出す震える吐息を間近に感じ、急き立てられるように幸村は腰の動きを早めた。
「ゆ……き、むら……っ」
 呼ばれて目を上げると、果てが近いのか潤み切った一つ目が揺れている。
 切なく眉根を寄せ身を捩るのを合図に、幸村は熱の篭もった吐息を貪るようにその唇を塞いだ。頭の中で花火が弾ける。そうして達したのは二人殆ど同時だった。



 翌日、政宗は仕事が溜まっているからと慌ただしく帰っていった。
 数ヶ月ぶりの逢瀬は花火のようにあっという間に終わった。もちろん不満はある。しかし、無理をして時間を作って来てくれたのを思えば嬉しかった。
――――俺だって、な。
 昨夜の政宗の言葉が脳裡に蘇る。
――――ずっと、アンタと……こうしたいって思ってたんだぜ。
 政宗とて幸村と想いは同じだった。それなのに花火相手に悋気を起こした己が、今思えば何やら恥ずかしいような情けないような心持ちになる。
 あれだけ幸村を煽っておきながら、事後にもっと花火を見たかったのにとぼやいた政宗の不貞腐れたような顔を思い出し、幸村は笑った。
 窓から晴れ渡った空を仰ぎ、次の夏もまた共に花火を見られるようにと願った。




2012.08.23

【後書】
気持ちはお互い同じなんだけどガツガツ度が違うというかυ
つか幸村ってすごい体温高そう(笑)




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