「政宗殿、お怪我はござらぬか!」
幸村が慌てて政宗に駆け寄る。政宗の頬の傷以外は二人とも無傷だった。
「Ha! Piece of cake. たいした事なかったな。……折角の蛍が逃げちまった」
そう言って政宗が忍の血に染まった刀を投げ捨てると、政宗が斬った忍のうちの一人が微かな呻き声を上げた。
「直刀は扱い慣れてねェから浅かったか。おいテメェ!どこの差し金だ!羽州か!?」
政宗が胸倉を掴んで詰問した途端、その忍は口から泡を吹いて絶命した。どうやら奥歯に自害用の毒薬を仕込んでいたようである。
 念の為他の忍の死体を確認したが、全て事切れていた。
「アンタ、刀も使えるんだな。上等だ!coolじゃねェか!惚れ直しちまったぜ」
咄嗟に幸村に忍刀を投げて寄越した政宗だったが、幸村が難なく刀で敵を次々と斬り捨てた事に驚きを隠せなかった。
「政宗殿、今なんと?」
「ん?刀も使えるんだなって」
「その後でござる」
「上等だ」
「もっと後!」
「coolじゃねェか」
「その次!」
「るっせェな!次はねェよ!」
幸村の意図を理解した政宗は言下に幸村の要求を退けたが、がっくりと肩を落とした幸村を少しだけ可愛いと思った。
 先程までの忍刀での果敢な立ち回りで見せた精悍さは跡形もない。しかしその落差がまた良いと思ってしまう政宗は、どうやら自分で思っているよりずっとこの男に入れ込んでいるらしい、と自嘲する。
「……一回だけだぞ」
嘆息交じりに政宗がそう言った途端、幸村はぱっと顔を上げた。
「惚れ直した……つったんだよ」
「ぅほわぁ!」
「なんだその奇声は」
「い、今一度!お頼み申す!!」
「一回だけっつったろうが!」
「そこをなんとかっ!」
「もう言わねェ!俺は絶対言わねェぞ!」
幸村は両手を合わせて政宗を拝んだが、政宗は腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「貴殿は意外にケチでござるな。奥州筆頭ともあろう御仁がこんなケチであろうとは」
幸村が口を尖らせてそう言うと、政宗の隻眼がぎろりと光る。
「あ?もっぺん言ってみろ」
「なんと!某が今一度と頼んでも聞き入れてはくださらぬというのに、自身はもう一度言えと申されるか。なんと身勝手な」
「身勝手なのはアンタだろ!いい加減にしろ!」
「全く貴殿は!ああ言えばこう言う!」
「そりゃ俺の台詞だァ!!!」
それから暫く互いに無言で睨み合っていたが、政宗が大きく溜息をついた事でその均衡が崩れた。
「やめようぜ……こんな口論こそ不毛じゃねェか」
「同感でござる」
「あーあ。なんでアンタと話してると最後はこうなっちまうんだろうな。忍と戦うよりよっぽど疲れるぜ全く」
「それは政宗殿が、」
「Shut it up!第二ラウンドを始めるつもりはねェぜ。話題変えろ」
自分で振った話のくせに唐突に話題を変えろなどとやはり身勝手だ、と内心思いつつも、幸村もまた口論になるのは御免だったのでその点には触れない事にした。
「某は……政宗殿は普段全くそういった言葉を口にしてはくださらぬ故、聞ける時に聞いておきたいと思った次第にござる」
 周囲には、先程の乱闘で逃げ去っていた蛍がちらほらと戻ってきていた。再び無数の光が淡く明滅する。
「しかしながら、政宗殿がそれ程までに嫌だと申されるなら、この真田源二郎幸村、潔く諦め申す」
どこが潔いんだ、と内心思いつつも、また口論になるのは御免だったのでその点には触れない事にした。
 近くに飛来した蛍の灯りが幸村の顔を照らしたほんの一瞬、その表情がひどく淋しげに見え、政宗は無意識に幸村の頬に手を伸ばしていた。
「……政宗殿?」
幸村の声で自分の手が幸村の頬に添えられている事に気づく。
「なるほどな……これが所謂、惚れた弱みってヤツか」
「政宗殿、今なんと!」
「Loopさせんな!二度と言うかよ!……いや、まァ……しょうがねェな。今日だけ特別にServiceだ。蛍に免じてな」
そう言って政宗は幸村を抱き寄せると、耳元で囁いた。
「幸村。大好きだ幸村。愛してる」
幸村は目を見開き、耳を疑った。
 先程まで「惚れた」の一言ですら言い淀んでいた政宗である。まさかそのように真っ直ぐで率直な愛の言葉が聞けようとは、思ってもみなかった。
 政宗の顔を見ようと体を離そうとするも、政宗は全力で幸村を抱き竦め、それを阻止する。
「ふぬぬぬぬぬ!」
「ジタバタすんじゃねェ!じっとしてろ!」
「し、しかし!政宗殿の顔が見とうござる!」
「だが断る。絶対にNo!……マジですげェ恥ずかしいんだ、勘弁してくれ、頼む」
政宗のその言葉を聞いた幸村はすぐに腕の力を抜いた。
 政宗が幸村に何かをさせようとする時はいつも命令形で、懇願されるなどというのは情事の際を除いて初めての事だった。政宗が大いに困っているのを理解し、それ以上困らせるのは不本意だった為、力を抜いたのである。
 拮抗していた力の片方がいきなり消失し、その結果均衡の崩れた両者の体は縺れ合って倒れ込み、政宗の上に幸村が覆い被さる格好となった。
 その一帯の蛍が一斉に飛び立つ。
「いってて……馬鹿力の癖に急に力抜くんじゃねェよ。背中打っちまった」
「政宗殿!某!某は!政宗殿!い、今のは!」
「なんだ」
「はっ!もしや!」
政宗の問いかけに答えず幸村はがばっと上半身を起こし、自分の胸や腹を撫で回す。
「Be cool, 落ち着けよ。何やってんだ」
「実は先程忍に襲撃された際に某は死んでおり、ここは彼岸なのでは、と思った次第。しかし外傷はのうござるな」
「……はぁ?」
「はっ!もしや!」
今度は唐突に政宗の両頬を左右の手で摘まんで引っ張り始めた。
「ふっほほはへへーほは(ブッ殺されてェのか)」
「物の怪が政宗殿に変化しておるのかと思うたが、それも違うか。とすると……」
政宗が痛む頬をさすっていると、上から水滴が降ってきた。断続的に次々降ってくる。
「なんだよ、アンタ泣いてんのか」
「そ、某……某……、う、うぉ」
「Stop!叫ぶの禁止!」
叫ぼうとした瞬間政宗に口を押さえられ、幸村の叫びの続きはもがもがと口内に響くのみだった。もがもがが止むのを待って、政宗は幸村の涙を指で拭う。
「さっきから何トチ狂ってんだ?気は確かか?頭でも打ったか?」
政宗が心配げに幸村を窺うと、幸村は政宗の肩を掴み、真っ直ぐ政宗を見据えた。
「ここは現世で、政宗殿は本物で、もちろん某も本物で、政宗殿の先程の言葉も……本物なのでござるな」
幸村は脳内で政宗の言葉を反芻する。

『幸村。大好きだ幸村。愛してる』

 政宗もその言葉を思い出し、途端に恥ずかしさが再度込み上げる。幸村を直視できなくなった政宗が顔を逸らすと、先程殺した忍の死体がすぐ目の前に転がっていた。
「Moodも糞もあったモンじゃねェな。おい、いつまで人の上に乗っかってるつもりだ。背中が痛ェ、どきやがれ」
これは失礼、と幸村が体を退かすと、政宗は起き上がり幸村に背を向けて座った。幸村はすかさず背後から政宗を抱き締める。
「政宗殿。某、政宗殿の心しかと受け取り申した。例えどれ程離れていようと、某の心はいついかなる時も政宗殿と共にあり申す」
幸村は政宗の髪に顔を埋め、その香りを胸一杯に吸い込んだ。
「もっかい言えとは言わねェんだな」
「それは……本音では何度でも聞きとうござるが、政宗殿を困らせるのは某の本意ではござらぬ故」
「それ聞いて安心したぜ。……なァ幸村、一つだけ約束しろ」
「何なりと」
「もし伊達と武田が戦するような事態になったら……絶対、手ェ抜くんじゃねェぞ。いいか、約束だ」
「……心得申した、政宗殿。全力で参る所存」
「どっちが死んでも恨みっこなしだぜ。You see?」
「無論にござる!」
「んじゃ、そろそろ屋敷に戻るか。すっかり遅くなっちまった」
その言葉を合図に同時に立ち上がり、刺客の死体は明朝検分する事にして帰路に着いた。



 今は戦乱の世。そう遠くない将来、戦になる予感があった。
 愛する者を討ち取る為に戦場に赴く――――その矛盾に迷いがない訳ではない。しかし、殺し合いの中でしか得られぬものがある事も互いに知っている。
 その時が来るまであと幾度の逢瀬を重ねられるかは本人達にも与り知らぬ事であった。






2010.07.31

【後書】
珍しくデレ多めな筆頭です。
告白の部分は、ちゃんと幸村に伝わるようにあえて英語を使いませんでした。
幸村が刀を振るう姿って想像できませんねえ。










第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -