おお、という歓声があがったのを見て、ずんずんと進んでいた足をぴたりと止めた。見回してみると小さな人だかりを発見して、どうやらあの人々の奥になにか面白いものがあるらしい。もう一度あがった感嘆の声に、人並みにある好奇心がうずうずと刺激される。気がついたら人だかりの後ろでぴょんぴょんと跳び跳ねていた。ただ別にさほど高くのない身長は、その面白いものを拝むのには少々足りなくて、夢中になっている人たちを押し退けて前列を陣取る勇気もないので、大人しく引き下がることにしたのだった。

少しだけがっかりしてまた歩きだそうとすると、きゃあきゃあと黄色い声援が聞こえてきたから、なんだか悔しい気持ちが沸き上がってきて、うらめしい気持ちを込めてもう一度人だかりに目をやると、どうやらあそこから脱出しようとしている人がいるらしい。皆が夢中になっているところとは反対側を向いて、少しずつ前進しているのだ。この暑いのにフードを目深にかぶっている姿はほんのすこし怪しかったけれど、どうやら急いでいるらしいので、最後の壁を突破しようとしているその人に手を差しのべてみた。一瞬驚いた様子を見せたその人も、少しためらったあとに私の手を握った。遠慮がちに握られた手は思ったより大きくて、すぐに、男の子の手だ、と思った。

「大丈夫?」

「あー…さんきゅ」

ひっぱりだした彼は私と同じくらいの身長で、フードの影から見える肌にはりつく綺麗なした髪の毛とか、浮かぶ汗とかから、暑いんだろうなあって分かる。パタパタと手を動かして風をおこしてる彼に、フードとればいいのに、って言ったら、これは、その、なんて歯切れの悪い答えが返ってきた。どうやら訳ありらしいけれど、ますます怪しいなあ。

「そういえばさ、あっち、何があるの?」

指差した方向は未だに人だかりの真ん中にある"何か"。見れないまでもやっぱり気になるわけで、ああ、と私の指の先に目を向けた彼は「ストリートダンス」と答えた。

「ダンス?へえ〜いいなあ見たいなあ」

「ダンス、好きなのか?」

「特別好きってわけじゃないけど…あんだけ人がいるってことはかっこいいんだろうなって。ところでさ、」

人だかりのほうに向けていた視線を元に戻して、彼のフードの中をのぞきこむ。ぐいっと近寄った距離に驚いたのか、一歩後退りした彼の顔はやっぱりどこかで見たことがある気がした。君さ、と口を開こうとした瞬間にぶわりと吹いた風によって彼のかぶっていたフードがとれて顔が露わになる。

「しょ…っ!?」

「しーっ!」

焦ったような顔をした彼―来栖翔は咄嗟に声を出しそうになった私の口をその手でふさぎ、人差し指を口の前に立てるジェスチャーをした。こくこくと首を縦に動かして了解の意を伝えると、彼はため息をついてその手を私の口から離した。

「な、なに…何でこんなとこに…」

「いや、なんか楽しそうだったから混ぜてもらったんだけど、思ったより人が集まって―…」

『翔くん!?』

状況整理のための説明の途中で、少し向こうから聞こえてくるかわいい叫び声。
え? 来栖翔? うそーどこどこ!? きゃー! 本物!!??
声は大きな波になって広がって、あたりがざわざわと騒がしくなる。翔くんは、やべぇ、って呟いてフードをかぶり直すと、私の手をとって走り出した。

見たことがあるなんてもんじゃない、私が出会ったその人は、今をときめくアイドルグループのメンバーの1人だったのだ。後ろから聞こえる女の子たちの声にちょっとした恐怖を感じながら、走る、走る。ところで翔くん、なぜ私まで一緒に走らされてるんでしょうか、なんて聞けるはずもなく、これはもしかしたら大変なことになるかもなあなんて、冷静に考えてる自分がいた。




(121207)




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