ちらりと視界の端にうつったものの正体を確認するために、読んでいた本から顔をあげて、そして、見なきゃよかったって後悔した。
「なーんだ」
「何が?」
不意に後ろから聞こえてきた声に、ゆるりと振り向くと、そこにいたのは同じクラスの霧野くんだった。少し考えてから、さっき見てしまった、二人、を指差して、彼女、いたんだね、と呟いて、また本に目を落とす。少しだけ目頭が熱くなって、視界がじわりと滲んだ。こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえてたら、なぜか霧野くんが私の隣に腰をおろして、ふーん、と呟いた
「好きだったわけ?」
「そういうんじゃないけど、」
「好きなんだろ?」
「………優しかったんだよ」
私の否定の言葉は聞こえなかったみたいに、霧野くんが尋ねる。なぜだかわからないけど一度呟いてみたらとまらなくなって、毎日挨拶してくれることとか、そういう、些細なことで積み重なった私の好きの気持ちを、霧野くんに全部ぶちまけてた。全然関係ないことなのに、霧野くんは心地よい相槌をうって、静かに話をきいてくれるから、申し訳ないって気持ちと一緒に、少しだけ嬉しくなったんだ。
「まあ、別にさ、好きでいるのは自由だと思うぜ、俺は」
「そっかなあ…」
「そーだよ」
「………ありがとう霧野くん」
「どういたしまして」
にっこり笑ってそういう霧野くんは、ゆっくりと立ち上がると私の頭をぽんと叩いた。その手がびっくりするほど優しかったから、またぼろりと涙がながれた。
歩いていく名字の後ろ姿を見つめて、さっき彼女にかけた言葉をもう一度呟いてみた。「すきでいるだけなら、自由、だよな」
(120814)