「それ、僕のじゃない?」
そう言って梓が視線をむけたのは私の首もとにまかれるあたたかそうな黒いマフラーで、ずり落ちたそれを口元まで持っていき、風の通らないようにしてから、こくりと頷く。
「うん、梓の」
「どっか行くの?」
「ちょっとそこまで、」
お散歩ですよ、とドアノブに手をかけるとちょっと待って、と後ろから声をかけられる。暫くして戻ってきた梓は、その手に手袋を持っていて、寒いからつけてったほうがいいよ、なんて言いながらまるで執事さんみたいに優しい手つきで私の手にそれをはめる。
「これ、梓のじゃん」
「うん、いやだった?」
「やだ」
すぱりと言い切った私の返答に、梓はきれいな瞳をまんまるにして、なんで、と問いかけた。
「汚くはないと思うんだけど」
「そうじゃなくて、」
「うん」
一呼吸おいてから、片方の手袋を外して、梓の手にはめる。それから冷たい空気に触れて少しずつ冷たくなっていく何もつけていない手で、梓の綺麗な手をとった。
「そうじゃなくてね、梓のほうがいいな」
そう言って笑うと、梓はつながれた手を口元に持っていって優しいキスをした。
「私の手をよろしくお願いします」
「はいはい、ちゃんとエスコートするよ、お姫さま」
(120801)