※イナクロネタ
図書室の扉をがらりと開けると、しーんと静まりかえった室内に、ピンク色の髪をした男の子がひとり。真剣に本を読む横顔は、とても綺麗で、なんだかそこだけ時がとまっているみたいに思えた。
霧野くん、と声をかけると、男の子は顔をあげて私を見る。そうして、その綺麗な顔を優しく微笑ませると、私の名前を呼ぶ。あれ、なんだか違和感があるのはなんでだろう?
「今日は遅かったんだな」
「うん、今週掃除当番だから」
いつも通りに霧野くんの斜め前の席に座る。そこの席は丁度グラウンドが見える位置で、私は本を読みながらたまにちらりと外に目をやるのだ。もう癖になってしまっているんだけれど、よく考えてみたらどうして私は外を見てるんだろう?野球部に知り合いがいるわけでもないし、空がすきだとかそういうロマンチックなことを言うような女の子でもないのだ。
不思議で仕方がなくて、暫く首をひねっていると、少し心配そうな顔で、どうした?、と霧野くんが話しかけてきた。
「大丈夫か?」
「……霧野くんってさ、一年生のときから文芸部、だよね」
「当たり前だろ?なんだよ、もしかして忘れてたのか?」
「いや、うん、そうだよね」
そうだよ。私と霧野くんが入部届けを出そうとしたときには確か先輩がひとりもいなくて、それで、なくなってなくてよかったね、ってふたりで笑って、…それで?
思いだそうとするのに、うまくイメージできなくて、霧野くんがここにいるのになんだかとても違和感を感じて、なんでだろう、どうしちゃったんだろう。グラウンドでボールを追っかけて走り回ってるほうが霧野くんらしいよ、なんて、どうしてそんなこと思っちゃうんだろう。
変なやつ、と笑う霧野くんの笑顔に少しだけ体温があがった気がした。ふわりと窓から吹き込む風に誘われて、また外を見る。部活動生たちの声をきいていたら、大切で温かい何かを無くしてしまった気がして、胸の奥がちくりと傷んだ。
(120623)