お風呂からあがると机のうえに置いてあった携帯が小さく振動する。その振動の長さから電話だと判断すると急いで耳にあてもしもし、と問いかけた。


「先輩、僕です」

「新手の詐欺か何かでしょうか」

「あれ、先輩は可愛い彼氏の声も忘れちゃうような薄情な人だったんですね。悲しいなー」


対して悲しくもないような声音で梓くんがいう。そのあまりにも棒読みなセリフが面白くて思わず笑いがもれた。
それにつられるように梓くんも小さく笑った。


「どう、旅行は楽しい?」

「はいまあ、楽しいですよ」

「それはよかった」


少しだけ言葉を交わして、また沈黙が訪れる。
その沈黙を先に破ったのは梓くんのほうで、「先輩」と電話越しに呼び掛けられる。


「なに?」

「淋しいんじゃないですか、僕がいなくて」


唐突な質問に驚くと同時に小さな笑いが込み上げてきてその笑い声がきこえたのか梓くんは少しだけ不機嫌な声を出す。

「笑うなんてひどいなあ、僕はこんなに寂しいっていうのに先輩はそうでもないんですね」

受話器越しにもわかるくらいに拗ねている梓くんに、また思わず笑ってしまって、ごめんね、と謝る。だってまさか梓くんがそんなこときいてくるなんて思わなかったの。そんなの聞かなくても私が毎日会えてる時に比べるとなんだか物足りないと思ってるのなんて確信してるんだと思ってたの。

「僕だってたまには甘えたくなるんですよ?」

「うん、そうだね、ごめんね?」

帰ってきたらいっぱい甘やかしてあげるから、その時には梓くんのたくさんのお土産話しをきかせてね。





(120622)
title by:深爪




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