教室の大部分が机と仲良くなって、安眠を貪る生徒でうめつくされる春の日の5時間目。頬杖をついた右手からがくりと頭がおっこちる。ノートに綴られる文字も徐々に歪んできて、多分、目が冴えたころに見直したら解読不能なんだろう。

それでも眠気に負けちゃわないように、必死に戦っている私からみると、隣の席で小さないびきをかいて幸せそうに眠るこいつを見てると、心底むかついてくる。かわいい顔して寝やがって!

「まーひーろー」

年齢的に聴覚の衰えているだろうおじいちゃん先生の耳に届かないように小さく名前を呼ぶと、目元がぴくりと動く。

「おーい」

つんつんと頬をつついてみると真弘は小さくみじろいで、まるで邪魔だとでもいうかのように、私の手をぱしりと払った。

「こいつ……」

意識がないとはいえか弱い女子の手を叩くなんて!もう許さないぞこのやろう!先生のほうをちらりと伺うと、どうやら恒例のかわいいかわいいお孫さんの自慢話に突入しているみたいだ。絶好のチャンスとばかりに筆箱から油性の黒ペンを取り出すと、随分とゆるい顔をしたその頬に"ばーか"と書いてみる。チビ、なんて書いたら確実にキレられるんだろうなあ。

「ばか名前…うっせー…」

まさに今確実に真弘を怒らせるだろうその言葉をさっきの文字の隣に書こうとしたとき、聞こえてきた自分の名前にびくりとした。おそるおそる真弘の顔をのぞきこむとやっぱりすやすやと眠っている。もしかして、寝言?

「寝言まで悪態とか…」

随分と女子扱いされてないもんだなと肩を落とす。だけど悪態をついたその顔は、なんだか優しい笑顔をしてる気がして、自然と頬がゆるんだ。

「ばかはあんただろー」

ああほんと、幸せだなあ。ねえ真弘、私、きみのことすきなんだよ。誰にもきこえないように、小さく呟いたら、その気持ちがぶわりと膨らんできて、胸の奥のほうがあたたかくなった。ずっと隠してたけど、いい加減伝えてみてもいいんじゃないかなって気になってくる。油性ペンを握り直して、真弘の学生服をまくったその腕に、すき、と書いてみたと同時にチャイムが鳴り響いた。

「んあ…?」

途端にざわざわしだす教室の喧騒に真弘が眠たそうに目を開ける。おはよー真弘、寝跡ついてるよ?私がかけた声に反応して、窓を鏡代わりにした真弘は、すぐにそれに気付いた。

「な、なんだこれ!?お前か?お前がやったんだな!?」

「何がー?私は真面目に授業受けてただけです〜」

「嘘つくんじゃねえ!」

いつも通りに言い合う私たちを、慣れたように見るクラスメイト。学生服の下に隠された私の気持ちが真弘に伝わるのはきっともうすぐ。


(121208)




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