窓から吹き込む風に彼女の髪がふわりと揺れる。日誌につづられていく文字は、男子のそれとは違ってとても読みやすくて、女の子だなって実感させられる。少しずつ白い部分が埋まっていく日誌から目を離せなかったのは、そんなことを考えていたせいもあるけれど、それ以上に、この近い距離が照れくさくて、顔をあげられなかった。揺れた髪からは、優しい香りがして、俺の感覚とか思考力とかを麻痺させる。校庭から聞こえる生徒たちの声が、なんだかすごく遠くに感じて、俺たちふたりだけ別の時間にいるんじゃないかなって思えた。
「栄口くんってさ、」
「え?」
名前を呼ばれて反射的に顔をあげると、ばちりと、目が合う。あ、やばい、俺、今絶対顔赤い。
「野球部、だよね。今日も部活あるんじゃない?」
「あ、うん。これ終わったら行くつもり」
「…行っていいよ?」
「え?」
「あたしこれやっとくからさ、いっていいよ、部活!」
彼女のその提案は、願ってもないことのはずだった。いつも週番とか、先生の手伝いとか、放課後にまでかかるような仕事があると、早く部活行きたいなあって考えて、終わったら急いで飛んでくんだけど。今日はなんだかこの時間を終わりにしてしまうのが寂しくて、彼女がほんの少し悲しそうに笑ったのが気になって、席を立つことが出来なかった。
「書き終わるまでいるよ」
「え、だって、」
「それで、俺がそれ職員室持っていくから」
ね、と笑ってみせると彼女は驚いて、それから小さくほほ笑んだ。その笑顔がすごくかわいくて、思わず、下駄箱まで一緒に帰ろうか、なんて口走った。迷惑なこと言ったなと思ったのに、彼女はこくりと頷くと日誌を書く手を早めた。栄口くんは優しいねって呟く声に、そんなことないよ、と返した。だって優しい人っていうのは、分け隔てない優しさを持った人のことだ。俺は誰にでも優しいわけじゃないよって言ったら君はどんな顔するんだろう。君にだから優しくありたいと思ったんだなんて、ちょっとキザかな。彼女の頬が少しだけ赤くなってるのが差し込む夕陽光のせいだけじゃないといいなと思った。
(120211)