「寒いねえ」
両手をこすりあわせながら白い息をはあっと吐く。隣を歩く梓からも寒いですね、と同意の声があがる。
「梓ー手袋かして手袋」
「いやです」
「ひどい…梓はかわいい先輩の手が真っ赤なしもやけになってもいいっていうのね…」
「じゃあ先輩はかわいい後輩の手が真っ赤なしもやけになってもいいんですか」
じとっとした目で私を見る梓の視線が痛くて空を見上げた。この後輩は私を困らせる方法をよく知ってる。
もとはといえば手袋をしてこなかった私が悪いのだけれど、実をいうと一度は取りに帰ろうとしたのだ。でももしかしたらベタな少女漫画みたいな展開にならないだろうか、という淡い期待をしてみたり。
なんて少し前の自分のばかな思考を思い返していたら盛大なため息が耳に届いた。
「ため息つくと幸せ逃げるんだよ」
「そのくらいで幸せに逃げられたらたまったもんじゃないですよ、はい」
呆れた声と一緒に差し出されたのは梓の黒い手袋、の片方
「けちんぼ?」
差し出されたものを見つめながら首を傾げてそう呟くと、無言のうちにでこぴんをされた、地味に、痛い。
「そういうこという人には貸しません」
折角差し出された恵みの手袋を奪い返されてしまったので、精一杯のごめんなさいを口にする。もう一度のため息と共に受け取った手袋をつけると、梓の何もつけていない掌をこちらに見せられた。
「ん?」
条件反射でぺしりと自分の剥き出しの冷たい手をその上にのせると、ぎゅっと、握られた。所謂恋人つなぎという奴だ。
「こうすればふたりともちゃんとあったかいですよ」
ね、と驚いている私を面白がるかのように首をかしげて笑ってみせた梓は、繋がれた手を、彼のあたたかい上着のポケットにつっこんだ。
title by:死魚
(20111214)