頑張ってね!そう言われたあのかわいらしい声と、満面の笑みがはっきりとよみがえる。あんな綺麗にほほえみかけられたら、誰だって惚れちゃうって。私だって、きゅんとした。そうやって私を応援してくれた月子先輩は、どうやら無事におもいびとにチョコレートを渡すことに成功したらしい。今度は名前ちゃんの番だね!なんて、そんなに簡単に言ってくれるな。だってきっと、梓が好きなのは、

「こんな寒いのになんでそんな薄着なの」

ふと後ろの方から声がして、そちらを振り返ると、呆れたような顔をした梓が階段を下りてくるところだった。ふわりと肩に感じた優しいあたたかさは、梓が今さっきまで着ていただろう黒色のパーカー。

「梓が寒いじゃん」

「いいよ、そんなんでも女の子なんだからさ」

「そんなんでもは余計だよ!でも、ありがとう」

「どういたしまして」

私の座っていた階段の一番下の段に同じように腰を下ろした梓は、で?と言って私の顔を覗き込んでくる。「こんな時間に男子寮に来るなんて見つかったら怒られるよ」聞きなれた溜息をついて、私の答えを待つ梓の顔は、男の子には思えないくらいにきれいで、少しだけ悲しくなってくる。月子先輩と梓が並んで歩けば、それはもうお似合いのカップルだというのに、自分に自信を持てない自分が、一番嫌だ。

ポケットに隠していた、渡すつもりだったビタークッキーをくしゃりと握って、ちょっと散歩ついでに寄っただけだよ、なんてへたくそな嘘をつく。ずっと一緒にいた梓に、私の嘘がばれないわけがないのだけれど、きっと、見逃してくれる。そう思ったのに、立ち上がったと同時に右手首に感じたぬくもりは、梓の掌のそれで、そのまま少し強い力で引き戻されて、私はまた階段に腰を下ろす。

「うそつき」

「な、なんで」

「僕にばれないと思った?」

「そうじゃなくて、だって」

「今日ばっかりは見逃せない」

今日が何日か位僕もわかってるつもりだよ。そういって口の端をそっとあげて、きれいに笑った梓に、どきりと心臓が跳ねる。ああもう、そんな期待させるようなことするのやめてよ。そう言いたくて、でもうまく言葉にできなくて、

「梓は私のチョコなんかもらってもしょうがないじゃん」

「なんで?」

「だ、って、梓は月子先輩のこと好きなんでしょ…?」

「はあ?なんでそう思うわけ」

私が話す度に、どんどん不機嫌さが増す梓の声。なんでって、そんなの、梓が月子先輩に向ける笑顔や、一度やめてしまったはずの弓道をまた始めたこととか、見ていれば、わからないはずがないのに。つっかえながらも伝えた言葉に、梓はさらに眉間のしわを深くする。ばかじゃないの、投げかけられたのは、昔から言われ慣れてきた言葉。

「私は真剣に!」

「だってばかじゃん。勝手にぐるぐる考えて、勝手に完結して、僕の気持ちは無視なわけ?」

「だから梓は、」

「僕は名前のことがすきなんだけど」

「え、?」

「毎年義理チョコを装って渡される本命チョコも嬉しかったけど、いつになったらちゃんとくれるんだろうなって思ってたよ。今年こそはって思ってたけど、ほんと、ばかじゃないの」

「え、え!?うそ、ばれて、ってそうじゃなくて!じゃあ、梓がすきなのは、」

「だから、名前だって言ってんじゃん」

ムードも何もない、告白なんて言えたもんじゃない、まるで自分の名前をこたえるかのように、私のことを好きだという梓。信じられるはずがなくて、でもきっと梓が差し出した右手が求めているのは、私のポケットで砕かれてしまったクッキーだ。

「ごめん、つぶしちゃった」

「いいよ」

「もらってくれる?」

「当たり前でしょ」

ゆっくりとラッピングをほどいて、クッキーの欠片を取り出した梓はそれをぱくりと食べて、うん、とうなずいた。おいしいよ、そう言って笑った梓の顔は、今まで見た中で一番やさしい笑顔だった気がした。私も好きです、と小さくつぶやいたら、梓はまた、うん、と頷いてみせた。



130409/企画参加ありがとうございました!





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